自分を重ねて
「でもそう言われた方が納得が行きます。残滓を全く残さないあの技術は正直人離れしていましたから。……なるほど、神が作った造形魔法の申し子ですか。いくら時間を惜しんで練習しても追いつけないはずです」
審査員を魅了する神がかり的な技術。アキは才能の差こそあれどナギサが努力の末に手に入れた物だとばかり思っていた。しかし仮に父親の言う通りナギサが造形魔法の申し子として作られたならば、きっと彼女は息をするようにあの作品群を作り上げたのだろう。彼女は『そう作られた』のだ。
(コンテストの結果は最初から決まっていたってこと?……ばかみたい)
コンテストはデザイン性だけでなく技術の腕を競うものだ。一位を取れば話題にもなるし箔がつく。確かに造形魔法をアピールするためには絶好の場所だ。ナギサと父親はコンテストを首位を取り続けることによって造形魔法の技術力を誇示し、「手仕事よりも素晴らしい」と造形魔法を広める為の踏み台にしていたのだ。
「かわいそうな人ですね」
アキがぽつりとつぶやいた言葉にナギサの父親は眉をひそめる。
「なんだと?」
「あなた、ナギサさんに嫉妬してますよね」
「……嫉妬?」
「ええ。元々は彫金をされてたそうですが、その頃に得られなかった評価をナギサさんがいとも簡単に得ていくのを見て悔しかったんじゃないですか」
「そんなことは無い!」
「さっきご自身で『どんなに努力しても手に入らなかったから痛いほど分かる』って仰っていたじゃないですか。私もずっと二位だったから分かるんです。羨ましい……って思う気持ちが」
魔力の残滓を残さない完璧なコントロールで生み出された繊細緻密な作品。いつも表彰台の真ん中にはナギサが居て自分はその隣だった。いくら努力をしても決して彼女と同じようには作れないと分かっていてナギサの才能に嫉妬したこともあった。
「確かに最初は社長の仰るように『職人の助けになる補助ツール』として造形魔法を作り、世の中に広めようと思っていたのでしょう。しかしナギサさんを見ているうちに気持ちが変わってしまったのではないですか?
自分がいくら努力しても手に入らなかった物がこんなにも容易く手に入る。世間に絶賛され、評価され、天才だと持て囃される娘を見て自分の作って来た作品に対する気持ちが切れてしまったのでは?」
「……違う!そんなことは無い!」
「じゃあなんで手仕事を無くそうとするんですか?造形魔法を広めるだけだったらもう十分でしょう。自分の手仕事に自信が無いからって手仕事をする人達を恨むのはやめて下さい!」
「何?」
「あなたは楽しく手仕事をしている人達が羨ましいんです」
彫金で上手く出来ない部分も造形魔法ならば簡単に作れる。造形魔法を使えばこんなに世間で評価されるのにそれに見向きもせずに手仕事をしている分からず屋。
ナギサの輝かしい姿を見て造形魔法の強い光に目を焼かれ心が折れてしまったが故に、気づかないうちに心の隅に湧いた我が道を行く職人達への憧れは恨みに変わってしまったのかもしれない。
「自分の自尊心がナギサさんにボコボコにされたからって、手仕事を楽しんでいる人間を恨むなんてお門違いも甚だしい。あなたの失望を他人に押し付けないでください!そのせいで広めるどころか造形魔法が変な目で見られて迷惑なんです!」
ナギサの父親は言葉を失ったのか、青い顔をして押し黙っている。思えば彼が手仕事をしなくなって長い年月が経った。ナギサが生まれ、彼女の造形魔法を初めて見た時はその美しさに驚嘆したものだ。自分や弟子が使うそれとはまったく異なる、「妻」と同じ美しく完璧な造形魔法。
力試しにと初めて出したコンテストを皮切りに首位を獲り続け、部屋の棚がトロフィーで埋まるのもそう遅くはなかった。自分が手仕事をしていた頃に何度挑戦しても手に入れる事が出来なかった物がこんなに簡単に手に入るなんて、造形魔法はなんて素晴らしいんだと父親は感動した。
それと同時に今まで自分が作ってきた作品が稚拙で恥ずかしい物のように見え、自分がしてきた努力は一体なんだったんだと思ってしまったのだ。造形魔法を使えばこんなに簡単に、指先一つで素晴らしい作品を作る事が出来る。それに比べて手仕事は……と。
『お父様、なんで未だに手仕事をしている人が居るんだろう。造形魔法を使えばもっと完璧で素晴らしい作品になるのに』
ある時ナギサは父親に尋ねた。生まれた時から造形魔法が使えるナギサの幼子が抱くような単純な疑問だった。
『造形魔法の素晴らしさを知らないからだよ』
『そっか!じゃあもっと分かって貰えるように頑張らないと』
「手仕事が好きだからだよ」と言う答えはもう父親の中から消えていた。造形魔法があるのに手仕事を未だに続ける人間はこの素晴らしさを知らないだけだ。それを知れば手仕事なんて手間がかかって不完全な物しか作れない欠陥品だと分かるはず。……なのに
(何故分からないんだ。それに、俺がナギサに嫉妬している?)
誰もが認める造形魔法の技術を持ちながらも自主的に手仕事を学んでいるアキを前に、ナギサの父親は考えを巡らせていた。しかし、いくら考えても理解できない。
「師匠……」
真っ青な顔で黙り込むナギサの父親をかつての弟子は沈痛な面持ちで見つめていた。
(私が師事をしていた頃はあんなに手仕事が好きだったのに、どうしてこうなってしまったのでしょう。いや、私も他人の事は言えませんね。手仕事から離れて長い月日が経ちますが、『時代遅れ』だと心のどこかで思っていたような気がします)
「今日のところはお引き取り下さい。もうこれ以上話す事はないでしょう。謝罪をしに来たようには見えませんし」
社長がドアを開けて促すと、ナギサの父親は黙ったままに社長室を後にした。
「ありゃ重症だな」
後ろ姿を見送ったコハルが言う。
「あそこまで行くとかわいそうですね。まぁ、気持ちは分からないでもないです」
造形魔法は便利で素晴らしい。それは良く分かるし、あの才能に嫉妬する気持ちも分かる。一歩間違えればナギサの父親と同じ道を歩んでいたかもしれないと思ったアキだった。
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