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願うだけです。叶わないと知っています。  作者: 奈良づくし
7歳
5/7

[母の目線]①

「デニス様。ヴァ二―候の御子息とアミステリアの婚姻が白紙となったと聞きました。如何なさったのですか?」


「うん?なに、アミスが嫌がったのだよ。」


「嫌がった?アミステリアがですか?」


「そうだ。何でも、御子息と真実の愛を育むことはできないと言っていたな。確かに私も、御子息はあまり賢い御方とは思えなんだ。()()()()()()()()に欠ける言動であったしな。」


「さ、左様で御座いますか……?」


7歳同士でのお話など、他愛無い会話だと予想できる。

それに、ヴァ二―侯爵の御子息との縁談は、前伯爵様と前侯爵様との約定だった筈。

確かに、デニス様と前伯爵との折り合いは良くは有りません。

だからと言って、親同士の約定を違えるのは……。


「それに、たかが親同士の口約束だ。私が従う義理などない。アミステリアの意思を尊重してこそ親というものだ。そうは思わないか、マライア?」


「……はい。」


アミステリアはデニス様と、亡くなられたテレサ様との愛し子で、忘れ形見。

デニス様の生き甲斐で、至上の宝石といっても過言ではない。

テレサ様に外見がとても良く似ていて、私もテレサ様に想いを馳せてしまう程に。


デニス様がアミステリアを可愛がるように、私も自分の子よりも可愛がっている。

だが、先日の出来事が原因で、えもいえぬ不安感が私を包み込む。





テレサ様は男爵家の娘で、デニス様とは家格が釣り合わなかった。

それに私も、認めることが出来なかった。

デニス様との婚姻関係であった私を差し置いて、彼らは愛し合ったのだ。

真実の愛なのだと……。


テレサ様は、聡明で賢く、魅力あふれる御方だった。

慈愛にも溢れ、他者を優先してしまう性格。

金にたなびく御髪がとても似合う淑女で、その美貌には私も嫉妬した。


デニス様を交え話し合う度に、私の嫉妬が、愚かさが露呈してしまう程に。

けれど、嫉妬に狂う私をテレサ様に幾度となく救ってもらった。

それに、デニス様にはそんな私も魅力的だと言って許された……。


決して、私が絆されたわけでは無い。

ただ、私がテレサ様という人となりを理解しただけ。

始めから手を取り合って、デニス様の御力になろうと努力する様相を。

理解してしまった自身の羞恥に耐えかねたが、婚約を解消する訳にはいかなかった。

それは実家の体裁を含むが、何よりもデニス様の醜聞に繋げたくはないから。


私は前妻として結婚し、テレサ様は後妻として、デニス様と結婚した。

デニス様は私達を隔てなく愛してくれようとしたが、御心はテレサ様に向いていた。

私は全うする役割を、自分なりに考えた。

私はフェンサー伯爵家の為に、テレサ様はデニス様の為に。


愛された時間は偏りがあれど、それほど時間は掛からなかった。

私達は程なく、お互い子を身に宿した。

ただ、テレサ様の体調は優れぬ様子で、医師からは堕とす事を諭されれていた。

テレサ様のお身体を慮っての、医師の進言として。


デニス様は憤慨したが、テレサ様は冷静だった。

そして、デニス様との愛の結晶を残したいと、決意を曲げられなかった。

テレサ様からの説得を受け、デニス様も私も、結局は折れてしまったから……。


先にテレサ様の御子が誕生し、次に私の子が生まれた。

産んだ日は同じで、良き姉妹になれるよう育てようと考えていた。

だが、産後の肥立ちが悪く、医師の懸命な努力も虚しく……テレサ様は亡くなられた。

亡くなる直前に、子をお願いと、私はアミステリアを託された。


テレサ様を亡くしたデニス様は、アミステリアがいるからこそ、御心を崩されることは無かった。

それ故に、アミステリアを溺愛し、私の子であるガブリエラには見向きもしなかった。

ガブリエラは乳母に任せっきりで、私はアミステリアに付きっきりで。

私もつい最近まで、ガブリエラを忘れてしまっていた。

忙しかったのだと……心で、自分勝手に納得していたのだろう。





時は過ぎ、アミステリアはすくすくと成長した。

毎日強請るような我儘も可愛いと思えるほどに。

