『最初の協力者にして最大の脅威!ワールド製作者ニラヤマ』前編
――それから数時間後、UDON毛刈りのワールドには少なくない数のユーザーが訪れていました。
「そうそう。僕のフレンドにニラヤマって子が居るんだけどさ、さっきUDON毛刈りのワールドが面白いことになってるから見てみたらって言いに来たんだ」
と話しているムロトという名のユーザーは、一人きりで見に行くのも空しいけれど事前に誰かを誘うほどのことでもないと、全体公開の集会場ワールドで暇そうにしていたユーザーたちをUDON毛刈りに連れてきたのでした。
それ以外にも「UDON毛刈りの羊から羊毛が生えなくなったのは、どうやら不具合ではなく悪質ユーザーによるハッキングらしい」という話をどこかで聞いた、少なくない数のユーザーがUDON毛刈りに訪れていました。
そのらしいというのは実際に豆腐を見たわけではないのですが、豆腐が最初に“お告げ”に失敗した全体公開インスタンスに居たフレンドのフレンドから聞いた話を拡散したという意味です。
同じように言っている中には、ニラヤマに『羊の毛を刈り続けていると、虹色の羊毛に生え変わることがあるらしい』と話したフレンドの姿もありました。
彼もまた毛刈りをした羊が虹色の羊毛に生え変わるところに居合わせたことはなく、自分のフレンドから聞いたり他のSNSでの書き込みで見たような噂でしかないということでした。
よく全体公開インスタンスは治安が悪い、という風評がEDENの国内コミュニティでは囁かれています。
それは人間関係のいざこざや問題行動といった、自他の原因で非公開インスタンスに行き場を失ったユーザーが吹き溜まったり、そうでないユーザーも後腐れなく羽目を外したい時にだけ訪れる、言うなれば意図的に作られたスラム街のような経緯がありました。
そして『治安が悪い』という風評を聞いて既存のユーザーがますます遠のいていく中で、伝手のない初心者がEDENに訪れて最初に目にするのも全体公開のインスタンスなのです。
「確かに、面白いことにはなってるけど――」
とムロトが見渡した景色の中に、拡散された注意喚起のような『羊毛が生えなくなった羊』の姿は存在しませんでした。
噂を聞いて訪れた彼らが見たのは、最初から虹色の羊毛に生え変わっている全ての羊たちが、目に優しくない1680万色の光を放ちながら歩き回っている光景でした。
そして、それは彼の居るUDON毛刈りのワールドのインスタンスに限った話ではなく、全ての全体公開・非公開インスタンスで同じ現象が起こっていたのです。
そして十分なユーザーがそこに集まった時、虹色の羊毛の一つが回転しながら巨大化すると|《我はEDENの運営から遣わされた、神の使者である!我に祈りを捧げればUDON毛刈りの羊毛はいくらでも増えるであろう!》と言ってから、一つの預言を行ったのです。
|《運営の使者たる我はインスタンスに下っていき、運営が聞いたユーザーの声が真実であることを確かめた。古参のユーザー達はフレンド同士で集まり安穏と暮らしていながら、何の伝手もない新規ユーザーには参入の機会を与えなかった。これは恐ろしい罪である》
それからの反応は訪れたユーザーによって様々でした。
別のインスタンスに移動する人、悲鳴を上げて逃げ惑う人、豆腐を気にせず虹色の羊毛を刈ろうとしてみる人。
それは魑魅魍魎の渦巻く全体公開インスタンスでは珍しいことではないのですが、謎の立方体によるお告げが印象に残った一人がSNSで写真を上げました。
拡散されたその写真を見たあるユーザーが「自分はUDON毛刈りの作者とフレンドなんだけど、羊毛が虹色に生え変わるなんて機能はなかったはず」とどこかの集会場ワールドで博識なユーザーに話します。
その博識なユーザーは「でも前にもSNSで虹色の羊毛を生やした羊を見たことがあるよ」と言って、それに別のユーザーは「ここで使われている羊の3Dモデルを持っている人が、改変して自分のアバターにしたんじゃないの?権利的に問題がなければアバターを他の人にも複製可能にできるから、沢山の虹色の羊が出てくる光景だって説明がつくよ」と返します。
