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ユニティ□キューブ!  作者: (仮名)
『結:ユニティ□キューブ』
38/42

『我らの出会いし混沌の坩堝』

そして豆腐たちの前で、ニラヤマは『毛刈り棒』を自分がイヤリングにしていた『知恵の実』に押し当てます。


ブブブ、という振動音と共に通話や視聴覚の共有機能を持っていた『知恵の実』は、不快なピンク色(マテリアルエラー)の物言わぬ立方体へと成り果てます。それはミズナラの作った『知恵の実』の繋がりに対する、これ以上ないくらい明確な形での拒絶でした。


「あ……あ!」


と絶望の声を漏らすミズナラに、ニラヤマは静かに語り掛けます。


「確かに、この方法なら私は“舟に乗れる”かもしれません。でも私と同じような立場の人が行きたい場所に行けないままでいるなら、それは根本的な解決にはなっていない――だから私は、私の答えをこれから見せます」


そう言って、ニラヤマは更に豆腐すらも予想しない行動に出たのです。


「待て、ニラヤマ――!」


ニラヤマは『知恵の実』を刈り取った毛刈り棒を、直方体のみで構成された大聖堂ワールドの、祭壇の向こうの壁に叩きつけたのです。

その行動の結果は、かつてUDON毛刈りのワールドで全ての羊から羊毛が消失した時と同じように、ワールド自体に作用して全てのインスタンスに一目瞭然の変化として現れていました。


「「なんだ、これは!?」」


と、こちらと祭壇の向こうの壁からの声が、本会場と弾かれインスタンスで同時に重なります。赤い垂れ幕の向こう側にある壁が、見覚えのある赤い水晶のようなマテリアルに変化していました。

それはインスタンスの壁を越えて、それを持つ者たちの視聴覚を繋ぐ『知恵の実』の機能が、大聖堂のワールド自体に植え直されたということを示していました。


それによって弾かれインスタンスで馬鹿騒ぎする者たちが、本会場で豆腐のパーティクルライブを見ていた者たちが、一人きりの招待限定でワールドを探索していたユーザーが、友人限定で集まっていた新規ユーザーがインスタンスの壁を越えて、複製された同じバスケットコートに居るお互いの存在を認知します。


別インスタンスの様子が中継されるようになった豆腐の大聖堂ワールドで、植えられた『知恵の実』の変化はそれだけで終わりませんでした。

ニラヤマは『知恵の実』を叩き付けた祭壇の壁の向こう、弾かれインスタンスの喧騒へと歩み寄って壁を通り抜けます。豆腐たちにとっては壁の向こう、弾かれインスタンスに居る者たちが壁のこちら側に居るニラヤマの姿を見て、驚く様が見て取れました。


「ねえ、豆腐。本当にソドムの全員がカナンの出し物に、そしてカナンの全員がソドムみたいな雰囲気や触れ合いに興味がないのでしょうか?ミズナラの居たコミュニティであんたが偽りのお告げを行った時に、否定的な反応ばかりじゃなかったのは何故ですか?」

「それは……」


豆腐が言い淀む中で、向こうの弾かれインスタンスからも恐る恐る『知恵の実』を植えられた壁を通り抜け、本会場のインスタンスに入ってくるユーザーが何人か居ました。

頭上にネームプレートは表示されず声も各自のものとしては聞こえない、あくまで向こうのインスタンスに属する彼らでしたが、ライブを行っていた豆腐や箱型アバターなどを興味深げに眺めて回ります。


彼らはただ三次元的な視聴覚によって繋がっているだけで、同じ場所に居るというのは勿論錯覚に過ぎない幻影のような存在でしたが、それを言うなら物理的に隔たっていながら同じインスタンスに居ることで繋がっている者たちも何ら変わりのないことです。

やがて、本会場から弾かれインスタンスへと歩みだしていく者も現れます。


豆腐たちの方へ戻ってきたニラヤマが「実はそこでの体験に興味があるかもしれない、実は行ってみたら意気投合できる相手が居るかもしれない。だけど自分が知る人も自分を知る人も居ない、積み上げてきた価値が意味をなさないかもしれない場所に、行く勇気がない出不精なのが私たちで。だけど私たちがこうして自宅から出ずとも出会えているのも、そもそもVR機器のお陰でしょう?」と言った時、豆腐はその事実を思い出します。