少し甘えが過ぎるが、可愛く、良く育ってくれた。

私は5歳になるアミステリアを見て、ガブリエラの事を思い出すことは無かった。


そんな幸せを噛み締める中、邸内の仕事の折、一枚の書類を見つけた。

決済をした書類の中に紛れていたソレを、偶然にも見つけてしまった。


未決済の嘆願書。

邸内で、使用人から必要なものを購入する際に使われる書類。

何故、決済済みに入っているのかを疑問に思い内容を見る。

侍女長のサインが入ったそれにはただ、庭を見て周りたいと。

誰にもお願いしなくてもできる筈の()()()()だった。


綺麗な字で家名は書かれておらず、ただ、ガブリエラとだけ。

私は使用人の名前は全員把握している。

けれども、ガブリエラという名は知らなかった。

いや、邸内で一人だけその名を持つ者がいる。


思い出した。自分の子だ……。

だが、そんなはずはないと。

まだ、5歳の子供に書ける字ではない、代筆だと。


質の悪い悪戯だと、侍女長を問い詰めようかと迷う程には……腹立たしく思った。

けれど、私はその書類を机に、忘れる様に仕舞った。

ガブリエラという存在を、再度忘れようとしたのだ。

お腹を痛めて産んだ、デニス様と私との愛の結晶のはずなのに……。





そして先日、執事長から二枚の書類を貰った。

デニス様からだろうかと思ったそれは、侍女長から渡される筈の嘆願書だった。

執事長が侍女長の負担を減らすために持ってきたのだと、説明を受けた。

最近、アミステリアが奔放になってきたため、侍女長が手を焼いている事を多く、私もそれを知っていたから。

少し甘やかしすぎたのかと、されどまだ、()()()()()()()と容認していた。


アミステリアの今後の教育方針を考える事を止め、手にした書類を見た。

提出者は綺麗な字でガブリエラ、と書かれていた。

侍女長のサインも有り、代筆でない事は字を見て分かる。

執事長も褒める程だった。

これほどに綺麗な字を書ける使用人に手伝ってもらいたいと……。


退室する執事長を見送り、手にした書類に再び目を通す。

内容は、マナー教育の為に講師を招いて欲しい。

もう一枚は、新調したドレスが欲しいという、子供らしい願いだった。


唖然とした。

何時だったかも忘れたはずなのに、机に仕舞った書類を思い出し見比べる。

筆跡はまるで同じで……癖が全く無い。

けれど、お手本のようにさえなり得る綺麗な字へと成っていた。


日付もちょうど一年前で、その日はよく覚えている。

アミステリアの誕生日、そして、ガブリエラの誕生日だ。

自身の誕生日としての、ささやかな願いだったのだろうか……。


7歳。貴族の子として、教育を始める目安の歳。

アミステリアには、教育係の候補を選出し終えていた。

けれど、ガブリエラにはまだだった。

いや、そもそもガブリエラの存在を忘れていたのだ。


拙い事。

アミステリアの存在は既に、貴族会のパーティーで広めている。

存在が認知されている以上、教育は必須だった。

後のアミステリアの為にも。


そして、幾人かの貴族には、私にも子供がいることが知られている。

けれど、ガブリエラは……貴族会のパーティーに連れて行ったことが無い。

既に醜聞になってるのではと、懸念してしまう。


子の認知を広めていない。お披露目をしない。

貴族としては、十分な醜聞の種になる行い。

隠し事があるのだという、噂の下となってしまう。


私は、愚かという言葉でさえ生温い、不徳義をしていることに、たった三枚の書類で気付かされたのだ。

それも、自分の子に……。


手段は三択。

完全に隠してしまうか、他所へと移すか、遅まきながらも認知するか。

完全に隠すことは実質不可能。私の実家には通用しない。


認知をさせるのにも、何かしら理由を付けねばならない。

しかし、それは我が伯爵家に不利益な要因となってしまう。


他所へ移す。

家格に釣り合わずと考えずとも、利になる家の選出には苦労するだろう。

お披露目をしていない子を、どう扱われるか……。


それ以前に、デニス様になんと言えば良いのだろう……。

この7年間、デニス様からガブリエラの事を聞かれたことが無い。

まず私と同様に、覚えているのだろうか?


