再生石と新たな課題
「聞いたぜ」
コハルから音声通信が入ったのは手仕事市が終わって数日後のことだった。
「宝石商とお付き合いすることになったんだってな」
「え!耳が速くないですか?」
「本人が嬉しそうに言ってたぜ。まぁ、これ見よがしにお揃いのイヤーカフしてたらなぁ~。そうなるとは思ってたが、意外と早かったな」
「え!」
コハル曰く、宝石商とリッカがお揃いのイヤーカフをしていることは周知の事実だったらしい。「あんなに目立つようにしていたらリッカに他の男は寄ってこないだろうな」とコハルは笑った。
「それはそうと、一度オレの家に来ないか?見せたい物があるんだ」
「もしかして、以前言っていたやつですか?」
「ああ。お前の意見を聞きたくてな。オカチマチから少し遠くて申し訳ないが足を運んでもらえると助かる」
コハルはオカチマチから少し西に行った所にある大きな森の側にアトリエを構えている。郊外で静かなので作業に集中出来るからだ。
「分かりました。伺います」
「ありがとう。そう言ってくれると思って地図を送ってあるから後で確認してくれ」
リッカが郵便受けを確認すると確かに手紙が一通届いている。日時のすり合わせを行い、翌日早速コハルの家に行くことになった。
約束の日、手土産を持ってコハルの家へ向かう。オカチマチから路面電車を乗り継ぎ1時間ほどの場所にある緑豊かな土地にコハルの家はある。路面電車の駅から少し離れた森の側にある小さな洋館。洋館には小さな庭がついており良く手入れされている。
「来たか。入ってくれ」
チャイムを鳴らすとコハルはリッカを家の中へ迎え入れる。居間と工房を兼ねた日当たりのよい部屋には作業机と素材を収納したガラス棚、ダイニングテーブルとして使用している丸机と椅子が2脚置かれていた。
「冷たいお茶で良いか?」
「はい。ありがとうございます」
コハルは透明なグラスに自家製のハーブティーを入れるとリッカに椅子に座るよう促した。
「遠い所来てもらって悪いな」
「いえ、お招き頂きありがとうございます。素敵なお家ですね」
「煩い場所が嫌いでな。丁度良い中古物件が出てたんで買ったんだ。良い家だろう?」
ところどころガタが来ていたので好みの仕様に改装したコハルお気に入りの一軒である。町中から離れていても転送魔法で物のやり取りが出来るので困らない。
「さて、早速だが本題に入らせてもらうぜ」
そう言うとコハルは作業机の引き出しからいくつかルースを取り出して机の上に置いた。
「以前宝石商を通してリッカに渡したものと同じ作り方で作った石だ。リッカはこれを見てどう思ったか率直な意見を聞かせて欲しい」
コハルが言う「リッカに渡したもの」とは昨年の秋の手仕事祭の際に「サンプル」としてリッカの手に渡った魔工宝石のオパールのことを指す。
「正直な感想としては、『天然物』に近い質感で驚きました。従来の魔工宝石は内包物も傷もない完璧な物ばかりだったのですが、あの石は質感がとても天然物に近いというか。
悪い言い方をすれば綺麗すぎないって感じですかね。魔工宝石にはない『質感のムラ』があって、『天然物』じゃないけど『天然物にものすごく近い』ような不思議な石でしたね」
「ああ。実に的を得ている感想だな。実はこの石達は他の魔工宝石とは違う原料で作っているんだ」
「違う原料?」
「これだ」
コハルはポケットから何やら粉や破片が入った小瓶を取り出して机の上に置いた。
「え?これって……」
「天然石の粉末や破片だな。原石から切り出す時やカットする際にどうしても『捨てる部分』が出るだろう。その粉末や破片を造形魔法で纏めて石に再構成しているんだ。再生石ってやつだな」
「なるほど。だから天然物に近い質感だったんですね」
「石に含まれる内包物や不純物を取り除かずにそのまま使っているからな。素材も天然物の石そのものだし」
一般的に魔工宝石は宝石を構成する成分を含んだ原料を造形魔法により合成して製造する。その過程で不要な成分や不純物は全て取り除かれ、一番美しく価値がある色や形に成型されるのだ。
魔工宝石を作る技術が発明された頃は天然石を再構成して魔工宝石を作っていた時期もあったが、宝石そのものが無くても別の材料から製造でき、最高品質の石を安定的に製造できる現在の技法が確立されてからは「効率と品質が悪い」とされて廃れていった。
コハルは魔工宝石の歴史を学ぶうちにかつてそのような技法があったことを知り、自分が天然石の研磨を行う中で出た粉末や欠片を再利用出来ないか研究を重ねていたのだった。
「今の時代、同じ値段なら綺麗で質のいい魔工宝石を買う人間がほとんどだろう。だが、天然石の成分をそのままに再生できるようになればゆくゆくは『宝石の修理』も出来るようになるんじゃないかと思ってな。これをその足掛かりにしたいんだ」
「リメイクって事ですか?」
「いや、『修理』だよ。例えばヒビや欠けが出来てしまった石を同じ宝石の粉末を使って元に戻したり、宝飾品に使えない程の深い傷を埋めたり出来るようになれば良いなと思ってな。
そうすれば受け継いだ思い出の品や壊れてしまったけど捨てたくない大事な品だって再生出来るだろう」
「素敵……」
リッカは思わず呟いた。どれだけ大事にしていても石の破損や金具の破損を免れないことがある。今まで一度割れてしまった石は諦めるしかなかったが、それを修理出来るようになれば喜ぶ人も多いだろう。
「ただ、天然石をそっくりそのまま再現するのが難しくてな。人の手が入るとどうしても『違和感』が出てしまう。作り手の魔力だって微量ながら宿ってしまうしな。だから完全に『元通り』とは行かないがニッチな需要はありそうだろう?」
「そうですね。個人的には石留めを失敗して割ってしまった石を補修出来るようになるって思うと大歓迎です」
「なるほど。そういう需要もあったか」
コハルはニヤリと笑う。
「ともかくだ、この再生石が客にどう取られるか反応を見たいんだ。そこでリッカに頼みたい事がある。秋の手仕事祭でいくつかサンプルを販売してみてくれないか?」
「え、私で良いんですか?アキさんの方が集客力がありますし沢山の声を聞けるんじゃ……」
「リッカが良いんだ。アキの客は魔工宝石を求めてきている客ばかりだからな。オレが求めているのは手仕事で作られた天然石を求めている客の意見だ。そういう客は今でも昔ながらの品を大事にしているだろうから」
「なるほど……。そういうことでしたらやってみます」
天然石から作っているとはいえ魔工宝石に変わりはない。しかしこの石で作品を作ってみたいとリッカは思った。天然のオパールが大好きだからこそ、捨てられるはずのオパールの破片から作られたあの石が愛おしく思えたのだ。
それに破損した石を修復出来るようになるなんて素敵だ。今まで引き出しの奥にしまわれていた石達にも新たな出番がやって来るかもしれない。様々な可能性を感じる。
「ありがとう。助かるよ。じゃあ手始めにこの石を使ってくれ」
コハルは机の上に置かれたルースをリッカに渡すと安心したような表情でハーブティーを口に運んだ。
「断られたらどうしようかと思ったぜ」
「ふふ、ご期待に沿えるよう頑張りますね」
新たな石と新たな課題。コハルの研究の一端を担う重い責任を背中に感じつつ、飛び込んできた未知の課題に心を躍らせるリッカだった。
初登場のコハルの家。絵本に出てくるような小さな洋館を想像して頂けるとぴったりかと。
コハルは意外とお洒落さんなんです。
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