出自も環境も全く異なる者たちが、同じワールドやインスタンス、アバターといった共通点を創り出すことで出会い、言葉を交わせるようになる。ありきたりに見える光景が『VRのコンテンツ』という、最先端の技術を介してこそ実現可能なものだと今の豆腐は知っていました。


「さっきの『豆腐キメろ』なる言葉だって、向こうの誰かが言いだしたんですよ?」

「流石にそれは無いだろう!?」


と突っ込む豆腐に、ニラヤマは『弾かれインスタンス』で自分が見ていたものについて話します。


動画プレイヤーで本会場の様子が共有された『弾かれインスタンス』では、ミズナラの『知恵の実』を与える審査に弾かれ面白く思わない者から、ただ単に賑やかであることを楽しみたいお祭り気分の者まで、配信の予期せぬトラブルらしい豆腐の暴走にもっとやれと野次を飛ばすユーザーが増えていき、

そこに正式サービスに際したコンテンツや繋がりの一掃、それから『知恵の実』なるカルト集団の噂などが相まって引き起こされたのは、誰一人として詳細の分からない熱狂にまみれた大騒動でした。その時ニラヤマは普段混じり合わない者たちが、一様に同じことを考え騒ぎに参加していく様を見たのです。


馬鹿騒ぎをしたい者と技術の実験場を求める者が同じ場所に居て、日本語話者に限れば全員がフレンドのフレンドで辿れる『百人の村』状態だったEDENの黎明期から“お砂糖”つまり一定の契約に基づいた同性間での恋愛を行う“ソドム”一派の台頭、

それから創作によってこそ他者と繋がる“カナン”一派の巻き返しや女性ユーザーの増加に伴いアバターのファッションにおいて現実のアパレル性を求める者たちの需要と供給が現れ、必然的に“ソドム”とそれらの新勢力は明確に分断されて、

けれどそれ以前から現実逃避の馬鹿騒ぎだけを求めていた者たちはVR恋愛にも創作にも参加できず散り散りになって――誰かは適応できずに去った。誰かは、伝え聴こえてくる新たな風聞に興味を持ってEDENの地に訪れた。


「宵越しの人間関係も地位も、この世界じゃ明日また無くなるかもしれない。正式サービスだとか『契約の箱』なんて、所詮はその一つでしか無いじゃんね!」


ウォッカを瓶ごといきながら酒焼けした喉で、けれどボイスチェンジャーを通さずとも女性の声で語るのは、ずっと昔のバーチャル配信者を追いかけてEDENを訪れたユーザーで「誰に言われなくても毎日がドゥームズデイさ!明日洪水でここが沈むなら今日飲もう!」と誰かがマイク越しに乾杯の音を重ねます。


その逢瀬を『終わらない放課後』だなんて嘯きながらも、終わりがあることを誰よりも知っているのが彼らでした。

「ゲーム制作ソフト会社の株そろそろ売り時かね、今回の騒ぎでEDENが傾いたら相乗効果で下がるでしょ」

さっきまで上裸の乳首から男性器を生やした特殊性癖(HENTAI)アバターで走り回っていた化学工場関連の副社長と、海外赴任中のエンジニアが地理的な制約を越えて議論します。


そこに薬物はなかったが、代わりはありました。

そう、豆腐です。長くVRに生きた人間は酒のみにあらず、そして違法薬物でもなく、激しい音と光に酔うのです。「皆!!!豆腐キメろ!!!!!」誰かが叫びます。

それは『知恵の実』を持ちながら満員で本会場に入れなかった誰かを通して本会場の『知恵の実』の持ち主たちにも伝播しました。

「豆腐キメろ!!!!!!!」新しいものが訪れ、支配的になるということは、例外なく今この生活が終焉を迎えるということで、それをEDENの民は何度も経験してきたのです。

