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願うだけです。叶わないと知っています。  作者: 奈良づくし
7歳
3/7

母を知らない

気だるげになりそうなお昼時。

少しの眠気を感じながら手に取った本の頁を捲る。


【人体の解析】


著者は不明で、この国の文字では書かれていない。

つまりは、私も彼女も知らない文字。読めない文字。

参考にななりそうな本を幾つか見繕ってもらい、最近やっと読めるに至った。


何故この本がこの家にあるのだろうか?まぁ、どうでもいいわね。

この本には、人間の中身・・は一体何が詰まっているのかが掛かれている。

なるほど、なるほど。

【獣の解体手法】で見た臓器と遜色は無いわね。

人間も獣も、中身に大差は無いのだろう。

もし、人間と獣で違いを挙げるとするならば、それは……。


「お嬢様。お寛ぎの中、申し訳ありません。少し宜しいでしょうか?」


思考を遮られ、ほんの少しだけ不機嫌になってしまう。

彼女でなかったら、嫌味を幾つも言っていたかもしれない。


「なぁに?」


本から彼女へと視線を移す。

申し訳なさそうに眉尻を下げた彼女の表情を、私はあまり好まない。

やっぱり、喜ぶ表情が一番好きね。


「その……奥様が、こちらに来られるようなのです。」


「フェンサー伯爵夫人が?わざわざこちらに?」


「お、お嬢様……。」


彼女の言う奥様が、私を産んだ、実の母だ。

しかし、今まで会うことも無く育てられた覚えも無い。

乳母の事ははっきりと覚えているが、伯爵夫人の顔を私は知らない。

生まれた頃は、目がほとんど見えなかったから。

結論から、私にとって赤の他人。母とは呼べない。


「そんな悲しそうな顔しないで。私の方が悲しくなっちゃう。」


「も、申し訳ありません。」


「謝らないで欲しいわね。貴女は何も悪くないのだから。」


「……はい。僭越ながら、お嬢様の御心を案じました。重ねて申し訳ございません。」


謝罪の意を示す様に、彼女は深く私に頭を下げる。

私なんかを汲んでくれるなんて……出来た使用人ね。

ならば私も……彼女に信を置いてもらえるように励もうと、そう思うことが出来る。

不思議よね。


「もう一度だけ言うわ。貴女の謝罪は不要よ。先を話しなさい。」


「はい、お嬢様。昼の鐘の3つ頃に奥様がこちらへ来られます。お話があるとの言付けを承っております。」


「3つ?急な話ね。貴女がいつも掃除してくれているから部屋は綺麗だけど、伯爵夫人の座る椅子は無いわね。まあ、直ぐに済むでしょうから要らないわね。」


「紅茶の用意などは如何しましょう?」


「必要無いわ。わざわざ伯爵夫人の許可を得て茶器を用意しなければならないのよ?それなら、始めから伝えてないあちらの不備ね。こちらの配慮不足では無いわ。」


「畏まりました。」


「ただ、そうね。一つだけ。貴女は誰が何を言おうとも、口を挟まないように。いいわね?」


「……不躾ながら、理由をお伺いしても宜しいでしょうか?」


「良いわよ。まず、貴女の立場の問題が一つ。それと、貴女の予想は外れてるわよ?衣服の申請の話ではなく、婚約話ね。」


「へ?あの……お嬢様の御洋服を購入していただく話では、無いのですか?」


「違うわ。さて、そろそろ時間ね。」


この街の中央付近にある、教会の鐘の音。

聞き慣れた三回の音が聞こえる。

一回だけなら良いのだけれど、三回鳴るのは少し煩わしいと感じる。


「いつも通りで良いわよ。ノックが聞こえたら、ドアを開けて私の傍に控えなさい。」


「あ、はい。畏まりました。」


「ふふ、余裕が無い様に見えるわよ?もう少し堂々となさい。使用人の質は、主人の評価の一因となるのだから。」


「はい。鋭意努力いたします。」


「そうそう。その方が貴方らしいわ。婚約者の方も、鼻高々ね。」


「おっ、お嬢様っ!!」


努力を惜しまない貴女よりも、慌て恥ずかしがる貴女の方が魅力的、と言ったら怒るかしら?

それとも嬉しそうに笑ってくれるかしら?

