『二人目の協力者?何もしてない人ミズナラのVR片想い』中編
「そうそう、それでこれがUDON毛刈りから持ってきた毛刈り器ね。あの豆腐……キューブスイッチが大きくなったり、虹色に光ってきたら押し当てて刈るんだ」
ニラヤマは自分でそう言いながら、いつの間にか自分がUDON毛刈りの毛刈り器をピックアップしていたことに驚きます。
その隙に水中から脱出した豆腐が巨大化して虹色に輝き始めたので、ニラヤマは毛刈り器を押し当ててブブブブとコントローラーの振動を感じながら豆腐を削り取りました。
「あーそう、こんな風に……」
もう騙しようもないというか、むしろ説明通りならば自分が演出過剰なオブジェクトを持ち込んできた迷惑プレイヤーでしかないことに気付いて、ニラヤマは墜落した豆腐を捕獲しながら意気消沈ぎみに言いました。
「そういうオブジェクトって、別のワールドに持ち出したりできるんですか!?」
とミズナラが驚いたように言うと、ニラヤマは「できないよ、さっきのは嘘」と即答しながら、小さくなった豆腐を再びイヤリングとして装着しました。
どうやらミズナラはゲーム製作ソフトのことを『アバターを改変して、アップロードするためのツール』くらいに考えているのだな、と豆腐は二人のやり取りから推測しました。
「……いや、流石に気付いておるだろう。我は厳密にはユーザーではないが、ニラヤマと独立した存在だ」
律法体はそう言うと自分がEDENの善悪を見定めるために降り立って、ニラヤマに自らの能力を貸し与える代わりにインスタンスを案内してもらっていることなどを語りました。
ニラヤマが使命を手伝う対価としてEDENに災厄を起こそうとしていると、例えニラヤマの居ない場所で言ったとしても突飛すぎて信じてもらえないだろうと豆腐は話しませんでした。
代わりに本当はミズナラが今VRで大学の元同期と出会っているのだと教えるべきかと迷いましたが、今の律法体はニラヤマのアクセサリーに扮することを条件に友人交流インスタンスに案内されただけの来訪者です。
これ以上ニラヤマの前で迂闊なことを言うよりは、とりあえず“神の使者”としての役割に徹した方が無難かもしれないと考えました。
「うーん、つまりVREDENがどんな場所か知りたいってこと?」
「先にも言ったように、我は心や記憶を読むことができる。ミズナラよ、貴様と出会った時に我が叫んだのは、我の見るべき景色を貴様が知っていると見通したからなのだ」
荘厳なる建造物に満天の星々や花火のように光が舞い散る中、敬虔さに満ちた衣装のアバターがともに集った者たちと、言葉を交わすことすら必要とせず美しい景色や音色を楽しむような場所に心当たりはないか、と律法体はミズナラに尋ねます。
無論、豆腐が語った景色とはミズナラから読み取った記憶などではなく、自分がEDENを始めた切っ掛けである裏アカウントの自撮りだったのですが。
「えー奇遇ですね、僕もそういうワールドすっごい好きなんですよ!多分だけど、今言ったのは僕が見たい景色を読み取ってくれたんじゃないですか?僕って語彙力あんまり無いんで、そんな風に分かりやすく言葉にしてくれると凄いなーって思います!」
「いや……しかし、そんなはずはないぞ。我は実際に貴様の……」
裏アカウントでその写真を見たのだ、とは言えずに律法体は押し黙ります。
「随分と消極的じゃん、ミズナラのことが怖いの?」
ニラヤマは少しだけミズナラから距離を取ると、耳元で揺れている律法体にだけ聞こえる小声でそう言いました。
「怖いという感情とは違う。なんだ……この未知の感情は」
豆腐は自らの中に渦巻いているものに混乱して、ニラヤマの言葉に怒るどころではありませんでした。律法体はミズナラ、つまり現実での姿を知っている元同期生のことを――
(――“可愛い”と思ってしまっているのか?)
豆腐が話してる時もミズナラは手を伸ばせば触れられるくらいの距離で、満面の笑みで自分を見ながら聞いてくれていました。それが同性となら珍しくないくらいの距離感であったとしても、豆腐の視界を埋め尽くしているのは美少女のアバターです。
「EDENに来るような人間なんて大体が、現実でおっぱいの大きな美少女とまともに会話した経験がないからさ。普通の初心者ユーザーが“中身入りの美少女アバター”に怯えるのは、仕方ないことだとは思うよ」
そう言いながらも笑いをこらえるような声に「貴様……我の狼狽える姿が見たくて、ここに連れてきたのか!?」と豆腐はようやくニラヤマの意図を理解しました。
「でも、あんたが言ってた“人々の声”って、こういうことじゃない?」
「ぬう……」
返す言葉もなくなった豆腐が押し黙っていると、その沈黙を勘違いしたミズナラがこんな提案をしました。
「どこか他に行くあてがないのなら、このインスタンスで少しゆっくりしていったらどうですか?」
「うーん、私は同じ場所でじっとしてるのが苦手だから……」
悩むそぶりを見せるニラヤマに、豆腐は「ならば我をミズナラに預けて、その間にやりたいことをやれば良かろう」と言いました。
「じゃあミズナラ、少しの間だけこいつ預かっておいてもらって良いかな?」
このインスタンスで他にも会いに行く相手が居たニラヤマに、豆腐の提案を断る理由はありませんでした。
ニラヤマは「私が居ない間も、目立つようなことしないでね?」と念を押しながら、ピックアップしていた豆腐をミズナラに手渡します。
ミズナラが手に持った立方体を人差し指トリガーで『使用』すると、今度はミズナラのネックレスに変化しました。
「ミズナラ、世話かけるね」と、ニラヤマは手触りを確かめるようにネックレスの表面にそっと指をかざして、すぐに興味を失ったように手を引きました。
そしてニラヤマがインスタンス内の誰かと話しに行った後、少し残念そうな表情のミズナラと豆腐の二人だけが残されました。
「……懸想の相手はニラヤマだな」
「えっ、え!?」
そして律法体が唐突に言い放った言葉に、ミズナラは驚きのあまり硬直します。
「ミズナラよ、許せ。あれがニラヤマを引き留めるための提案だとは分かっていたが、この話をするために貴様と二人きりになる時間が必要だったのだ」
「……心が読めるって本当なんですか?」
「本当だ」
もちろん嘘でした。
仕事の愚痴も減ったミズナラの裏アカウントは、恐らくVREDENでの知り合いにフォローされていない想定で今も細々と呟かれています。
その内容はもっぱら誰かへの思いを綴った、何かしらの関係性を匂わせるような投稿ばかりでした。
そして、その中にあった“会いたい人が居るから毎日EDENに通っているのに、根無し草なその人には中々会うことができない”という呟きから「もしや“この二人”がそういう関係なのか」と思い至った豆腐の考えは当たっていました、半分だけ。
「そう、僕の片想いなんです」