サンタさん
「……彼氏居た事あります」
「え?」
また急に顔色が変わる。
「友達に紹介された人に『来週土日暇?』って聞かれて『暇』と答えたらデートに誘われて……そのデートの帰りにも同じ質問、その繰り返しで3か月……『これは俗にいう付き合っている?』と思ったんですが……そう気づいてよくよく考えてみたら。実のところその相手のこと好きでもなんでもなかったんです。『好きです』も『付き合いましょう』もなくて気が付きませんでした」
「高校生じゃあるまいし『俺たち付き合おう』なんて宣言して付き合うやつなんてなかなか居ないだろ今時」
小馬鹿にした様に笑われる。
「高校時代に恋愛したことないのでそんなのわかりません」
「お前、見かけによらずほんとに理屈っぽいよな」
店長の笑顔がいつもと違うちょっと皮肉っぽい笑い方だ。
「最初はさ、可愛い女子大生とごはんとかそれだけで結構楽しいだろうな。って誘ったんだよ。まああわよくば喰っちゃおうかな、ともね。でもお前ホント理屈っぽくて、世の中の『可愛い女子大生像』とあまりに違ってさ……これは『ちゃんと保護しないといけない天然記念物』だと思った訳」
「何、意味の解らない事言ってるんですか?」
「あー適当に遊びたい女子大生ならお相手してもいいけど、真面目で理屈っぽく可愛いありさちゃんのお相手には役者不足ってこと」
「『保護の必要な天然記念物』なんかじゃないです。つきあったことだってあるんですから。良いですよ遊んでください」
「……その……さっき真面目に言っただろ? 『好きです』って」
「あれは店長がそう言えって言ったからです」
「……あんな、お前がどれくらい真面目に言ったか位わかるさ。年の功だ」
どう言ったって躱される。
「私が真面目で店長が遊びでも良いっていってるじゃないですか。クリスマスに働いたご褒美ください。クリスマス残り時間」
「もうちょっと良いご褒美もあるぞ?」
そう言って綺麗に包装された包みをちらりと見せ、店長は時計を見た。
「『12月24日23:30』まあ、あと30分くらい一緒に居てやるのは別に良いけど。というか送ってやるつもりだったし」
「……違う。イブじゃない。これから朝まで」
意を決して言ったのに、店長は盛大にわざとらしく溜息をつく。
「ダメなら送ってくれなくて良いです」
向き合ってすら貰えない状況からもう逃げ出したくて堪らなく、帰り道をすたすた歩きだそうとすると
「こら、待て」手首を掴まれる。
「とりあえず今日車だから送る。乗れ」
掴まれた右手首を引かれて振り向かされた。勢いで思いのほか店長と距離が近い。
「乗ったら朝まで降りませんよ」
この距離で目なんか合わせられない。視線を伏せたまま言う。
「まあーそういう事にしといても良いから乗れ」
どんな表情で言ったのだろう? 語調は平坦で感情が読み取れない。
車内はシンとしている。深々と冷え込む。居心地を悪くさせるためか店長はエアコンをつけようとしなかった。先に口火を切った方が負け。なんだかそんな気がして押し黙っている。私のマンションまで車なら5分。少なくとも約束した残りの20分間は店長は私を追い出せない。無言のままにマンションすぐ近くの公園についた。路肩に余裕があるため店長はそこに車を停めた。
ポンっと膝の上に箱が飛んできた。先程チラリと見せられたプレゼントの包み。クリスマスっぽい包装紙でラッピングされている。
「サンタさんからご褒美」
「いりません」
「いらないなら捨てればいい」
窓を僅かに開けて煙草に火をつける。
「で、どうしたいの? 俺にどうして欲しいの?」
さっき言ったのに……
「俺は嫌だよ。朝までお前を抱くなんて想像したくもない」
辛辣過ぎて涙が出そうだ。
「なーなんで楽しくごはんじゃ駄目なの? なんなら今からどっかで飯でも食うか? それなら付き合うよ」
「別に……ぃて欲しいわけじゃない。そうでもしないと店長にちゃんと見てもらえない……気がしただけで……」
「……鋭いな。……そうそう俺は若い可愛い女の子連れてチャラチャラしてるのが楽しいだけの軽薄な男だからな。服でも靴でもアクセでも欲しいもの買ってやるけど俺はやれないね。だってお前が俺のアクセサリみたいなもんだもん」
「……酷い」
「あーそうさ。だから、そんな男には美味しいごはん奢らせて欲しい物貢がせれば良いさ。な?」
「……わかりました。いまからごはん連れて行ってください」
イブの残り時間は10分。酷い事を言われても尚、これからの数時間を一緒に過ごせるならそれでも良いと思った。