お披露目会
「本日は幻燈堂および夜の装飾品店の新店舗開店記念パーティーへお越し頂きありがとうございます」
丁度日も暮れた頃、メイン会場に備え付けられたスピーチ台の上で宝石商の挨拶が始まった。会場は宝石商の取引先やこれから店に携わる予定の登録職人、リッカの店の常連客や近隣の職人達など多くの招待客で賑わっている。
「父が海外へ転出する際に会社を譲り受けて約十年。最初は分からないことや慣れないことばかりでお客様へご迷惑をおかけすることもありました。毎日試行錯誤の連続でしたが父の代からの取引先の皆様や職人の皆様、そして従業員の皆様に支えて頂きなんとか経営を安定させることが出来ました。
そして幸運なことに『自分の店を開く』という長年の夢も叶えることが出来、今日こうしてお世話になった皆様にご挨拶させて頂くことが叶いました。
この度私がこうして新店舗を開設出来たのは日頃から支えて下さっている皆様のお陰です。心から感謝申し上げます。また、新店舗『幻燈堂』はご覧の通り今皆様がいらっしゃる『夜の装飾品店』さんと通路を介して店内を繋げる形で経営して参ります。つきましては、『夜の装飾品店』の店主であるリッカさんからも一言頂ければと思います」
「は、はい!」
リッカは宝石商に手を引かれスピーチへ上る。招待客の視線が一気に自分に集まったのを感じて緊張でマイクを持つ手が震えた。
「わ、わ……私は……」
(やばい、緊張して言葉が上手く出てこない)
極度の緊張で頭の中が真っ白になる。招待客の中には宝石商の取引先も多く居るので粗相をして迷惑をかけたくはない。
「……わ、私は『夜の装飾品店』で装飾品の製作……をしておりますリッカと申します」
ゆっくり落ち着いて、息を整えながら喋る。緊張で口の中が渇いて喋りにくい。
「この度『夜の装飾品店』はトウカさんにお誘い頂きこちらの店舗に移転をすることとなりました。このような機会を頂いたこと、感謝申し上げます。
私が手仕事を始めた時、両親には『手仕事は食べていけないから止めろ』と再三反対されて家出同然で専門学校へ入学し、別の仕事でお金を稼ぎながら毎日彫金の勉強をしていました。
丁度造形魔法が爆発的に普及しはじめた頃で、『本当に手仕事だけで暮らしていけるのだろうか』と……実を言うと不安でいっぱいでした。
でも初めて自分の店を持った時はそんな不安も吹き飛ぶくらい嬉しかったし、自分の作品を買い求めてくれるお客様の笑顔を見ると続けて良かったなぁと……あの時手仕事を諦めなくて本当に良かったって思うのです。
まだまだ若輩者ではございますが手仕事の魅力を少しでも多くの方に知って頂けるよう努めて参る所存です。これからも『幻燈堂』及び『夜の装飾品店』を宜しくお願い致します」
(乗り切った……)
背中にびっしりと汗をかきながらなんとか挨拶を終えたリッカ。緊張状態だったのが丸わかりだったのか会場からは温かい拍手が送られた。
「ご存知の方もおられるとは思いますが、リッカさんは私を公私共に支えて下さっている良きパートナーです。どうぞ共に応援して頂けますと幸いです」
宝石商はすっとリッカの腰に手を回して引き寄せると改めて自分とリッカの関係性を説明した。取引先にはまだ知らせておらず、リッカのとの関係を訝しげに思う人も居るからだ。のちにコハルは「突然の告白に顔を真っ赤にして突っ立ってたリッカが面白かった」と語った。
挨拶が終わり、歓談タイムに入る。宝石商はリッカを伴い取引先や「幻燈堂」の登録職人達に挨拶をして回っている。取引先の中には「トウカ君に娘を紹介しようと思ったのに」と冗談か本気か分からないようなことを言っている者もおり、あの場で公に紹介して貰って良かったとリッカは思った。
「リッカ……」
挨拶回りも終盤に差し掛かった頃、自分の名前を呼ばれたような気がして振り返ると見覚えのある顔が目に入った。
「……お父さん?」
暫く会っていないので疑問符が付くが確かにリッカの父親だ。長らく絶縁状態にあった親子の約十年ぶりの再会だった。
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