夜景の見える場所で
時間が過ぎるのはあっという間で雑貨屋を巡った後に港を散歩しているうちに日が暮れて夕飯の時間になった。
「さて、腹ごなしもしましたし夕飯を食べに行きましょう」
早速宝石商が予約したというレストランへ向かう。夜の港湾エリアはライトアップやイルミネーションが実施されていてレストランへの道を歩いているだけでも楽しい。
今回宝石商が予約したのは大型客船用の桟橋の跡地を利用して作られた飲食店街の中にある洋食屋だ。大きな窓とテラス席から眺める夜景が売りで夜は予約なしでは入れないらしい。折角だからと予約したテラス席につくと対岸にライトアップされた倉庫群が見える抜群のロケーションだった。
「こんな素敵なレストランを予約して頂いてありがとうございます」
あまりにも景色が良いレストランなのでソワソワしてしまう。
「折角のデートなので望郷の港らしい場所が良いかなと思ったので。喜んで頂けて良かったです」
最初の飲み物を注文する。オシャレなカクテルが多くて迷うがここは一番人気と書かれた「望郷の港」を頼むことにした。
「色々な物を食べたいかと思いましてコースではなくアラカルトを単品で頼む形にしたのですが宜しかったでしょうか」
「もちろん!色々頼んでシェアしましょう」
お洒落なコース料理も良いが単品で少しずつ色々な種類の物を食べるのも楽しい。メニューを開くと前菜からつまみ、メインディッシュまで多種多様な料理が並んでいた。
「とりあえず適当に食べたい物を頼みましょうか」
初めはお互いに食べたいと思ったものを注文することにした。まずは前菜から数品、すぐに出てくるスピードメニューを何点か注文する。注文を終えると丁度酒が運ばれて来た。
「『望郷の港』ですか。綺麗なお酒ですね」
「望郷の港」という土地の名そのものを冠したカクテルは目の前に広がる夜景をそのまま閉じ込めたような煌びやかなカクテルだ。紫と青とオレンジ色のリキュールでグラデーションを作りホイップクリームで蓋をし、その上に夜景の輝きを思わせる金箔が乗っている。観光の記念になるからと一番人気なのも頷ける。
「綺麗だから飲むのが勿体なくなっちゃいますね」
カクテルに限らずケーキやクッキーなど意匠がこらされている食べ物は芸術品のようでなんとなく食べづらい。職人が作る飴細工などがその最たる例だ。そんな話をしていると注文していたスピードメニューが運ばれて来た。ピクルス、オリーブの盛合わせ、チーズの盛合わせ、その少し後にキッシュや生ハムなどの前菜の盛合わせが到着した。
つまみが届いた所でお酒を飲み始める。カクテルを掻き混ぜ生クリームと金箔を溶かし込むとクリーミーな甘いカクテルに変化して美味しい。
「今日は久しぶりに遠出出来て楽しかったです」
転移港を使って移動するのはナゴヤ遠征以来だ。たまにはトウキョウから出て思い切り遊ぶのも悪くはない。
「それは良かった。私もリッカさんとデート出来て楽しかったですよ」
「毎日一緒に夕飯を食べているはずなのに不思議ですね。なんか凄く楽しくて……」
毎日顔を合わせているはずなのに今日は特段楽しかった。即売会に行ってアフタヌーンティーを食べて雑貨屋巡りをしてディナーを食べて……。思い返せばイベントや買い物抜きでデートらしいデートをしたことが無かったような気がする。
「トウカさんと一日一緒に居られて良かったなって」
「おや、それは嬉しいですね。私も今日一日リッカさんを独占できて嬉しかったですよ。幸せな一日でした」
「えへへ……」
一緒にいると心が満たされる。普段一人で行く即売会も二人で行くと違う視点で石を見ることが出来て楽しかったし、好きな人と共にする食事は何倍も美味しく感じてしまう。
(そっか、やっぱり私、トウカさんのことが好きなんだなぁ……)
こそばゆいような気持ちになるけれど心がぽかぽかと温かい。これからもこの人と一緒に居たいのだと自覚した。
「さて、そろそろお皿も空いて来ましたし次の注文をしましょうか」
前菜を食べ終えそうなので次のメニューを選ぶ。まだメインディッシュには早い気がするので一品ものにしよう。海老のフリットとカンパチのマリネ、鶏レバーのパテを注文した。
「ここのご飯美味しいですね!」
前菜やスピードメニューが美味しかったので副菜や主菜にも期待してしまう。
「前菜が美味しい店はどれを食べても美味しいですからね。気に入った料理があれば今度家でもお作りしますよ」
「……あの、前から思っていたのですがトウカさんってなんでそんなに料理が上手いんですか?」
「趣味みたいなものですからねぇ。好きなんです、料理」
現在宝石商が住んでいるのは店舗の二階部分を改装したスペースなのだが、元々居住スペース用に作られたわけではないので台所自体は簡素な作りをしている。にも関わらず調理道具の数が豊富で毎日美味しい手料理を振舞ってくれるのだった。
「以前から好きで自炊ばかりしていましたが、最近はリッカさんに食べてもらうという楽しみが出来たのでより一層料理が楽しいのです」
「毎日美味しい物を食べさせて頂いて感謝してます。私ももっと凝った料理を作れれば良いんですけど」
「いえいえ。リッカさんの料理、私は好きですよ。心を込めて作って下さっているのが分かりますし、食べると一日の疲れが吹き飛ぶので」
リッカは料理が出来ないという訳ではない。簡素なレシピが多いが普通に美味しいと言われるレベルの物は作れる。だが宝石商の料理がハイレベル過ぎてなんとなく引け目を感じてしまうのだった。
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