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願うだけです。叶わないと知っています。  作者: 奈良づくし
7歳
2/7

名前を知りたい

興味深い……と言うよりは【面白い】という感情が、私をその道へと歩かせる。

私の部屋には寝具と家具が数点しかなく、いつも暇だった。

ずっと寝ていられれば、暇を持て余さなかったのだろう。

でも私には、寝続けることは出来なかった。


ただ息をする。

お腹が空けば何かを口へ運ぶ。

喉が渇けば何かを飲む。

何もせずに生きる事はできない。

生きるとは何なのか……。

とても、とても暇だった。

暇という言葉さえ、当時の私は知らなかった。


そんな時、私の傍にいる彼女が何を思ったのか、一冊の本を私に読み聞かせてくれた。

文字を読むことが出来なかった私はその本が何なのか、分からなかった。

そもそも、本とは如何様なものなのかさえ理解していなかった。

切欠は偶然だったのだろう、けれど、私にとっては運命だと思えた。

おかげで、彼女には私の知らない事を教えてもらう機会が出来たのだから。


貴女は誰?

「侍女のアルマと申します。お嬢様の専属になります。」

人によってはそれが失礼な言葉になる事を教えてもらった。


侍女とは何?

「お嬢様のお世話をする仕事です。誰か高貴な御方に仕える女性ですね。」

確かに、私は彼女に食事や紅茶の用意をしてもらっている。


仕事とは何?

「お金を稼ぐ手段……ですかね。人によって理由が違いすぎるので、私にも分からないです。」

人によって理由が違うとは何なのだろうか?


アルマはどうして侍女をしているの?

「私はある男爵子息の方と結婚するのです。私は平民出身なので、行儀見習い……みたいなものですね。あ、あと私がお嬢様に名前を呼ばれると不都合がありますので、呼ばれるときはこの鈴を鳴らすか、呼ぶ際は貴女と言っていただけると助かります。」

結婚?平民?貴族?鈴の役割?名前を呼ぶのが駄目?


一つ一つ教えてもらえる?

