霧が晴れた日
「お待たせしました!」
ドレスを作り終えたリッカは宝石商と合流し、店を後にした。
「ドレス、どうでしたか?」
「かなり綺麗に作って頂いて満足です。造形魔法であっという間にドレスが出来上がって、まさに『魔法』って感じで興奮しました」
幼い頃に絵本で見た「女の子がお姫様に変身するシーン」を思い出す光景だった。まさかあの絵が現実になるなんて……。
「あと、凄い魔道具があって!そっちの方に目が行っちゃいましたよ!」
リッカは興奮気味に先ほど体験した女性店員の魔道具について宝石商に話した。あの魔道具があれば装飾品のオーダーも捗りそうだが特注品のようなので難しそうだ。
「なるほど。私は体験したことが無いですねぇ。そんな面白そうな魔道具があるなんて知りませんでした」
「まだまだ世の中知らないことだらけなんだなって」
「仰る通りです。でもそれだけ便利な魔道具なら他にも使っているところがありそうですけどね。もしも服飾業界で流行ったら他の業界にも流れてくるかもしれませんね」
特注品ということはそれを作っている職人が居るということだ。恐らく魔道具の存在自体は服飾業界の中で知られているだろうし、他の会社からも同じような注文を受けている可能性だってある。今回リッカが食いついたように他の業界の耳に入って使われ出すのもそう遠くない話のような気もする。
「せっかくですし、何か食べて帰りましょうか」
気が付けばもう日が暮れている。近くに雰囲気が良さそうなレストランがあったので夕飯を食べて帰ることにした。
「そうそう、招待状を出してきましたよ」
料理を注文して待っている間に今後の打ち合わせをする。招待状を出し、生花や料理、テーブルの手配をして服も調達したのであとは店内を整えて細かい装飾を作るだけだ。
「ありがとうございます。なんかこういうパーティーって初めてなので緊張ちゃいます」
正直新店舗のお披露目会がこんなに大がかりになるとは思っていなかった。ちょっと知り合いを呼んで食事会をする程度だと軽く考えていたのだが、宝石商が書いている招待状の多さを見てようやく事態を把握したのだった。
「まぁ、新しい店を一から建てるなんて一生に一度の機会ですし折角なので盛大にお祝いしたいなと思いまして。付き合わせる形になってしまい申し訳ありません」
宝石商にとっては念願の新店舗だ。父から継いだ店ではなくようやく自分だけの店を持てる、夢の第一歩でもある。今まで世話になった人や支えてくれた人、これからお世話になる人達に向けた所信表明の場のようなものなのだ。
「付き合わせるだなんて言わないでください。おっしゃる通り一生に一度ですし、良いパーティーにしましょう」
「……はい」
宝石商はリッカに無理をさせているのではないかと心配していた。新店舗の話と同居の話を突然持ちかけて愛着のある店を手放させることになってしまったからだ。運良く土地が手に入ったタイミングもあるとはいえ少々性急だったかもしれないと少し後悔していた。
「無理していませんか?」
宝石商が少し声を震わせながら問いかけるとリッカは意味を理解できていないようでぽかんとした顔をしている。
「急に移転の話を持ちかけてしまい無理をさせてしまったかなと。以前のお店を大事にされていたようなので、断り切れずに無理に移転をしたのなら申し訳ないことをしたと思っていたのです」
「……なるほど」
リッカは暫く考えた後に言葉を継いだ。
「確かに、急なお話で驚きました。お話を頂いた時、少し迷ったのも事実です。でもそれは私が引っ越した後にあの店がまたずっと空き店舗になってしまったら悲しいなって思っただけなんです。
結局タイミング良くアキさんが使ってくれることになって解決しましたし、断り切れずに……なんてことは一切無いですよ!
それに私がトウカさんに誘って頂いたのも、アキさんとのタイミングが合ったのも、変な話になりますが『運命』だったのかなって思っています。だから大丈夫です。安心してください」
リッカの言葉を聞いて「良かった……」と宝石商は胸を撫で下ろした。ずっと不安で怖かったのだ。いつも笑顔で居てくれるリッカが心の中で本当はどう思っているのか分からなくて怖かった。
「それに、正直家賃0って言うのがかなり魅力的でしたし……」
折角格好良く決めたのにそれを台無しにするような一言をリッカが呟く。
「ふふ、それは良かった」
「本当に感謝してるんですよ!だって月に金貨6枚分浮くんですから!」
物事が決まる時はとんとん拍子に進む物である。それがリッカの言う『運命』とやらならば、二人もまた出会うべくして出会ったのかもしれない。宝石商は心の閊えが取れたような穏やかな気持ちに満たされていた。
作品を気に入って頂けた際は評価やブックマーク、感想などを頂けると励みになります。
このページの下部の☆を押すと評価することが可能です。




