コスチュームジュエリー
午後。客足は上々だった。既存の作品もぽつぽつ売れており悪くはない。しかし、新作の「星屑の宝石箱」には指輪ならではのある問題が発生していた。
「この指輪、デザインは可愛いんだけどサイズが合わないんだよね」
指輪を試着した客が言う。
「すみません、一点物なのでそのサイズしか無くて……」
先程からこのように「欲しいけれどサイズが合わない」という客が続出していた。今回の新作は全て一点物。様々な大きさで作っているとはいえ留まっている石が全て異なるので、好みの石のサイズが自分の指に合わない客が続出しているのだ。
勿論ぴったりで喜んで購入していく客もいる。リッカはあえて一点物にすることで「好みの石の指輪がぴったりサイズだった時の運命感」を演出しようとしていたが、想像以上にサイズが合わない客が多く販売の機会を逃すばかりだった。
(指輪は魅力的なアイテムだけど、『サイズ』という概念があるのが難点だな。ペンダントなら人を選ばないしチェーンを交換すれば永さ変更にも対応できる。メッキをかけていると後々のサイズ変更も出来ないし……)
頭の中に「造形魔法」の存在がちらつく。
(造形魔法を使えばおそらくこの場ですぐにお客様のサイズに合わせて加工することが出来るんだよね。メッキがかかっているものはもっと練習が必要だけど)
アキに造形魔法を教えて貰い始めて数か月。リッカは基本的な素材の変形、混合を習得していた。おそらくこの技術を使えば指輪のサイズ加工をその場で簡単に出来るはずだ。サイズが大きい場合は客の指のサイズに合わせて余分な地金を切り取り造形魔法で溶接、小さい場合は足りない分の地金を足して拡張すればいい。
しかし作品に造形魔法を使うことにはまだ抵抗感があり、その手段を実際に取り入れるべきか悩んでいた。
(事前にお客様に『無垢』として使用するのか、ただの『装飾品』として使用するのか聞けば良いだけなんだけど)
リッカの作品は付与魔法に使う素材「無垢」の装飾品として求められることある。造形魔法を使用すると製作者の微細な魔力が作品に宿ってしまうため付与魔法に僅かながら淀みを与える場合があり、「造形魔法を使っていない」ことが作品の付加価値になっていた。
そのため無暗に造形魔法を使えば自分の作品の価値を傷つけかねない。仮にこの手段を導入する場合は「作品の使用目的」と「造形魔法を使って良いか」を確認する必要があるだろう。逆にそれさえ確認してしまえば問題はない筈だが……
(後は気持ちの問題だよね)
ずっと手仕事のみで作って来たリッカはなかなか受け入れられずにいた。
午後になり客足も落ち着いてきた頃、ナギサに貰ったパンフレットの存在を思い出し頁をめくる。無料配布とは思えないほどしっかりした作りの冊子にはどのぺージにもナギサが宝飾品を着用した状態で写っており、さながら彼女の写真集のようだった。しかしながら宝飾品に合わせた色味のドレスやスーツ、それらに負けない彼女の美貌が作品の美しさを際立たせており、ブランドの宣伝としてはこれ以上ない完成度だ。作品ではなく彼女自身がブランドの華になる。それも立派な戦略だ。
「凄いなぁ」
冊子の一番最後に掲載されているナギサの経歴を見て思わず呟く。そこには錚々たる賞の受賞歴が羅列されており、大量のトロフィーが並んだ部屋でほほ笑むナギサの写真が掲載されていた。これらの受賞歴もナギサの強みの一つだろう。高額なハイジュエリーを売るなら尚更だ。
リッカは「コンテスト」に苦い思い出があった。学生の頃、事あるごとにコンテストに応募したが全てかすりもしなかったのだ。受賞するのはいつも同じ顔触れで、結果を見ながら「またか」と肩を落とした。自分の作品は求められていないのだと悲観したこともあった。
きっと世間に「宝飾品」として求められているのはこういう完成されたデザインなのだとナギサのパンフレットを眺めながら思う。大ぶりで一級品の宝石が留まっていて美しいドレスに良く似合う豪奢なデザイン。
けれどリッカが作りたいと思ったのはドレスに似合うような豪華絢爛な宝飾品ではない。日常生活にささやかな楽しみを与えてくれるような装飾品だ。屋号に「宝飾品」ではなく「装飾品」という言葉を使っているのにはそんな意味も込められている。
(昔はコンテストで評価されないとダメだって思っていたけど、実際に販売してみると全然違った。私の作品を欲しいと思ってくれる人がこんなに沢山居るなんて、イベントに出るまで思ってもみなかったな)
作品によって求める人も求められる物も違う。それだけだったのだと今なら分かる。
(それにしても一般人には縁の無さそうなハイジュエリーばか……りじゃない!)
パンフレットに記載されている値段を見て手が止まる。
(高くても金貨20枚行かないかどうか。いや、高いけど!でも彼女が普段作っているであろうハイジュエリーの値段と比べたら安すぎる!まさか……)
素材の欄を確認する。そこには真鍮、金メッキ、グラスストーンといった単語が並んでおり、金、プラチナ等の貴金属は記されていない。
「コスチュームジュエリーだ……」
コスチュームジュエリーとは貴金属や宝石に拘らずイミテーションパールやグラスストーンなど様々な素材を使用し、ファッション性やデザインに重きを置いて作られた装飾品の事である。
魔工宝石が普及した今となってはあまり作られなくなったが、安価な模造石やグラスストーンを使った真鍮製の装飾品が流行った時代があった。安く本物の宝飾品を複製出来るようになった今となっては一部の愛好家を除いて好んでコスチュームジュエリーを使う人間が居なくなり、流行した頃の作品がヴィンテージアクセサリーとして愛好家に愛でられる程度になっていた。
(この時代にわざわざ模造石を使う人が居るなんて)
「新星社」の展示を思い出す。ガラスケースに入れられた立派なネックレス。あれがまさか模造石と真鍮で作った物だったとは驚きである。傷一つ無い完璧な仕上げと質のいい金メッキで加工され、ぱっと見ただけでは従来の宝飾品と判別が出来なかった。グラスストーンも腕のいい原型師が作ったのか遠目から見ると宝石と遜色ない美しさだ。
(いつも作っているハイジュエリーで出展することも出来たはず。これは彼女の『手仕事祭』への気持ちの表れなのかも)
冊子の中でほほ笑むナギサの顔を見ながらリッカは思ったのだった。
――――――――――――――――――――
作品を気に入って頂けた際は評価やブックマーク、感想などを頂けると励みになります。
このページの下部の☆を押すと評価することが可能です。