直ぐにデニス様に相談した結果、やはりというか、忘れ去られていた。

そして、この事態を重く捉えていなかった。

全て私に任せる、と……。


悩んだ……。

自分の子の筈なのに……。

時間に猶予はない。

会って決めようと。

我が家の寄席になる男爵家に、年は離れるが嫡男が居たはず。

打診は後とし、他所へ移すことを念頭にガブリエラと話すこととする。


二人の侍女を伴い、ガブリエラの部屋を見て驚愕した。

必要最低限の家具しかない。

座る椅子も、質素なものが一つだけ。

そして、ガブリエラの纏うドレスは、かつてアミステリアが着て汚し処分した筈の物だった。

自分を褒めたいほどに、平静を装えたと思う。


「本日はフェンサー伯爵夫人自らお越しくださり、ありがとうございます。」


「厭う謂れも十二分に理解しております故、御用件をお聞かせください。」


胸に、鋭い何かが刺さる感覚を覚えた。

自分の子に……母と呼ばれないことが、これほどに苦痛とは思わなかった。

厭うなどと、私はそう思っていたのではない。

けれども、当人(ガブリエラ)からならば、そう思ってしまう必然だろう……。

そう言われても仕方の無い事を、私は冒してしまったのだ。

たったの二言を、飲み込んでしまった。


ガブリエルの淡々とした様を、侍女長は気に障ったのだろう。

仕える者として、主を侮辱されたと思ったのだろう。

けれど、ガブリエラは歯牙にも懸けなかった。

侍女長の目を見ず、私にだけ視線を向けていたから。

あくまで、貴人同士の話し合いと理解しているのだろう。


むしろ、侍女長の物言いこそ主人の、私の為とならない。

ガブリエラの傍に仕える侍女は、軽く睨みこそすれ、口出しはしなかった。

良く教育された侍女だと、感心してしまった。


「……用件は一つ。ガブリエラ。貴女の婚約相手が決まりました。」


「畏まりました。御用件とはそれだけでしょうか?」


7歳の子供の淡々した返答に、息が詰まってしまった。

一喜一憂することなく……声色も表情も、まるで変わることなく……。

同じ大人を、同じ貴族を相手にしているような錯覚さえ覚える。


「ガブリエラ様!先程から奥様に対し、その物言いは何なのですか!?無礼にもほどがあります。そこの貴女、ガブリエラ様の専属でしょう?教育をしっかりなさい!」


侍女長の憤慨を、私は理解できない。

ただ、私の評価を下げる発言に辟易してしまう。

侍女長はこれほどに愚かであっただろうか……。

それを裏付ける様に、幼い筈のガブリエラは嘲笑する。

笑う様は年相応とはいえない淑女のように、けれども、全て把握した上での嘲笑だった。


「ああ、可笑しくって。つい笑っちゃったわ。どうしましょう……言っちゃおうかしら?迷っちゃうわね?」


「ねぇ、フェンサー伯爵夫人。諫めなくても宜しいの?」


背筋を何かが這うように、ゾッとした。

ガブリエラは……子供ではない。

そして、これ以上、私の評価を下げるべきではないと判断せざるをえなかった。


私の猶予はさらに無くなってしまった。

同年代で、近い年齢であの子に吊り合う者は皆無だろう。

男爵家では、持て余してしまう……。

乗っ取ってしまうのではないかと……邪推してしまう。


執務室へと戻り、侍女長の弁明を聞いていた。

件の三枚の書類を見せ、サインをしたことを認めた。

認めた時点で、貴族の子女を軽んじたことと同義となる。

もう一人、同席した侍女の発言をまた、容認できない。

二人は減俸処分にすることで、体裁を整え、認識を改めさせる。


同時に、ガブリエラに関する事を聞き出した。

強張らせた表情で、辿々しくだが、噂ではと答え出した。


不義の子だ、望まれぬ子だと。

そのために、部屋から一歩も出さないようにしている。

表情を変えず、抑揚が無いからこそ、奇妙で近づきたくないと。

関わることを嫌がり、アルマという平民出の行儀見習いに全て押しつけていると。

そもそもが、デニス様と私の子だとすら認知していなかったと。


侍女長を、もう一人の侍女を、叱る資格を私は持っていない。

私だって、忘れてしまっていたのだから……。

ガブリエラはデニス様の実子で私の子であると伝え、侍女を業務に戻らせる。

邸内での噂はどうなるか、まずは様子を見よう。

