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【完結】夜の装飾品店へようこそ~魔法を使わない「ものづくり」は時代遅れですか?~  作者: スズシロ
3章

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出会いは逃さず確実に

 トレーの山を漁って「これだ!」と感じた物は無かったが、今後作品に使えそうな小さな石をいくつか購入して別の店に移る。宝石商が足を止めた鉱物標本のブースには大小様々な標本が陳列されていた。宝石商はさりげなくスーツの胸ポケットから取り出した眼鏡をかけるとブースの端から順に標本を見始める。


(眼鏡、珍しいな)


 眼鏡をかけた宝石商の横顔にドキっとする。普段は見せない一面を垣間見たような気がしてしばらくぼーっと見惚れていた。


「これ、良いですね」


 宝石商がある標本の前で足を止める。


「え?」


 宝石商の顔に見惚れていたリッカが慌てて机の上に目を落とすと紫色の標本が目に入った。


「蛍石ですか」

「はい。透明度が高くて綺麗な標本です。なかなか魅力的ですね」


 母岩の上に大きくて透明な四角い結晶が取りついている。特に大きい結晶の周りに小さい結晶が寄り添っていて可愛らしい。一番大きくて存在感がある結晶は多少内包物や亀裂が見えるが透明度が高く色むらも少ない。宵闇を煮詰めたような落ち着いた藍色をしていた。


「良い標本でしょう。なかなかその透明度の物は入ってこないんですよ」


 宝石商が興味を示したのを見て店主の男性が声をかける。


「そうでしょうね。今時珍しい」

「実はそれ、委託販売品なんです。知り合いのコレクターの遺品整理で」

「ああ……、そうでしたか」


 コレクターが亡くなった際に「価値の分かる人に売りたい」と業者に委託することがある。即売会に来ている愛好家ならば遺品を無下に扱わないし標本そのものの価値を理解した上で購入してくれるからだ。廃棄されたり安く買いたたかれるよりはマシだと遺言に残すコレクターも少なくはない。


「知り合いから頼まれた物で断れなくてね。他にも何点かあって、大事にしてくれそうな人に売って欲しいって言われので叶えてやりたいなと思いまして」

「そうですか。状態も素晴らしいですし、きっと大切にされていたのでしょうね」


(これも『一期一会の出会い』……なのでしょう)


「この標本、頂けますか?」


 懐から財布を取り出す宝石商。


「値段も見ずに宜しいんですか?」

「ええ。宝石との出会いは一期一会。一目惚れした宝石に糸目は付けませんよ」


 そう言ってカードを取り出す宝石商を見て店主は黙って頷いた。


「ありがとうございます」


 会計を済ませ、商品を梱包材と共に小さな箱に収納する。


「お客さん、良かったらこの標本も持って帰ってやってください」


 店主はそう言うと机の下から一つの標本を取り出した。


「蛍石ですか?」


 購入した物よりも小ぶりな結晶が沢山ついた蛍石だ。母岩に琥珀糖が乗っかっているようで可愛らしい。一見灰色味を帯びていて地味な色合いだが、ペンライトで照らすと中心部分にある青色が透けて見えて美しい。


「その標本を買った人に渡してくれと言われていまして。ずっとセットで飾っていたからと」

「なるほど。分かりました。お引き受けしましょう」


 蛍石が入った小箱を二つ受け取った宝石商は鞄からハンカチサイズの布を取り出すと小箱を丁寧に包み、頑丈そうな革張りのケースに収納した。


「良いご縁を頂けて嬉しく思っています。またご縁がありましたら宜しくお願いします」


 そう言って店主と名刺を交換するとブースを後にした。


「素敵な蛍石でしたね」

「ええ。久しぶりに良い買い物が出来ました」


 鉱物標本はそれこそ全てが一点物だ。だからこそ宝石商はこれぞと思ったものを見つけた時は迷わず購入することにしていた。一度売り場を離れてしまったら次に戻って来るまでそこに残っている保証は無いし、手離してしまえば同じものは二度と手に入らないからだ。


「リッカさんは標本を買う予定は無いのですか?」

「あー……」


 興味はある。


「良いなとは思うのですが、予算が追い付かなくて……」


 だが、一度手を出し始めると際限が無いのが分かっているので自重しているのだ。それに今でさえオパールだけで収集棚が一杯になっているのだ。標本を集め始めたらきっと大変なことになってしまう。


「標本を買うならオパールに予算を回しますか。でも標本は良いですよ。ルースとはまた違った魅力があります。気に入った物があれば一つだけでも買ってみてはいかがでしょう」

「うう、誘惑しないでください!」


 沼へと引きずり込もうとする宝石商に抗うリッカ。そんなリッカを見て宝石商は楽しそうに笑うのだった。

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