命吹き込まれて
いよいよお披露目会の日がやってきた。店内の飾りつけや料理と生花の搬入を終え、リッカは美容室でヘアメイクを施して貰うと紺色のパーティードレスに袖を通した。
「なんか自分じゃないみたい」
姿見鏡に映る自分の姿を見て思わず呟く。こうして着飾ったのはいつ以来だろうか。オーダーメイドなだけあって身体にぴったりと合ったドレスは深い紺色で静かな印象ながらも裾に縫い込まれた刺繍が華やかさを添えている。
髪の毛を纏め髪飾りを付け、プロの手で化粧を施された自分の顔を色々な角度から何度も見つめては「どこかおかしくないだろうか」と思案する。ネックレスの代わりに胸元には「夜のブローチ」を着けた。
「リッカさん、入りますよ」
寝室のドアを叩く音がして宝石商の声がした。
「コハルさんとアキさんがいらしています。おっと」
ドレスアップしたリッカの姿を見て宝石商の動きが止まる。
「……変ですか?」
慣れない恰好をした気恥ずかしさから自信なさげに問いかけるリッカの姿が宝石商にとってはたまらなく愛おしく感じたのか、暫く言葉を失って恥じらうリッカを眺めていた。
「いえ、とても可愛らしくて思わず見惚れてしまいました」
「……もう!」
嬉しいやら恥ずかしいやらで顔を真っ赤にするリッカ。何にせよ宝石商に着飾った姿を褒められるのは嬉しい。
「で、アキさんとコハルさんが来ているんでしたっけ」
「はい。店内に入って貰っています。恐らくあれが完成したのかと」
宝石商に促されて一階の店舗へ降りると何やら大きな荷物を持ったアキとコハルが居た。二人ともパーティードレスで着飾っておりいつもと違う雰囲気を纏っている。店内に現れたリッカの姿を見ると二人は揃って「おおー!」と歓声を上げた。
「流石は本日の主役だ。ドレス、似合ってるぜ」
「裾の刺繍も綺麗ですね!師匠のためのドレスって感じがします!」
「ありがとうございます。二人のドレス姿も素敵ですよ!」
お互いのドレスの作りや装身具を観察しあってしまうのが職人の悪い所である。暫くはドレスの作り方やら装身具とのコーディネート論で盛り上がっていたが
「忘れそうになっていたが、これを届けに来たんだった」
とコハルが切り出した。持っていた大きな荷物の覆いを取ると中から立派な看板が登場し、リッカは思わず「わぁ」と感嘆の声を漏らす。
リッカは新店舗の構想が固まった頃に新しい店の外にかける看板をアキとコハルに注文していた。店名と星をあしらった透かしの入ったレリーフで、大ぶりの魔工宝石をいくつか使っているけれど保護魔法をかけてあるので屋外にかけっぱなしでも劣化の心配が無い。素材は真鍮で金メッキをかけてある。
「新築祝いに例の防犯魔法の会社に掛け合って防犯魔法もかけておいたぜ」
「本当ですか?防犯魔法までかけて頂いたなんて有難いです」
「会社側も実際に店で使ったらどうなるか知りたいんだと。まぁ、モニターみたいなものだ。もし良ければ使い勝手や感想なんかを教えてくれ」
「それはもちろん。喜んで協力させて頂きます」
看板自体を保護する防犯魔法もかかっているので盗難の心配も無さそうだ。至れり尽くせりで有難い。
「アキさんもこんなに素敵な看板を作って頂いてありがとうございます!」
看板自体の製作はアキが造形魔法で作っただけありかなり緻密で凝った作りになっている。まるで芸術的な切り絵のようなレリーフでどこかの美術館にも飾ってありそうな存在感だ。
「こちらこそご依頼頂きありがとうございました。看板を作るのは初めてだったので勉強になりました!」
アキは普段は小さな宝飾品ばかり作っているので大きな看板を作れるか内心不安だったが、晴れの日のお祝いだと意を決して引き受けたのだった。
「看板自体が大きいので細かい部分まではっきりと見えて良いですね」
「そうなんです。複雑な造形でも遠くから見えやすいように考えながら作りました。何て書いてあるのか分からないようだと看板として機能しなくなってしまうので……」
凝った造形ながらも見えやすさに気を配っている洗練されたデザインはアキの技術の粋を集めたものと言える。きっと集客の面でも力を発揮してくれるだろう。
「では、外に掛けに行きましょうか」
話がひと段落したところで店の外に移動して看板を扉の上に設置した掛け具に掛ける。
「ようやく『店』になったって感じだな」
何もなかった場所に魂が吹き込まれたような、ただの建物が「夜の装飾品店」になった瞬間である。
「看板一つでこんなに雰囲気が変わるんですね」
さきほどまでと何ら変わらないはずなのに、看板が掛かっただけで不思議と「ここは自分の店だ」という強い実感が湧いてきた。正直色々な物事が進むスピードが速すぎてあまり「移転をした」という実感が無かったのだ。
「さて、看板もかかったことだしそろそろ受付の準備をしようぜ。もう少ししたら他の客も来るだろうしな」
「そうですね。受付まで頼んでしまってすみません」
「気にするな。今日は友人の晴れの日なんだから協力させてくれ」
受付周りの作業をアキとコハルに任せ、宝石商とリッカは店内の最終確認に入る。今日のパーティーは空きスペースが広いリッカの店をメイン会場とし、宝石商の店を歓談スペースにすることにした。
メイン会場に立食用の机や飲食ブース、スピーチ台などを設置し、歓談スペースに座れる場所を設けて自由に移動出来る様にしている。受付はアキとコハル、来客対応は宝石商の店の従業員にお願いした。
「準備は大丈夫そうですね」
会場の確認を終えると受付が賑やかになり始めた。どうやら招待客が到着したらしい。
(無事に終わりますように……)
受付から聞こえてくる声を聴きながら今日のパーティーが何事もなく終わるよう心の中で祈るリッカだった。
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