|《非公開インスタンスという扉の外に善くないもの全てを隔て、自分たちだけがVR-EDNの情報を独占しようとしている。そこで運営はEDENにアップロードされるデータの、共通言語であるSDKの互換性を正式サービスに際して撤去することをお決めになった》
ただの荒らしだと言うにはEDENという地に蔓延した不満を言い当てていて、賛同してしまう者も多いような預言の内容でした。
まして噂で聞いた程度で壊れたUDON毛刈りのワールドに集まるのは、行きたいところに行けないか会いたい人に会えないといった理由で、時間を持て余しているユーザーばかりだから尚更です。
その豆腐だけでは思いつけなかった“お告げ”の文面は、一介のEDENのユーザーとして不満や要望を持っているニラヤマの協力がなければ考えつけなかったものでした。
「あっははは!!!」と、三者三様な混乱の現場のインスタンスに居ながらニラヤマは笑い転げています。
もし、その様子を見てニラヤマの犯行を疑った人が居たとしても、むしろ調べれば調べるほどニラヤマはただの野次馬にしか見えません。
ワールドとアバターのどちらかにしか原因はなくて、ニラヤマのアバターは見る人が見れば機能面でも『何の変哲もない少女』でしかないことが分かるものでした。
一介のユーザーが今のような大混乱を引き起こせる『契約の箱』という機能を、このインスタンスではニラヤマ以外に誰も知らないのです。
そもそも変身とお告げを行った以外、UDON毛刈りのワールドの羊毛を生え変わらなくしたのも、その後で虹色の羊毛を植え直したのも実はニラヤマの仕業だったのです。
ニラヤマ自身、それに気付いたのは豆腐に“お告げ”の内容の続きを聞いた時のことでした。
「我と契約した者に与えられる『契約の箱』は、正式サービスに向けたβテスト版の機能だ。この中でより有効に活用され、支持する者が多かった機能は正式サービス開始後に全てのユーザーが使えるようになり、その『契約の箱』の持ち主にはVR-EDENで実現できる範疇で願いが一つだけ叶えられる。つまり目の前の問題を解決させるためだけでなく、新機能の追加という方法でEDENを変えていくための実験でもあるのだ」
と、豆腐は運営から聞いた内容をニラヤマに伝えたのです。そして最初に会った時に、虹色の羊に変化した豆腐の羊毛を刈り取ったのも『毛刈り棒』の機能でした。
|《しかし運営はユーザーと契約を結ぼう。我がお告げに従うことで、この正式サービスの開始を乗り越えることができるのだ。もしも汝らが正しき心を持つ者や滅ぶべきでないと思う場所に出会えたのなら、彼らが洪水の後も生きられるようにお告げを伝え広めよ》
また別のユーザーが「ネームプレートが無かったんだって!セーフティ機能で他の人のアバターを表示しない/デフォルト化しても羊は消えなかったし、あれはワールドが何か悪さをしてたんだよ!」と自分のフレンドの友人限定で言って回ります。
「悪質なワールドとして通報した方がいいかな?自分もUDON毛刈りで虹色の羊毛が出るって嘘を信じて無駄な時間を使わされたし」
「もしかしたらワールドの内部数値にアクセスした不正なユーザーが居たのかも、でもそんなことやったら一発で通報モノだよ」
などと様々な言説が飛び交いますが、それで非公開インスタンスに居たユーザー達が興味を持ったとしても、もう “豆腐のお告げ”に立ち会うことはできないのです。
今そこに居合わせた人以外には『インスタンスの壁』によって伝わらず、それを完全に記録する方法も存在しないVRという世界で泡沫のように消えていく一つの出来事。
それは新しさを求めて、或いは安住できる場所がなくて全体公開を渡り歩いていたユーザーにだけ与えられた、未知との遭遇でもありました。