妖精除けの鐘
「大丈夫か?」
涙で取れてしまった化粧を化粧室で直していると心配したアキとコハルがやってきた。
「みっともないところをお見せしてしまいすみません……」
「いや、なんというか……人様のご両親にこんなことを言うのも悪いが、あれはどうかと思うぜ」
「師匠がご両親と連絡を絶っていた理由が分かったというか……」
リッカが両親と疎遠にしていることは何となく聞いてはいたが、いざあの光景を目の当たりにして「なるほど」と腑に落ちた二人だった。
「まぁ、気を取り直して料理でも食べに行こうぜ」
「スイーツ食べました?美味しかったですよ!」
気を使った二人に連れられて料理を取りに行く。テーブルを確保してスイーツやオードブルを食べながら談笑をしていると常連客のマダムと若い女性がやってきた。
「リッカさん、この度は新店舗開設おめでとう」
「ありがとうございます!……あれ?」
リッカはマダムの横に居る女性に見覚えがあった。確か夜市でアクアマリンのネックレスを買ってくれた女性だ。あの時とは違い不思議なメガネはしていないが間違いない。
(うわ、綺麗な瞳……)
女性のグリーンと灰色のオッドアイに視線を奪われる。あの分厚いメガネの下にはこんなに美しい瞳が隠れていたのか。わざわざ隠すなんて勿体無いとリッカは思った。
「またお会いしましたね」
そう言うと女性はにこやかにほほ笑んだ。暗いグリーンのドレスの胸元にはアクアマリンのネックレスが輝いている。
「あら、リッカさんと会ったことあるの?」
「はい。おばあ様に教えて頂いた夜市でこちらのネックレスを購入したんです。素敵でしょう」
「そうだったのね。リッカさん、紹介するわね。この子は孫のシャーロット。私と同じく付与の魔法技師をしているの。今日は紹介したいと思って連れて来たのだけれど、必要無かったみたいね」
「おばさまのお孫さんだったんですね」
「隠していてごめんなさい」
マダムの孫、シャーロットは申し訳なさそうな顔をする。
「宝石商さんのお店で色々な分野の職人を探しているって聞いたからどうかしらと思って。身内贔屓なしに付与魔法の腕は保証するわ」
「このネックレスに付与をしてあるので確認して頂いても構いませんよ」
そう言ってシャーロットはネックレスを外すとリッカに手渡した。
「コハルさん、分かりますか?」
「ちょっと待ってくれ」
コハルは小さなポシェットから眼鏡ケースを取り出すと鑑別魔法が付与された眼鏡をかけてネックレスを観察し始めた。一般的に造形魔法と同じく技師の力量が高いほど魔力の残滓が残らないとされ、鑑別魔法を使えばどれくらい作り手の魔力がこびりついているのか分かるのだ。
「……良い腕だ」
コハルは鑑別を終えて眼鏡を外すとネックレスをシャーロットへ返した。
「余計な魔力が宿っていない。手際よく洗練された付与魔法だ」
「お褒め頂き光栄です」
シャーロットはネックレスを受け取るとドレスの裾をつまみ慣れた様子でお辞儀をする。
「『幻燈堂』の職人として登録してくれるってことで良いのか」
「ええ。私で良ければ」
「分かった。歓迎するぜ。宝石商に紹介したいから一緒に来てくれ」
魔工宝石の原型師や造形魔法の魔法技師、彫金職人は宝石商やコハルの伝手で集めることが出来ていたが、付与魔法の技師は伝手が無く未だ未登録の状況だったのでシャーロットの登場は渡りに船だったのだ。
「シャーロットさんを紹介して頂きありがとうございます」
「こちらこそ感謝するわ。きっとあの子にとってもいい勉強になるもの。そうだ、これを」
マダムは鞄から布に包まれた何かを取り出すとリッカに手渡した。
「何ですか?」
「『妖精除けの鐘』よ。私の夫が母国で手に入れた物なのだけれど、軒先に釣るしておくと魔除けになるって言われているの。妖精が悪戯をすると信じられているから、それを遠ざける……つまり厄介ごとを遠ざける縁起物ね。私が昔使っていた物だけど、良かったら使って」
包まれている布を開くと古びた小さな鐘が現れた。ただのアンティークとは違う、どこか不思議な雰囲気だ。マダムが使っていたということも相まって本当に魔を遠ざける力があるのではないかと思えてくる。
「魔道具……ですか?」
ただならぬ気配を放つ鐘を見てリッカは恐る恐るマダムに問いかける。
「いいえ。何の変哲もないただの鐘よ。ただ……私の夫は異国の人でね。彼の母国は古い魔法が根付いている国だから、この国の魔法とは何か違う力が宿っているのかもしれないわ」
「……」
「やだ!冗談よ。ただの縁起物だから安心して」
マダムは顔を青くしているリッカを見てあっけらかんと笑う。
「でも、きっと良くない物を除けてくれるから」
先ほどの揉め事を見ていたのか、それともそうなることが分かっていたのか。マダムには全てを見通されているような気がして、進言通り『妖精除けの鐘』を受け取ることにした。
「今まで通りにやっていれば大丈夫。きっと素敵な毎日になるわよ」
「……はい!」
マダムは「頑張って」とリッカの肩を叩くと去って行った。リッカは手元に残った鐘を眺めながら落ち込んでいた気持ちが晴れていくのを感じていたのだった。
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