「豆腐キメろ!!!!!!!」という謎の掛け声は、配信動画が再生されているインスタンスに散らばった『知恵の実』を持つ者たちを介して、反響し合ってEDEN全体を満たしたのです。


「もしかして自分の居る場所が、頂上決戦の舞台だなんて思ってたんじゃないですか?」


豆腐の考えを見透かしたように、ニラヤマは笑って言いました。


現実社会とは全く別の価値体系を用意して、皆がそこに集まる理由として新奇さや楽しさを用意する。

ここでの身の処し方とはアバターやワールドで、共通の話題とはひっきりなしに供給されるVRコンテンツであり、それ以前の歴史や偏見が付随しないものに対して同じ反応をする者たちと、現実での生活や過去と関係ないところに共通の話題や、相手の個性を見つけることができる。

ある意味では今まで起こっていた豆腐とミズナラ達の争いですら対岸の花火として、共通の話題である新たなVRコンテンツとして人々が集まる切っ掛けでしかないのです。そして『知恵の実』によって繋がれた先で、豆腐はその証拠を実際の光景として見ることができました。


振る舞いも声も女子大生みたいな彼女或いは彼は、蝿の四枚翅と四本の節足を動かしながら「もしEDEN駄目になったら、うちら全員でVRヴァルハラ移住するかー?」と銀毛の狼人間に相談します。

彼らはVR-EDENという場所を間借りした俗に言う『メタヴァース企業』の中でも最も大きいもの、万博のようなイベントを定期開催したり現実の企業からの委託を受けて、ワールド等をVRSNSの中に用意したりする会社のエンジニアと、特にそういうのと関係なくネットゲームが好きでEDENに流れ着いてきたユーザーで、

「豆腐キメろ!」

「豆腐キメろ!」

豆腐に対する漠然とした掛け声を背景音楽のように誰もが聞いていて、けれど引き金となった豆腐のライブ映像を全員が見ているわけではありません。


「それもまたVR-EDENです。だけど私たちは、混沌の中でこそ出会えたんでしょう?」


そこに居る皆が同じものを見て、その価値を追い求めていく場所もEDENであると、ニラヤマは肯定しました。


「私はただ人と話して……私の居る場所の価値観に染まっていない人と話したくてEDENを始めたんです」


現実の世界では『好き』を共有できる相手と集まることは簡単でなくて、だから仕事だとか近所だとか同じ学校だとかの偶然を通して人と繋がる。同じ学校に居るのは同級生で、同じ会社に居るのは同僚、お互いのことを知っているのは知り合いで、だから『友達』とは何なのか分からなかった。

そんな好き好んで選んだわけでもない繋がりの価値観に、一人では生きていけないから従わなければならない。そんな束縛から逃れようとしてEDENに訪れたのだと、ニラヤマは言いました。


「だけど気付いたら、どんなコミュニティの中にも価値観があって、それに染まらずに居続けられる人は少なくて、だから私はずっと新しい場所や出会いを捜し歩いていた……」


知っている価値観に染まった人たちに囲まれるのを嫌って、けれど未知の世界はそこで時間を過ごすうちに既知となっていく。そのミダス王の逸話のような矛盾こそが、ニラヤマの終わりなき放浪の理由であったのだと豆腐は初めて知ります。

けれど、とニラヤマは豆腐とミズナラを見てから言いました。


「もしかしたら私が本当に欲しかったものは、そうやって歩いてきた道筋の中で、ほんの少しだけ手に入っていたのかもしれない」


ニラヤマはその本当に欲しかったものが何であるか、最後の言葉を口にすることはありませんでした。


――同じ場所で同じことをしていたり、同じ価値観を持っていなくても一緒に居たいと思えるなら、それは『友達』と思っても良いんじゃないかって思うんだ。


それは口にするには恥ずかしく、終末の大騒ぎに隠しておくべき言葉だったから。


――もしミズナラや豆腐がそう呼ぶことを許してくれたなら、私が現実で諦めていたことがVRの世界で一つ叶ったのかもしれない、と。



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