悪い予感
「あの石頭!」
一日目が終わり、リッカとコハルとアキはお疲れ様会と称して夕飯を共にしていた。路面電車の乗り継ぎ駅にある飲食店街。そこに入っているとある居酒屋だ。
「ナギサさんって、昔からそういう人だったんですか?」
昼間の出来事を語るアキとコハルにナギサの事をよく知らないリッカは尋ねる。
「コンテストの表彰式で会う位だったのであまり積極的に話したことは無かったのですが、確かに造形魔法一辺倒の人ではありましたね」
ナギサは独学だったためアキとの接点はコンテストの表彰式で会う程度だったのだが、常に自信満々の彼女には話しかけにくく、いつも負けていたこともあって何となく避けていたのだ。彼女の作品は最初から最後まで造形魔法で作られており、その非の打ち所の無さから朝から晩まで造形魔法漬けの生活を送っているのではと噂されたこともあった。
「とはいえ、あんなに話が通じない奴だったか……?」
コハルも何度かナギサを表彰式で見かけた事があったが、あんな風に話が通じない人間のようには見えなかった。
「普段はあんな風じゃないのかも。造形魔法の事になるとスイッチが入っちゃうタイプとか……」
「最悪なタイプだな。リッカも絡まれないように気を付けろよ」
「そういうフラグ立てるようなことを言うの止めて下さい」
料理をつつきながら一抹の不安を覚えるリッカ。悲しい事にその予感は違う意味で的中することになるのだった。
春の手仕事祭二日目。この日は昼頃から宝石商が店番を手伝ってくれることになっていた。その間に他のブースを周ろうと考えていたリッカは朝からどこを見て周ろうかとワクワクしていたのだった。
準備をするために開場の1時間ほど前に展示場へ着くとなにやら宝飾品・装飾品の区画が騒がしい。あちらこちらから「なにこれ!」という声が聞こえてきた。見るとどのブースにもチラシのようなものが目立つ所に置かれており、中には作品にテープで貼り付けてあるものもあった。
嫌な予感がしつつもリッカが自分のブースへ向かうと同じようにチラシが什器に貼り付けてある。
「造形魔法教室のご案内……?」
チラシには作品に囲まれたナギサの写真と共に彼女が主宰しているであろう造形魔法教室の宣伝が記載されている。
「ちょっとなにこれ!」
丁度同じタイミングで隣のブースの人もやって来たらしく怒りに満ちた声が聞こえてきた。
「作品に悪戯されてるんだけど!」
隣人の声に思わず視線が向く。
「どうかされたんですか?」
リッカが声をかけるとブースの主は怒りに震えた手でリッカにチラシを見せた。
『造形魔法を使えばあなたの作品もこんなに美しく仕上げることが出来ますよ』
目立つよう大きな文字でそう書かれたチラシが造形魔法で勝手に改造された作品に貼り付けられていたらしい。二日間参加する職人の中には一日目のイベント終了後に作品を陳列したまま布だけかけて翌日まで置いておく者も多い。もちろん周りの出展者を信用しての行為なのだが、今回は置いておいた職人のほとんどが「被害」に合っているようだった。
(私は念のため作品を持って帰っていたから良かったけど……)
リッカは防犯のために一日目が終わると作品を一度引き下げて翌日また陳列するようにしていた。お陰で難を逃れることが出来たのだが、これは大変なことになりそうだと感じていた。
二日目は準備が少ないため開場時間ギリギリに会場へやってくる出店者も多い。その為開場時間が迫るにつれて騒ぎが大きくなっていった。チラシと変形させられた作品を手に運営事務局の詰所へ詰め寄る者も居ればナギサのブースに直接文句を言いに行く者もおり、宝飾品と装飾品の区画は混迷を極めていた。
「リッカ、そっちは大丈夫か?」
コハルから音声通信が入る。
「はい。私は昨日作品を持ち帰っていたのでなんとか……。アキさんのブースは大丈夫でしたか?」
「ああ。うちは試験的に『防犯魔法』の魔道具を設置しておいたからな。まさかこんなすぐに役立つとは思っていなかったが……。にしてもやってくれたぜ」
(まさかこんな強硬手段に出るとは)
コハルは前日ナギサが言っていた「だまだ造形魔法を広める余地がある」という言葉を思い出していた。こんな直球なやり方をしてくるとは……と頭を抱える。
「多分時間通りに開場は出来ないだろうな。ナギサのブースも酷いことになってる」
「そうなんですか?」
「さっき様子を見に行ったら作品を勝手にいじられた職人達が押しかけて言い合いになってたからな。あいつもあんな性格だから火に油さ。後は運営スタッフに任せるしかないな」
「うへぇ……」
結局トラブルが解決するまで宝飾品と装飾品の区画を封鎖して時間通りに開場することとなった。配布されたチラシは全て回収した上で作品を破損させられた職人は運営に申請、後日対応するらしい。ナギサは問題を起こしたことで販売停止措置を受け「新星社」のブースは封鎖された。
区画の封鎖が解かれたのはお昼過ぎ、宝石商がリッカのブースへ到着した頃だった。
「お疲れ様です。なんか大変だったみたいですね」
差し入れ片手にやって来た宝石商は疲弊しているリッカの顔を見て苦笑いを浮かべる。
「朝から凄い騒ぎでしたよ。作品を破損させられた人達が気の毒で」
「ですねぇ。にしてもそれだけ多くの作品をよく短時間で『修正』できましたね」
ブースの主が開場へ現れる前にあれだけ多くの作品を「修正」するのは至難の業だ。よほど早朝から作業をしていたか「修正」するスピードが速いかのどちらかだろう。アキやコハルの話から推測するにおそらく後者だろうとリッカは考えていた。
「腕が良いんでしょうね」
「使いどころを間違えてますけどね」
「本当に。でもこれで大分『造形魔法』への心象が悪くなってしまった気がします」
前回アキが起こした騒動に引き続き今回の騒ぎだ。しかも今回は造形魔法への転向を促すとも捉えられかねないチラシの配布に作品の破壊。大迷惑どころの話ではない。手仕事祭への造形魔法の参加は未だ「お試し」状態だ。これらの事件を受けて今後禁止の方向へ舵が切られる可能性もある。
「少なくとも被害を被った職人さんは良い印象は持たないでしょうね。彼女、造形魔法の界隈では有名人ですから」
ナギサは造形魔法で何度も賞を取っている上に自身もファンを大勢抱える有名人である。そんな彼女が起こした騒動ともあれば瞬く間に広まるだろう。手仕事に携わっている人間が聞けば良い印象は持たないに違いない。
(アキさん大丈夫かな)
造形魔法を使っているアキも騒動の煽りを受けかねない。リッカは心の中でアキを案じていた。
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