彼女の手が空いている時は、直に教えてもらった。

特に、読み書きを重点して教えてもらった。

彼女が言うには、本が読めると知識が増えるらしいから。

彼女がいなくても、本が教えてくれるから。


幸いにも、私の部屋の隣には本を沢山保管している書斎があるらしい。

彼女が上役の方に許可を貰って、いくつかを私に渡してくれた。

いつも暇だから、直ぐに読み終えてしまう。

何度か自分で取りに行くと、何故か彼女には窘められた。


理由は単純で……、私が貴族の子女である事。

貴族の子女は、自分で取りに行かず侍女に命令して取ってきてもらうのが常識らしい。

そして、もしそれが上役に見つかった場合、彼女が咎められるらしい。

言葉の意味を理解はできるが、何故彼女の咎になるのかが理解できない。

これに関しては、取ってきた本に理屈が書いてあった。


【貴族の在り方】【貴族と平民との逢瀬】【架け橋の手順書】


その時に持ってきた本の、特に【貴族と平民との逢瀬】。

内容は良く分からない男性と女性の接し方だったけれど……。

身分とは何なのかが、事細かく良く描かれていた。

理解できない部分を彼女に聞いてみると、彼女は凄く取り乱していた。

以降、【貴族と平民との逢瀬】は読んではいけないと、釘を刺された。


私は貴族。彼女は平民。

主人と使用人の関係。

私は彼女を雇っているわけでは無いけれど、私を主と言ってくれる。

私がその関係を望んでいるわけでは無いけれど……。

けれど、変えられない関係なのだと、そう教えてくれた。


私としては、彼女の名を呼び、彼女が私の名を呼ぶ。

一緒に紅茶を飲んで、本の内容を少し話すことが出来れば……。

私はその関係を望んでも、叶わないのだと理解してしまった。


けれど、それ以外の……些細な事は望みたい。

だって、暇を持て余してしまう。

そして、知ってしまった以上、暇を持て余すのは……なのだから。

彼女から、本の内容から、私は感情というモノ(・・)を知ってしまったから。






私の質問は意地悪だったと理解している。

彼女は立場の関係上、私の名を呼ぶことが出来ない。

いつも「お嬢様。」と、そう私を呼んでいるから。


どう言おうかと、あたふたとしている彼女を見るのは楽しい。

私の性格は悪いのだろうと、色んな本を読んでそう結論付けている。

本で知識を得るのは【面白い】。

彼女といる一時は【楽しい】。

私が楽しいと感じるのは、彼女に関して。

その一点だけで……それ以外はおそらく、興味さえも示さないと思う。


「ふふ。ねえ、私の名前を教えて。私は知らないのだから。」


「あの、えぇっと……。」


「私の家族と呼べる人は、ここへは一度も訪れていない。だから、私は今まで会った誰からも「お嬢様」としか呼ばれていないの。貴女は職務上、私の名前を知っているでしょう?」


「確かに、存じています。で、ですが……。」


ベッドメイクを途中にしたまま、彼女の手は止まっている。

彼女は何と言ってこの場を切り抜けようか、私を見たり手元を見たりと忙しそうね。

次は【名産・特産にしたい植物】という、少し風変わりな本を読みたい。

切り上げる形になるけれど、それだと面白くは無い。


()()()。ちょっとした、私のお願いを叶えて欲しいの。お願いするわ。」


貴人は、使用人の名前を読んではならない。

貴人は、使用人を命令するものである。

貴人は、使用人と親しく会話してはならない。

私は幾つ、貴族としてしてはいけない事を、たった一言で冒したのかしら?

まぁ、どうでも良いのだけれど。


「お、お嬢様!?なりませんよ!?」


彼女は、アルマは決して愚か者では無い。

けれど、知者でも無い。

それが自身の立場を悪くしてしまう一言だとしても、彼女は私を諫めようとするだろう。


「あら、主人・・に口答えはいけないのではなくて?そう教えてくれたのは、他でもない貴女・・よ?」


きっと今、私の表情は凄く陰湿な笑みを浮かべているのだと思う。

次はどう返してくれるのかが、楽しみで仕方ないのだから……。

ああ、私は悪い女ね。

淑女の風上にも置けないわね。

けれど、私をそうさせたのは貴女なのだから……責任を取って欲しいわ。


「い、いいえ。貴人らしからぬ言動は、お嬢様の利には、なりませぬ。どうか貴人としての矜持をお持ちくださいませ。それがお嬢様の為になるのです。」


そう返してくるのね。


「あら、私は思ったことを口にしたまでよ?知らぬ存ぜぬは愚者の行いよ。私は愚者には成り下がりたくは無いもの。知る事の為に、それ相応の手段を講じたまでよ?」


「ならば相応の方に命令なさるのが宜しいかと、愚考します。私のような使用人ではなく、侍女長様や執事長様といった立場ある使用人こそが適任かと。」


「あら?私を認知してもいない使用人に聞けと?私の立場は、知っているでしょう?居る筈の無い、望まれなていない貴族よ?立場ある使用人こそ、私に近づく理由は無いのよ。」


「……。」


あら、黙ってしまったわね。

本当に意地の悪いことを言ってしまったわ。

私は気にしてもいないけれど、彼女にはそうでは無いのが彼女らしいわね。

本当に主人想いの……賢い使用人ね。


()()()()()()()。貴女に意地悪したかったの。最近、話しかけてくれないもの。寂しかったのよ。」


「うっ……。その、あの……。」


貴人が、使用人に謝る必要は無い。

私は貴族という立場を理解しているが、疑問しか残らない。

絵本でも書いてあるのよ?

悪いと思ったのなら、謝りましょう。

小さな子供でも分かる、当たり前な事を貴族はしてはいけないのかしら?


「お、お嬢様~。」


あらあら、そんなに泣きそうな表情にならなくても良いじゃない。

覚えている以上、5年も仕えていてくれているのに。

それに、私が一方的に悪いことをしているのに。

でも、その表情を見て【楽しい】と思うのは……駄目よね。


さて、そろそろ諦めましょうか。

これ以上彼女の表情を見ていると、もっと意地悪したくなっちゃいそうだし。

でも……最近はご無沙汰なのだから、もう少しだけと……欲が出ちゃう。

ああ、私は本当に性根が悪いわね。

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