もっともっと、素直に心の内を言葉にしてみたい。

私が貴女と同じ立場なら……なんて、考えてはいけないわね。

まだまだ……私は幼いわ。嫌になっちゃう。


「お嬢様。」


「ええ、招いて頂戴。」


彼女は少し扉を開き、相手の使用人と幾つか話した後扉を開く。

所作は綺麗ね。後で彼女を褒めておきましょう。

見慣れぬ女性が3人。

二人は侍女の格好をし、落ち着いた色合いのドレスを纏う女性が一人。

誰がどう見ても、貴人と判る装いをしている。


「本日はフェンサー伯爵夫人自らお越しくださり、ありがとうございます。」


「…………。」


「厭う謂れも十二分に理解しております故、御用件をお聞かせください。」


伯爵夫人は扇子で口元を隠しているため、表情が読み取れない。

良いわね。私も扇子が欲しくなっちゃったわ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


口を噤まないで早く話して欲しいわね。

あまり眉間に皺を寄せない方が良いわよ?綺麗な顔が台無しね。


「……先程から、その言い様は何ですか?」


「あら?私は伯爵夫人に何か粗相をなさいましたか?まだ幼い故の無知、容赦頂きたく願いますわ。」


伯爵夫人の傍に控える侍女が何か見当違いな事を言ってきたけわね。

私は別にその人と取り合う意味も無いし、伯爵夫人の目を見て対応しましょう。


「し、失礼にもほどがありますよ!ガブリエラ様。それに、奥様の御座席の用意は如何なさいました!?それに、紅茶の用意もないでは無いですか。」


なんだか、質の悪い侍女ね。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

一応、釘を刺そうかしら?いえ、要らないわね。

それに、困るのは私では無いもの。

ほら、気付かないの?伯爵夫人の表情が歪んでいるわよ。


「さて、伯爵夫人。御用件は窺っても宜しいですか?」


「……用件は一つ。ガブリエラ。貴女の婚約相手が決まりました。」


そこで一旦区切る必要があるかしら?

誰に?何時?目的は?私の立ち位置は?

…………一々聞くのも面倒ね。


「畏まりました。御用件とはそれだけでしょうか?」


早く退室してもらいたいものだわ。


「ガブリエラ様!先程から奥様に対し、その物言いは何なのですか!?無礼にもほどがあります。そこの貴女、ガブリエラ様の専属でしょう?教育をしっかりなさい!」


おや?それはいただけないわね。

私のアルマに、そんな事を言う権利は貴女に無いのに。


「ふふふふ。」


口元を押さえないと。つい、笑っちゃったわ。

本当に……この伯爵家、惹いては伯爵夫人の傍に勤める侍女なのかしら?

質が悪すぎるわね。

見なさいな。私のアルマは、私の指示通りに何も言い返さないわよ?

ちゃんと、理解しているから。


「な、なんですか!?」


「ああ、可笑しくって。つい笑っちゃったわ。どうしましょう……言っちゃおうかしら?迷っちゃうわね?」


「な、何を仰っているのですか!!マゼンダ様は、ガブリエラ様の為に助言したのですよ!!」


おやおや。片方だけかと思ったら、もう片方も粗悪品だったのね。

伯爵夫人もお可哀想に……マゼンダって、侍女長よね?

そんな粗悪品に家を任せているなんて、笑えるわ。


「ねぇ、フェンサー伯爵夫人。諫めなくても宜しいの?」


私の一言で伯爵夫人の眉が動く。

怒っているわね。分かり易いわ。


「ガブリエラ。用意は整えておくように。」


「衣服の申請はそちらの侍女長に書面を渡しております。2年ほど前から。御存じないのでしょうか?」


近々ににでも、顔見せのお茶会があるのね。

一応、伯爵夫人の指摘にはちゃんと返事をしておきましょう。

だって、私の衣服って、ずっと()()のお下がりなんですもの。

それなりのドレスを一着欲しいのだけれど……侍女長で話が止まってるから、買ってもらえないのよ。

あらあら、侍女長が青褪めちゃったわ。

あらあら、伯爵夫人。そんなに睨みつけては可哀想よ?


「戻り次第、確認なさい。」


「か、畏まりました!!」


「ああ、それと。侍女長?」


そんなに大げさに驚かないで欲しいわ。


「礼儀作法の教育係を手配してもらえないかしら?それも正式な書面を渡している筈よ?」


あらあら。伯爵夫人の目つきがまた怖くなっちゃった。

要らない言葉まで言っちゃったかしら?

でも、侍女の職務に令嬢の教育なんて含まれないのよ。

それと、侍女長。貴女の反応は全く【楽しく】無いわ。


「フェンサー伯爵夫人。私が必要と判断したものに関しては、私の専属から侍女長へ書面をお渡ししております。最終的に伯爵家内で採決なさるのは伯爵夫人ですから、ご確認いただくことを願います。僭越ながら私から申し上げたことに至らなぬ点が御座いましたら、ご教授願います。」


「……後ほど、連絡しましょう。」


伯爵夫人が踵を返して部屋を出ていく。

ついでの要件も済ませられたし、伯爵夫人は賢い方ね。

読みかけの【人体の解析】を手に取り、目を通していく。

後ろからの視線が痛いわね……。

さて、彼女の言い分を聞きましょうか。それと、褒めてあげないとね。

伯爵夫人が諫めなかったのは、ガブリエラの目の前だと拙いと判断したから。

ちゃんと後で、結構きつめにお叱りをしております。

そして、少ない言葉の真意を理解するガブリエラに戸惑いを感じてます。


因みに、侍女長マゼンダさんともう一人は減俸処分です。

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