感謝の言葉
「よし、始めますか」
新店舗の完成と時を同じくして引っ越しに向けて店を閉じ、店内の片付けを始めた。引っ越しは転移魔法を使って行うので、出来るだけ少ない回数の転移で済むように荷物をコンパクトにまとめていく。
什器や彫金机はそのままにヤスリや在庫などを箱に纏め、分かりやすいように品名を箱の外に書いた。資料の為に集めた本を纏めながら「こんな本もあったっけ」とつい読み始めてしまうのでなかなか作業が進まない。
(懐かしいなぁ。これ、専門時代に作った作品だ)
過去の作品を整理していると専門学校時代に作った作品や駆け出しの頃に作った作品が出て来て手が止まる。そういえば捨てずに取っておいたんだった。棚の奥にしまい込んでいた作品も一つ一つ丁寧に梱包し、箱に収めた。
(食器の梱包はより一層気を付けないと……)
使っている食器も梱包材で一つずつ包んで箱に入れる。転移魔法で運ぶので移動中に割れる心配が無いのが有難い。宝石商が大きな食器棚を買ったので今ある食器は全て持って行けるのだ。「食器は幾らあっても良いので大きな食器棚を買いましょう」と張り切っていただけあって、二人で持ち寄った食器を全て収納しても余裕があるくらいだ。
一階の梱包を終えたら二階の居住スペースにある服やコレクションも同じように箱に纏める。新居には新しいコレクション棚を置く予定だが、今使っているコレクション棚もサロンに置こうという話になったのだ。
中古で売られているのを見て一目惚れし、オパールをコツコツ集めて棚が埋まって行くのを眺めるのが好きだった。
「あんなにスカスカだったのに、こんなに一杯になるなんて」
今やルースで埋め尽くされて「新しい棚を買わなければ」と思う程だ。この大量の石に費やした金額のことを考えると恐ろしくなるが、オパールがぎっしりと詰まった素晴らしい光景をいつでも眺められるのだから後悔なんて微塵もない。そんな思い入れのある棚なので、サロンの棚として再利用することが出来て嬉しいのだ。
移送するために蓋つきの箱にルースケースを収納し、それを更に梱包材で包んで箱に収めた。服も種類別に分別して箱に収納し、大体の片付けは終了だ。
数日かけて片付けをし、周囲の店への挨拶を終えていよいよ引っ越しの日がやってきた。
「宜しくお願いします」
引っ越し業者の社員に挨拶をし、早速引っ越し作業が始まる。引っ越しは転移便と同じく簡易転移魔法を利用したサービスで、リッカの店から新居と新店舗の指定した場所に一瞬で荷物を届けてくれる。
引っ越し作業の流れはこうだ。まずリッカの店と新店舗にそれぞれ引っ越し業者が赴き、通信魔法で連絡を取りながら移送先での荷物の置き場所を確認する。確認を終えたら簡易転移魔法を付与した敷布の上に荷物を載せ、どんどん荷物を送って行くのだ。
転移先の敷布の位置を変えるだけで一階にも二階にも直接荷物を送ることが出来る。大きな物が棚一つだったこともあり、迅速な作業であっという間に荷物を送り終えて一時間半ほどで作業が終了した。
「ありがとうございました!こんなに早く終わるなんて……凄いですね」
「昔は運び出しも移送も全て人力でやっていたので一日がかりでしたが、今は転移魔法のお陰でこの通りですよ。身体への負担も減ったし魔法様様ですね」
転移魔法がある今、遠方への引っ越しも一瞬で完了する。荷物の運びだしや引っ越し先への移送などを人力で行っていた時代は一件の引っ越しを終えるのに一日、二日かかることもあった。長距離移送ならば尚更だ。
その分引っ越しの数をこなすには多くの人手が必要だったが、今は転移魔法が付与された布さえあれば距離に関わらず一瞬で荷物を移送出来るのでより少ない人数で効率的に仕事を回せるようになったらしい。
「まぁ、効率が良くなった分導入時には解雇される人が出て大変でしたが……」
少ない人数で一日に何件も作業出来るようになった分全ての従業員に仕事を回しきれなくなった会社も多く、転移魔法への移行直後は解雇される社員と会社とで揉めるケースも多かったらしい。
引っ越し業界に限らず魔法を取り入れた会社では少なからず起こっている問題のようで、「魔法による侵略だ」と主張する人もいるのだという。
(まぁ、『侵略』って言うのは分からなくもないけど)
造形魔法に押され続けている現状を見ると手仕事も同じような状況であると言える。明日は我が身だ。
引っ越し業者を見送ったあと、什器と彫金机以外何も残っていない店内に一人ぽつんと残ったリッカ。せめて長年の汚れを落としてから去ろうと宝石商の店から掃除道具を借りて来て掃除を始めた。
(そう言えば、最初にここに来た時は凄く埃っぽくて驚いたな~)
リッカが不動産にこの店を紹介されて初めて足を踏み入れた時、あまりの埃っぽさに驚いた記憶がある。前の借主が店を出てから長い年月が経っており、時折空気の入れ替えはしていたようだがあちらこちらに埃が積もっている状態だったのだ。
店を借りて最初にしたのは掃除で、床を掃き水拭きをし、壁に付着した汚れを落として水回りの掃除をし、手間暇かけてようやく使えるようになったのだ。
最初は彫金机とベッドしか置いていなかったが、中古の家具屋を回って少しずつ家具を揃えて生活を充実させていった。コレクション棚を買い、小さな食器棚と資料を入れる本棚を買った。自分の店というのが嬉しくて、何も無い空間が埋まって行くだけで幸せだった。
がらんとした店内を見るのはそれ以来だ。あの時のように床を掃き水拭きをし、壁の汚れを落として水回りの掃除をする。自分がここまで成長するのを見守ってくれた大切な店だ。次に使うアキのために出来るだけ綺麗な状態にしたい。
店内を掃除し終えて表に出してある看板を片付ける。最後の最後までなんとなく片付けられなかった看板。手作り感溢れる手描きの看板も今日で役目を終える。新店舗に向けて新調したからだ。
「今までありがとう」
少し古びた看板にそっと声をかける。リッカは店の扉に鍵をかけ一度だけ頭を下げると新居へ向かい足を踏み出した。
いよいよ今の店ともお別れです。新しい生活が始まります。
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