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【完結】夜の装飾品店へようこそ~魔法を使わない「ものづくり」は時代遅れですか?~  作者: スズシロ
4章

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変わったこと、変わらないこと

 目の前に立っている少しくたびれたスーツを着た男性とその妻は間違いなくリッカの両親だった。最後に会ってから十年という年月を経ている為、白髪混じりの髪を見て「老けたな」とリッカは思った。


 「夜の装飾品店」の移転パーティーは自分の成長を見て貰うにはこれ以上ない機会だ。今回を逃せば互いに一生歩み寄る機会が無いかもしれない。そう思い迷いながらも両親宛に招待状を送ったのだった。


(住所、生きてたんだ)


 知らぬ間に両親が引っ越していたら届かない可能性もあった。来ない可能性も高いと思っていたのでスピーチ台の上から両親の姿を見た時は驚きに似た感情を抱いたのだった。


「……久しぶりだな」

「……うん」


 なんともぎこちない会話である。互いに何を話して良いのか分からず沈黙が続く。


「今日は来てくれてありがとう。紹介するね。今回移転を提案してくれたトウカさん。お付き合いしていて一緒に住んでるの」

「初めまして。トウカと申します」


 沈黙に耐えかねて隣に立っているトウカを紹介する。父親はトウカを一瞥すると「うーん」と小さな声で唸った。


「……初めまして。娘が世話になっているようで、申し訳ありません」


(申し訳ありませんって……何?)


 父親の口から出た言葉にリッカは眉を顰める。


「こんな娘の店の面倒まで見て頂いて……」

「お父様は何か勘違いされていらっしゃるようですね」


 言葉を遮るように宝石商が語気を強めた。


「今回の新店舗への移転はリッカさんの職人としての腕を見込んで私からお願いした物なので『世話をした』『面倒を見た』という表現はそぐわないかと」

「……信じられません」


 自分の反対を押し切って家を出ていき十年以上絶縁状態にあった娘が成功してこんな立派な店まで構えていた。父親はリッカが宝石商に取り入って店の世話をして貰ったのだと思い込んでいた。


「一体何が信じられないのでしょう」


 宝石商が不思議そうな顔をして尋ねる。


「リッカさんはあなたと連絡を絶っていた約十年間、手仕事一本で生活して自分の店まで持っていたのですよ」

「自分の店を?」

「ええ、そうです。知り合いが誰も居ない場所に引っ越してきて十年間自分の手仕事だけで生活してきた。それがどれだけ凄いことなのかお父様にも分かるはずです。

 お父様は『手仕事だけで暮らして行けるはずがない』と思われているようですが、彼女はそれをやってのけたのです。少しは認めてあげても良いのではないでしょうか」

「……」


(何も変わってないんだな、お父さん)


 自分が家を出た時と全く変わっていない父親の姿にリッカは肩を落とした。お披露目会に来たのも祝いに来たのではなく「信じられない」から確かめに来ただけなのだろう。


「どうやらお父様は……私が『恋人だから』という理由で店を持たせたと思っていらっしゃるようですね」

「……失礼ですが、そうとしか思えません」

「おや、本当に失礼なことを仰いますね」


 父親の言葉に宝石商は思わず失笑した。


「私は上手く行くと思った商売にしか手を出さない主義です。『恋人』だからと言って大事な新店舗に損の出るような店を入れたりしませんよ」


 利益が出ると踏んだからこその提案だ。宝石店と彫金工房の提携サービスや、通路を繋げることによって互いに新たな顧客を得られること。ワークショップや製作キットの開発や修理事業での連携など、彫金工房が隣にあれば宝石商が「面白そう」だと思ったことをどんどん試すことが出来る。


 それにリッカの職人としての意見や視点は宝石商では思いつかないようなアイデアに繋がることもあり、何か起こった時に隣の店舗に行けばすぐに相談できるのは有難い。


 宝石商にとってリッカは恋人だが、ビジネスパートナーでもあった。リッカの移転はリッカのための提案でもあったが、自分の事業への投資でもあったのだ。


「こんな上手い話があるわけがない」


 なかなか先入観から抜け出せない父親は一人で何やらぶつぶつと呟いてる。


「お父さんは私のこと……探そうと思ったことある?」


 リッカが話しかけると父親はハッとしたような表情で顔を上げた。父親と目が合ったのはその時が初めてだったが、怯えたような皺の寄ったくしゃくしゃの顔を見てリッカはため息を吐いた。


「どうせすぐ挫折して戻って来るって思ってたんでしょ」

「……」

「まぁ、私も一度も連絡しなかったからお互い様だと思う……。お父さんは手仕事なんて時代遅れって考えだったから、いつか見返してやろうって思ってた」


 リッカは身に着けていたブローチを外すと父親の掌に乗せた。


「お父さんは私の作品を見たことないでしょ。このブローチ、うちの一番人気でお客様の評判も良いの」

「……これは幾らで、いくつ売れたんだ」

「え?」

「売れたって言ってもどうせ数個売れた程度だろう。見栄を張るなんてみっともない……」


 ブローチを眺める父親の口から出た言葉にリッカは唖然とした。宝石商を見ると口元が引きつっているのが分かる。一体この十年間に何があったのだろう。自分の父親はこんなに卑屈な人間だっただろうか。


「リッカ、ごめんね」


 黙って見ていた母親が近づいてきて小声で耳打ちする。


「お父さん、会社を辞めてからますます意固地になっちゃって……」

「え、会社辞めたの?」

「……実は、リストラされてね……」


 リッカの父親はとある大手製造会社に勤めていたのだが、リッカが家を出た数年後に製造方法を人力から造形魔法へ切り替えることとなり製造ラインで働いていた職員を解雇することになったらしい。


 製品の製造に必要な人数が大幅に削減されたことによってそれを取りまとめる人間の数も減らす方針になり、「自分は大丈夫だろう」と高を括っていた父親は解雇の憂き目にあってしまった。


 造形魔法の登場に熱狂し、娘に対して「手仕事は時代遅れ」「造形魔法はつぶしが効く」と豪語していた父親自身が皮肉にも造形魔法に職を奪われることになってしまい、「造形魔法以外では食べていけない」という考えに拍車がかかってしまったらしい。


「じゃあ、今はどうしてるの?」

「別の会社に再就職したから大丈夫。でも心の傷がまだ癒えてないみたいで……。そんなことがあったから余計造形魔法以外でリッカが成功しているのが信じられないのよ」


 リッカは「ごめんね」と謝る母親を見て何とも言えない気持ちになった。もう一生父親とは分かり合えないような気がして、目の前でぶつぶつと何かを呟いている父親をぼーっと眺めていることしか出来なかった。

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