あの日の出来事
あの日――そう、ナギサが手仕事祭で起こした事件の謝罪のために父親が『黒き城』へ訪れた日のことだ。父親は一人で訪れ、社長室に呼び出されたアキとコハルの前で頭を下げた。
「うちの娘が迷惑をかけて申し訳ない。だが、悪気はないんだ。ただ造形魔法を広めたい一心で行ったことだから許してやって欲しい」
父親から出た言葉にアキもコハルも絶句した。あれだけの事件を起こしておいて、散々他人に迷惑をかけておいて「許してくれ」の一言で済むと思っているとは驚きだ。しかも造形魔法が広まる芽をつぶしておいて「造形魔法を広めたい一心で」とのたまう父親にアキは激怒した。
「ふざけないでください。あなたの娘のせいでせっかく参加が認められた手仕事祭にも出られなくなりそうなんですよ。私だけじゃなくて他の造形魔法職人さんにも迷惑をかけているのに……造形魔法を広めたい?思い切り逆効果じゃないですか!」
「あの子はただ造形魔法を愛しているだけなんだ」
「はぁ……?」
「お前、本当に謝りに来たのか?」
思わずコハルが口を挟む。
「勿論だ。だがこれも造形魔法を広めるため。我慢して欲しい」
「我慢?」
「造形魔法を広めればもっと簡単に手早く質の高い作品作りが出来るようになるだろう。技術の更新は必要な事なんだ。それを未だに手仕事をしている職人に分かって貰いたかった……娘が考えていたのはそれだけで、決して悪い事じゃない」
「……技術の更新って、手仕事の技術を全部造形魔法にすり替えるつもりなのか?」
「必要とされなくなった技術は淘汰される。それだけだ」
(子が子なら親も親だな。話が通じるやつじゃないか)
ナギサと同じような話を繰り返す父親にコハルは苛立っていた。造形魔法を広めるだけではなく「手仕事の技術を淘汰する」ことが目的だとは穏やかではない。しかしそのような思想を持っていたとすればあの強硬的なやり方にも納得がいく。
「社長、あんたもこいつと同じ考えなのか?」
黙って聞いていた社長にコハルが投げかける。「黒き城」の社長は父親とその妻の弟子である。同じような考え方を持っていてもおかしくはない。
「私は……」
社長は少し躊躇いながらも言葉を継いだ。
「造形魔法は素晴らしいし広めるべきだと思ってこの会社を作りました。しかし、古くからの技法を絶やすべきとは思えません」
「何故だ?皆が効率が良い方法に切り替えればクオリティや生産性だってもっと上がるだろうに。何故あんな不完全な技法に固執するんだ」
「効率が良い悪いの話ではないのです。師匠、しばらくお会いしないうちにどうしてしまったのですか」
社長はかつて師事していた師匠の変貌ぶりに驚きを隠せないようだった。
「私は昔から変わっていないよ。リディアが生んだ素晴らしい技術を世の中に広めて少しでも職人を楽にしたい。ただそれだけだ」
「それだけならばもう願いは叶っておいででしょう。今や造形魔法は主流と言っても良いほどです。もう無理に広めようとしなくても良いはずです。
『造形魔法はこの業界を豊かにするツールの一つ』だと昔仰っていたではありませんか。他の手段を排除してしまっては『ツールの一つ』ではなくなりますよ。『使いたい人が使うツール』のままで良いのです。彫金は彫金で素晴らしい技術でしょう。それを愛する者の気持ちは尊重すべきではないのですか」
「……なぜ分かってくれないんだ。君だって手仕事から造形魔法に切り替えた者の一人だろう!造形魔法ならば手仕事では作れないような複雑な造形だって実現出来る。人々に無限の可能性を与える夢の技術なんだぞ!
そんな技術があるのにわざわざ彫金なんて……。時間と手間がかかるだけの無用の長物じゃないか。そんなものは辞めて造形魔法を学ぶべきなんじゃないのか」
そう吐き捨てるように言った父親を社長は絶望したような目で見つめていた。「彫金は無用の長物」という言葉はかつての父親からは決して出るはずのない言葉だったからだ。
「おい、待ってくれ。『リディアが生んだ素晴らしい技術』ってどういうことだ?リディアって三女神の一人だろう?」
「……信じられないかもしれませんが、師匠の奥様はその『女神』様なのです」
そう言うと社長は造形魔法と女神にまつわる昔話を語り出した。
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