デリバリーピザ
15Rは保険です。
今日バイトの面接に行った。
最初は某ハンバーガーショップでバイトしたいと思っていたけれど勇んで出かけて行った最寄りのお店に「バイト募集」のポスターがなかった。以前は貼ってあった気がするのだが、お店の人に聞く勇気もなく、すごすごと帰ってきた。
そうしたら、帰り道に前を通ったピザ屋に「バイト募集 問合せ:TEL03-5432-XXXX サンダ」と貼ってあった。それで電話したら、翌日面接に来るように言われた。それが昨日。
因みに私が一番最初にした失敗は「バイト募集って見たんですけど、サンタさんいらっ しゃいますか?」と言った事。おかしいとは思ったのだけれど私の目にはそう見えてい たから。
そこで電話取り次いでくれた人が電話口で笑いをこらえながら、きっとわざと大きな声 で「サン『ダ』店長バイト希望の方からお電話です」と言ってから大爆笑していた。
面接はピザ屋の2階の制服が一杯かかっている部屋(更衣室だろうか?)で行われ、店長に履歴書渡したら一部読み上げられた。「高田ありささん、大学一年生19歳。専攻は国文学 ……出身は東京じゃないんだ……」そのあとは世間話っぽいこと聞かれただけだった。そして、その場で、バイトのシフトルール等の説明をされた。バイトの面接って形だけやるものなの?
店長は丁度二倍の歳の38歳で、それをわざわざ言っておいてから「19かー。いいなー若いなー」としきりに言っていた。あとで知って思った事だけれど、バイトには高校生も何人か居るので別に大学1年の私は特別若くもないのに変な人だ。
その後は「女子校出身、女子大か~」と意味深な笑顔で何度か繰り返していた。何故、何度も繰り返すのですか? という私の質問には「それっぽいなと思って」と、やはり笑顔と共に返ってきた。事実女子校なのだけれど「それっぽい」と言われるとなんだか馬鹿にされているようでムッとした。
店長に「仕事教えるから土曜ちょっと早めに来てオープン前から入ってくれる?」と言われて面接は終わった。
土曜朝面接をした部屋へ上がっていくと、店長はぼんやりと気だるげにタバコを吸っていた。当然店長以外はまだ来てない。「おはようございます」と言いながら、店長より早めに来た方が好印象だったかな、と後悔する。
店長は特に咎める様子も無く、「おはよう」とにっこり笑った後、ずらりとかかっている制服を指して「コレ、クリーニング済みの。サイズ見て合うヤツ選んで着替えて。シャツとスカートとエプロンね。バイト終わったらこのバケツ入れる。そうするとクリーニング行き! あと帽子は個人所有ね、ハイ。名前書いといて?」
帽子を受け取ったまま、躊躇している私に気が付いたからか、店長は言った。
「あ、たぶんぴったりなのは無いと思うから、みんなスカートは折って履いてるよ。あと着替えはそっちでね」とパーティションを指した。
ぐずぐずしてちゃマズイと思う時に限って、髪に引っかかったりして着替えに手間取るのは何故なのだろう。心の中で自分を毒づいていると店長の声がした。文頭を聞き損なったため、聞こえたのは「------にバイトしようと思ったの?」だった。
今のイエス・ノークエスチョンだろうか?どうしよう?聞き返した方が良いかな?少しためらってから観念して「……はい? 何でしょう?」と言うと、笑いを含んだ声で、もう一度ゆっくり「なんでこんな時期にバイト始めようと思ったの?」と聞かれた。
確かに、年度初めでもないし、長期休暇でもない10月の末にバイトを始めるのは些か不自然なのかもしれない。実のところ授業が、たっぷり、みっちりあるためバイトどころではなかったのだ前期も後期も。
夏休みは教習所に通っていたため、やはりあまり時間がなかった。教習所の授業料は親が出してくれた。それでなんだか申し訳ない気持ちになったのと、高校時代バイト禁止の校則を律儀に守っていたため、『バイトする』という事への憧れが元々あったから、教習所授業料を返そうという大義名分が出来た、という所だった。
……それから、授業たっぷりの平日以外の予定が無くなったから……6月からお付き合いしていた人となんだか何故毎週会っているのか理由がよく分からなくなってしまい連絡をとるのを一ヶ月やめてしまった。そうしたら連絡が来なくなった。さて、これだけの事をどう適当に話そう。
少し考えて、着替え終わって店長の前へ行って「お、似合うじゃん」と言われてから質問に答えた。
「高校でバイト禁止だったからバイトしてみたかったんです。でも授業が多すぎて前期は控えていて、後期になって少しは慣れたかな、と思って……」
「バイト禁止って…………お嬢だね」
「別に校則でお嬢様学校だとか決まる訳じゃないですから……」
