商機は逃すな
引き続き即売会を堪能するリッカと宝石商。うろうろしながら石を物色しているうちに見覚えのある顔が目に入った。
「コハルさん、こんにちは!」
「お、来たか。買い物は順調か?」
「それがなかなか良いのが見つからなくて」
いくつも店を回ったが未だに新作に使いたいと思えるような石が見つからない。見ていない店が残り僅かになりリッカは焦り始めていた。
「なるほどな。じゃあうちの石なんかどうだ?今回はオパールだけじゃなくてリッカの作品に合いそうな石をピックアップしてみたんだが」
コハルはそう言って机の下からルースケースが乗ったトレーを取り出す。トレーの上には青を中心とした寒色系の石が揃っていた。瑠璃色に金を散らしたラピスラズリ、薄いすみれ色のアイオライト、南国の海のような鮮やかな青を湛えたアパタイト。
澄んだ濃い青の中に結晶がキラキラと光るカイヤナイト、光が当たると美しい蝶の羽のように青く輝くラブラドライトも素敵だ。その中でも特に目を引いたのがまるで海面の揺らめきをそのまま閉じ込めたような模様が浮かぶラリマーだった。
「ラリマー、可愛いなぁ」
不透明で透明石のような宝石らしい華やかさはないけれど、波間を思わせる特徴的な模様が可愛らしい。石によって模様が一つ一つ異なるのも面白い。
(ブランド名に関連付けて天体モチーフの作品ばかり作っていたけど、たまには違うシリーズも良いかもしれないな)
ラリマーを使うならばやはりモチーフは海。ヒトデを星になぞらえて星とヒトデを散りばめたデザインにしても面白いかもしれない。ちょっとだけパールを添えて華やかさを足したりシェルビーズを垂らしても素敵かも。
今まで回った店で無理に石を買うよりも、やはり見ただけでアイデアが湧くような石を使って作った方が何倍も良い作品が出来る。石との出会いは粘りと根性だ。
「コハルさん、このラリマーって他にも在庫ありますか?量産したいので多めにあると有難いんですけど……」
「ここには3つしかないが家に原石があるから追加で作れるぜ。欲しい個数を言って貰えれば作って送るがどうする?」
「それでお願いします。助かります」
コハルに石を注文して完成したら代金と引き換えに転移便で送ってもらうことにした。とりあえず今ある分のラリマーを購入して先に原型を作ってしまう予定だ。
「こっちはどうする?」
注文を終えると机の下から新たなトレーが出現した。勿論オパールが乗っているリッカ専用トレーである。
「これは……!また良いオパールばかり!」
小さくて買い求めやすい価格の物から大き目でお高い物までバリエーション豊かだ。どれもリッカが好むウォーターオパールで質が良い。コハルは完全にリッカの好みを把握し、心を掴む術を習得していた。
「折角のデートなんだし記念に贈り物なんてされたら嬉しいだろうなぁ。大切な人に貰ったオパールって特別だと思わないか?」
コハルがリッカの横に佇む宝石商を一瞥しながら独り言を呟くと、オパールを前に財布とにらめっこをするリッカの横からすっと手が伸びて迷う事なく一つのルースケースを掴むと会計台に乗せた。
「これを頂いても宜しいでしょうか」
「え!」
リッカの目は会計台に乗せられたオパールに釘付けになる。2センチを超えていそうな大きなカボションカットのオパールで透明度の高い地に寒い冬の夜空のような青い遊色が躍っている。ところどころ粉雪のように虹色の光が輝いていて美しい。その上目立った傷や欠けが無い完品だった。
「この石、リッカさんの好みでしょう」
「なんで分かったんですか?」
トレーの中に置かれた数あるオパールの中から一番好みで一目惚れした石を見抜かれてリッカは動揺していた。値段を見る前に財布の中身を確認したくらい買う気満々だったのだ。
「分かりますよ。恋人ですから。……と言いたい所ですが、売り手としてリッカさんの好みは十分把握していますから」
宝石商はいたずらっぽく笑いながら言う。そうだった。宝石商にどれだけのオパールを買わされたことか。石の好みを見抜く力は人一倍なのだ。
「今回はコハルさんに上手く乗せられましたね」
「ふふ、商機は逃すなってやつだ」
宝石商は可愛らしい包装紙とリボンで梱包したルースケースを受け取るとリッカに手渡す。
「どうぞ。コレクションの一つに加えて下さい」
「ありがとうございます!」
満面の笑みでオパールを受け取るリッカを見て宝石商もコハルも思わず笑みが零れる。ルースケースを抱えて口元を緩めるリッカはどんな美味しい物を食べた時よりも幸せそうな顔をしていたのだった。
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