リッカと宝石商のチチブ旅行④
「さて、少し休んだら夜祭に出かけますか」
夕飯を食べ終えた二人はロビーで夜祭のパンフレットを貰い部屋に戻る。食後の休憩を取りながらどうやって回るか考えることにしたのだ。
「この旅館から会場までは歩いて行けそうですね」
夜祭は村の中心部にある社がメイン会場である。そこを目指して村のあちこちから山車が出て練り歩くのが見所だ。社の周辺には多くの屋台が出るので観光客だけでなく近隣の町からも多くの人がやって来る。リッカ達が宿泊している緑翠荘は社からそう遠く無い場所にあるので問題無さそうだ。
「ロビーに掲示があったんですけど、無料で浴衣を貸してくれるらしくて。トウカさんが良ければなんですけど、折角なので一緒に浴衣を着て回りませんか?」
祭の期間中は宿泊者向けの浴衣レンタルサービスを行っているらしい。流石は村おこし特化の宿だ。
「浴衣デートですか。良いですね」
宝石商はその提案を聞いてニヤリと笑った。
ロビーに置いてある棚から浴衣を選び、着付けをしてもらう。リッカは浅葱色の生地に花の模様が入っているモダンなデザインの浴衣、宝石商は麹塵色の綿縮の浴衣にした。着替え終わったら宿を出てメイン会場となっている社へ向かう。道中にある家の軒先に提灯が吊るされており幻想的な雰囲気が漂っていた。
「夜祭の提灯ってワクワクしませんか?」
リッカが闇夜に光る提灯を眺めながら言う。
「非日常感があるからでしょうか。年末の夜市も魔導ランタンの灯りがお祭り感を出していますよね」
「確かに!」
オカチマチで年末に開催される夜市もただの照明ではなく魔導ランタンで灯りを取る店が多い。それはやはり「祭」の雰囲気を大事にしたいという店が多いからなのだろうと宝石商は言った。「提灯」や「魔導ランタン」というアイテムを通して非日常感を演出し、来た人に祭を楽しんでもらう。そういう計らいがあるのだ。
「さて、そろそろ屋台が見えてきましたね」
しばらく歩くとひと際明るい場所が見えてきた。屋台村だ。遊興屋台や飲食物を売る出店などが社の周辺にずらりと並んでおり、観光客や地元の人間でごった返している。
「夕飯を食べた後だからあまりご飯は入らないかも……」
屋台と言えば屋台飯だが、先ほどたっぷりと食べた後なのでお腹に余裕が無いのが残念だ。
「食べ物以外にも色々あるみたいなので、とりあえず見て回りましょうか」
「そうですね!」
食べ物以外にも射的や輪投げと言った昔ながらの遊戯屋台や簡易魔道具を販売している屋台などもある。簡易魔道具は夜市ならではの「魔力を込めると光る腕輪」や「魔力を込めるとキラキラと輝くバッジ」など、日常生活では使えないが夜祭を少しだけ楽しくするようなラインナップが目を引く。特に子供に大人気のようで、光るアイテムを身に着けた子供が多く見受けられた。
「ああいう光るアイテムは簡単な魔法付与で作れるので流行っているみたいですよ」
はしゃぐ子供達を横目に宝石商が言うには、光らせるだけなので付与する魔法の構造が簡素で量産しやすいらしい。素体となる腕輪も安価な素材で作れるのもポイントだ。
「屋台にも流行がありますからね」
「そうなんですよ。特に子供達は流行に敏感ですから。もしかしたら屋台の魔道具は時代の最先端を行っているのかもしれませんね」
そう考えると非常に興味深い。子供でも扱える簡易魔道具という「単純」な仕組みの魔法で時代の流行を汲み取る。安価で簡素ながらも作り手の知恵とセンスが光る一品だ。
「あっちは遊興屋台みたいですね」
簡易魔道具の屋台村を抜けると遊戯屋台が並んでいた。見れば射的や輪投げなどの昔ながらの遊戯が中心のようだ。
「あっ!型抜き!」
机の上で何やら熱心に作業をしている人達を見てリッカが叫ぶ。
「型抜き?」
「お菓子に描かれた図形を上手く切り取るゲームです。決められた線に沿って針で穴をあけて行って、破損させずに切り離せたら賞金が貰えるんですよ!小さい頃お祭りで良くやったなぁ」
一回銅貨2枚で参加出来、好きな絵柄を選んで針で切り抜いていく。難しい絵柄程報酬が高くなる仕組みだ。
「トウカさん、私と勝負しませんか?」
「ふふ、良いですよ」
懐かしの遊戯を見つけ楽しそうにするリッカに宝石商はニコニコと笑みを浮かべる。まずは練習がてら一番簡単そうな絵柄から挑戦することにした。
「この針で線の上をなぞるように穴をあけて行くんです」
購入した菓子を机の上に置き一緒に貰った針で穴をあけて切り離す。土台の菓子は乾燥していて割れやすいので案外難しい。簡単な図案とはいえ細い部分がいくつもあるので気を抜くとすぐに割ってしまう。
「あっ!」
リッカの悲鳴にも似た声がこだまする。途中まで上手く行っていたが細かい部分に入った途端菓子に亀裂が入ったのだ。「あー」とがっかりしつつ宝石商の方へ目をやると難所を超えて順調に進んでいるようだった。
「あと少し……」
そう呟いた途端、力が入ったのか菓子が割れてしまった。
「ああ……」
宝石商は落胆にも似た声を漏らす。しかしながら初心者とは思えない腕前だ。
(トウカさん、こういう細かい作業が上手いんだよね)
なにせリッカは細かい作業が苦手なのだ。それに比べて宝石商は手先が器用で細かい作業をそつなくこなすきらいがある。型抜きに関しても今の一回で大分コツを掴んだようだ。
「では、本番に行きましょうか」
勝負は一回。互いに好きな絵柄を選んで綺麗に切り抜けた方の勝ちだ。リッカは比較的細かい部分が少ない絵柄を、宝石商は中級者向けの絵柄を選んだ。
「よし!今度こそ!」
気合を入れ直して二枚目にかかる。先ほどの反省を活かして慎重に慎重に針を進める。バランス良く切り離すために何か所かに分けて切り離していく作戦だ。宝石商はチクチクと丁寧に針を進めている。出来るだけ余計な力をかけないように冷静に菓子と向き合っていた。
二人はひたすら無言で針を刺し続けた。その静寂は「ああ!」というリッカの声で破られる。手元には悲しいかな、粉々に砕けた菓子が散らばっていた。
(何がきっかけで割れるか分からないから難しい……!)
細かい部分ではない絶対に割れなさそうな場所でも急にひびが入って割れてしまうのが型抜きの難しいところである。一方宝石商は未だ順調に針を進めており、ついには無事に切り抜いてしまったのだった。
「おお!お兄ちゃん凄いな!」
屋台のおじさんも感心するほどの出来である。
「難しかったですがなんとかなりました」
賞金である銀貨1枚を得た宝石商は達成感に満ちた笑みを浮かべている。
「この勝負はトウカさんの勝ちですね」
こんなに完璧な型抜きをされたのでは文句のつけようがない。
「ふふ、ありがとうございます。さて、お小遣いも手に入ったことですし、なにか甘い物でも食べに行きましょう」
型抜きで得た銀貨を握りしめ、リッカと宝石商は意気揚々と食べ物の屋台へ向かったのだった。
「型抜き」のお菓子を作っているメーカーが国内に一社しか無くなってしまったと知って驚きました。小さい頃は良く縁日で見かけたのですが…。
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