次第によっては、認知する手筈も整えよう。


侍女長にはかかりつけの商人を手配させ、ドレスの手配をさせる。

私は2年前の書類にサインをする。

庭を見て回りたい。

自分のサインと、ガブリエラのサインを見比べる。

私よりも綺麗な字だ……そう思ってしまうほど、自分の字には癖がある。


ガブリエラの今後をどうするかを、悩んでしまう。

扉のノックさえも聞き逃してしまう程に、熟考していたのだろう。

小さな手で腕を揺さぶられ、我に返る。


「おかあさま、どうしたの?」


私に会いに来たアミステリアは、可愛らしい表情で心配してくれる。


「少し考え事をね。それより、アミステリア、ノックはしたの?」


「うん。いっぱいしたよ。でも、おかあさま、へんじなかったの。だからしんぱいではいってきちゃった。」


「そう、ごめんなさいね。」


この時、私は何故かガブリエラを思い出してしまった。

異様に大人びたガブリエラと、幼い様相そのもののアミステリア。

何故か、見比べてしまった……。


「おかあさま。これ、なぁに?」


アミステリアは、一枚の書類を鷲掴みで持ってしまう。

それは嘆願書で、先程私がサインをした書類だった。

皺だらけなってしまった書類を、幼いアミステリアは自慢げに掲げる。


「アミステリア、それは大事な書類なの。優しく持ちましょうね。」


「しょるい?やさしくもつの?」


分からないといった様子で、アミステリアは困惑している。

何故かその時は、可愛らしいと思えなかった。


「その書類に書かれている文字、アミステリアには読めるかしら?」


つい、出来心で聞いてしまった。


「わかんない。なんてかいてあるの、おかあさま?よんで。」


アミステリアの教育はまだ始まっていない。

けれども、何も読めないのは流石に拙い。


「貴女、レイミだったかしら?アミステリアに読み聞かせはしている?」


「いいえ。お嬢様は本をあまり所望されておりません。ある一冊の恋愛小説は好んでおりますが。」


「そう……。」


侍女の本分は、仕える者への身の回りの奉仕。

教育等は、含まれていない。

そして、貴族として、強要することなど出来ない。

では、ガブリエラはどうして読み書きができるのか……。

それも、これほどに見事な字を書けるのか……。


「おかあさま。どうしたの?」


「ごめんなさいね。少し、考え事をしてたの。」


「おかあさま。きょうのおかあさま、へんだよ?」


「そうね。今日、色々あったの。」


「ふ~ん。そうなんだね。」


なぜ、どうして?

私はしばらくの間、アミステリアとガブリエラの一日の行動を専属の侍女に報告するよう、指示を出した。

それはアミステリアの今後を左右するだろうと、そう考えた。


私の悩みは、デニス様と共有できるのだろうか……。

もう一度、相談をしよう。

できればデニス様に、ガブリエラとは話し合わせることの無い様に……。

ガブリエラは、既に貴族の子女とは侮ってはいけないから……。

嘆願書はデニス考案。

必要のないものを買わないための対策。無駄遣いしたくない人。

内容を書かれた面を内側に三つ折りにし、折りたたまれた外面に提出者の名前を書く。

執事長は書類の内容まで見ておりません。執事長、悪くない。

だって、ガブリエラの事知らないんだもん。


デニス・フォン・フェンサー

現フェンサー伯爵家の家長で父。

文官であり、国の要職に就いている。

二人の女性に愛されてラッキーって思う性格。


マライア・フェンサー

フェンサー伯爵家デニスの妻。

フェンサー伯爵の邸内及び領内を取り仕切る。

仕事出来る系美人。テレサに負けず劣らず。プライドはあるが内向的。


アミステリア・フェンサー

デニスとテレサの愛し子。容姿がテレサにそっくり。

甘やかされて育てられている分、少し我儘で奔放な性格。

ガブリエラとは同い年ではあるが、姉である。


テレサ・フェンサー(故)

国内でもあまり知られていないが、美しく聡明な淑女だった。

男爵家の出身でデニスに一目惚れ。デニスもテレサに一目惚れ。

思慮深いマライアの事も好きだった。内面的に。

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