「お嬢」とう言葉に少々カチンときて返した言葉に、にやりと笑われて、余計後悔した。どうしてこの店長は人の癇に障ることを言ったりしたりするのだろう?しかもどうみてもわざとやっているとしか思えない。
2階事務所のカギを締めて階段を下りながら話が続く。
「夏休みは?バイトしなかったの?」
「教習所三昧で……」
「免許は?とれたの?」
「はい!」
「すごいね!」
「いえ……オートマ限定なんで」
「配達もやる?」
「いや、全然原付運転したことないので無理です」
「じゃあさ、今度ドライブでも行こうか?若葉マークつけて」
全く、さり気なくも何とも無い流れでデートに誘う台詞が混入してくる店長にあきれ返りつつ、雑談になっている隙に気になっていた事を聞いた。
「あの……どうしてバイト募集の張り紙店長の名前カタカナで書いてあるんですか?」
「あーコレ?」と張り紙指してから、声を立てて一度笑い
「聞いたよ、佐藤から。あ、佐藤ってこの店オープンから居る一番長いバイトね」
ここでもう一度切って笑いながら続けた。
「サンタさんって言ったんだって? 俺のこと」
なんだかやたらに笑われて悔しいのと恥ずかしいのでどんな顔をして良いのか分からなかったため、私が無言になったのを見て、店長は笑うのやめてちょっと神妙な面持ちになって言った。
「サンダって漢字書でくと必ず『ミタさん』って言われるから……」
「じゃあ漢字で書いて、上か横に読み仮名大きく振っておけば良いじゃないですか!」反論をしてみると
「頭良いね~!」
全然誉めてられている気がしない。馬鹿にしているのか、からかってるのか。
更に、すぐその後からかわれた。
「12月24日にバイト入ったらサンタさんからプレゼントあげるよ」
「……まだ、そんな先の予定はわかりません」
度重なる侮辱に、ちょっとした怒りを隠しきれなくなり仏頂面で答えると。
「あ、今のところデートの予定はないんだ?」にやりと確認された。
硝子張りの1階店舗へ降りて、仕事内容を一通り教わった。チーズの量は目分量? 否、手分量で覚えなくてはならなくてどうも多すぎだったり少なすぎだったり上手くいかない。そして一番の難関はピザ生地である「ドゥ」を広げて綺麗な円にするためにパフォーマンスっぽく放り投げる事だった。店長が得意げに何度もやって見せてくれたが「落としそう」という恐怖からなかなか思い切りよく投げられない。それ以外はメニューを見ながらソース具材を確認すれば、割となんとかやってみることが出来た。
一通りの説明が終わった頃男子のバイトが3人と女子が2人現れた。男子一人はわずかに遅れて入ってきて「あーーーータイムカード遅れた。14分ただ働きだよ」とふてくされていた。バイトのメンバーが現れる度に「今日からバイトに入りました高田ですよろしく御願いします」と繰り返した。
私の仕事は電話を取って、注文を聞いて、ピザを作る。そこまで。デリバリー担当が焼き上がったピザをボックスに入れて、待っている間に揃えておいたサイドメニューやドリンクと一緒に詰め込んで、確認済みの配達先へ向かう。混んでいる時は、店長も店内業務及び配達に加わっていた。
注文が入っている間は電話台から洗面台経由で手を洗い、調理台からピザ釜をぐるぐる回り続ける。段々自分が檻の中でくるくる輪っかを回しているハツカネズミか何かの様な気がしてくる。
注文が集中すると、オーダーを受けた種類のピザの具が何であるか覚えられていない私は、いちいち確認するちため、慣れた他のバイトさんにピザを作っている途中で追い抜かされる。初日だから仕方ないとは思うが少々落ち込む。
配達に出ていた店長が帰ってきた。
「お疲れ様です」みんなのマネで言ってみると、カウンター越しに指を無言で指された。
「?」マークが私の頭の上に浮かんでいるような顔をしていたのだろう。仕方ないといった表情で一言「ついてる」と言われた。
それでも「?」は消えない。何がついてるの? 霊とか? と考えながら慌ててキョロキョロしている私に、更にやれやれという表情になった店長はカウンターを回り込んできて、右手で私の左頬に触れた。
「!」
ずさささささーーーーーーーーーーと効果音の文字が付きそうな反応で後ずさってしまい、フォローになんとか「あーびっくりした!」と発言したら、店長は「粉ついてた」と淡々と言う。なんだ? この人と思った。世の中の男性はこんなに気軽に女性の頬に触るんだろうか?
「そんな反応されっとこっちが照れんな」
にやにやしながら店長が言う。女子校っぽいと言われた面接の時と同じ笑顔だ。男慣れしてないというだけで舐められたり苛められたりからかわれたりしたらたまらない。店長には毅然とした態度で臨もうと決意した。