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【完結】夜の装飾品店へようこそ~魔法を使わない「ものづくり」は時代遅れですか?~  作者: スズシロ
3章

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師匠としての提案

「師匠、こんにちは!」


 ある日の午後、「話がある」と呼び出されたアキはリッカの工房を訪れた。


「あ、いらっしゃい!お茶を淹れるのでそこに座って待ってて下さい」


 テーブルの上には美味しそうなチョコレートケーキが二つ、ティーカップが二組置いてある。ただならぬ雰囲気を察したアキはドキドキしながら席に着いた。


 紅茶を淹れたティーポットでティーカップに紅茶をなみなみと注ぐとリッカはアキの対面に腰を掛ける。どう話し始めれば良いのか分からず何とも言えない沈黙が流れた。


「あの、話って言うのは……」


 沈黙に耐えかねたアキは切り出す。


「実は、店を移転することになりまして……」

「え!このお店閉じちゃうんですか?」

「はい。トウカさんが二号店を作るついでに私の店も移転することになったんです。それで、もし良かったらなんですけどこの店をアキさんに使って貰えないかなと思いまして」

「私に……?」


 突然の報告と提案に驚くアキ。


「一人用の工房としては使いやすい大きさですし、二階には居住スペースがあってそこそこ住みやすいですよ。それに、不動産屋さんに言えば私と同じ『格安』で借りれると思うのでどこかに部屋を借りて工房を探すよりは良いと思うんです」

「ちなみに、お家賃っていくらなんですか?」

「金貨6枚ですね」

「なるほど」


 オカチマチの中心に近い場所にあって彫金をするのに一通りの設備が揃っている上に店舗としても使用できる。おまけに二階には居住スペースがあるのに普通の貸し部屋を借りるのとそう変わりない価格帯とは。


「不動産屋さんは彫金を始める若者を応援したいと仰っていたので、話をすれば分かって頂けるかと」

「そうなんですね。相場を考えるとかなりお得ですよね」


 転職活動に向けて賃貸情報を漁っているアキはそのお得さが良く分かっていた。転職すれば今使っている社内の工房も使えなくなる為、生活する部屋に加えてどこか作業できる場所を探さなければと思っていた矢先のことだったのだ。


(それに、自分のお店を持てるってことだよね?)


 「黒き城(シャトー・ノワール)」を辞めた後他のブランドに転職をしようかとも思っていたが、それでは結局「黒き城(シャトー・ノワール)」に居るのと同じことなのではないかと迷っていた。独立をしようにも場所が無いしと思っていたが実店舗を持てるとなると話が変わってくる。


(この位の家賃なら今の貯金でも暫くやっていけそうだな)


 「黒き城(シャトー・ノワール)」で貯めた貯金額と手仕事祭で稼いだ額を考えると独立してもなんとかなりそうだ。


「前向きに考えさせて頂いても良いですか?」

「是非!」


 アキの返答にリッカは安堵した。自分が居なくなってもこのお店を使ってくれる人が居れば心置きなく移転できる。初めて店を開いた愛着のある場所なので空きテナントになってしまうのは寂しいからだ。


「もしもここに引っ越してくるならこの彫金机を置いて行こうと思うんですけど、アキさん使います?」

「えっ、良いんですか?」

「元々私も先輩から譲って頂いた物なので、師匠から弟子へのプレゼントということで。練習で使っていたから使い慣れているし、買うと結構高いから」

「ありがとうございます!」


 彫金を始めるにあたってまだ彫金机を購入していなかったアキにとっては嬉しい話だ。この机はリッカが店を開く際に専門学校の先輩から譲って貰った品で、独立してからずっと苦楽を共にしてきた相棒だった。


 今回引っ越すのに際し、もしもアキがこの店を使って独立する気があるのならば自分が先輩にしてもらったようにアキに机を託そうと考えていた。リッカの店でアキが練習をする時はこの彫金机を使っていたので馴染みがあって丁度良いと思ったからだ。


「じゃあ、大体決まりって感じで大丈夫ですか?」

「はい。ちょうど転職と引っ越しについて考えていたのでタイミング良くお話を頂けて感謝です」

「良かった!これも何かのご縁ですね。まぁ、まだ時間があるのでゆっくり考えて気が変わったりしたら連絡下さい」

「分かりました。ありがとうございます」


 引っ越しをする年始までに決めてくれれば良いと伝えるとアキは安心したような表情で頷いた。こういう大事な決断はすぐにしない方が良い。まだまだ時間はあるのだからアキにはゆっくりと考えて貰いたいとリッカは思っていた。

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