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ユニティ□キューブ!  作者: (仮名)
『結:ユニティ□キューブ』
36/42

『もう一つの決戦(1)』

「――要はさ、あんたら出不精なんですよ」


途中まで『新しさ』という文脈に担保されていた豆腐の演出も、今となっては他のユーザー達が言葉や身振りを交わすことすら阻害する、大音量と光の台風でしかありません。

捨て台詞を言うだけ言って自分を傷付けるミズナラの返答を聞きたくない、そんな心境を表すような景色の中で豆腐は別の誰かの声を聞いた気がします。


そして箱型パーティクルの作り出す巨大な渦の外側に居たミズナラは、決してこの場に現れるはずのない人間の姿を見ました。


「――ニラヤマ、さん。どうして」


ミズナラが呆然と呟くのは、この場所にニラヤマが現れるということが全ての状況を引っくり返しうると分かっていて、だからこそ彼がこの場所に訪れることは絶対にないように細心の注意を払って根回ししていたからです。


その時、教会の天蓋が割れて見覚えのあるユーザーが落ちてきます。

今まで姿を消していたのか別のインスタンスに移動していたのか、ともかく正当なジョイン方法でこのインスタンスに戻ってきたのではなさそうなムロトが「今しかない、やれ!」と叫ぶと同時に、彼がお告げの開始を妨害するために仕込んでいたユーザー達が動き始めます。


といっても行えるのはブロックや追放投票の開始くらいで、それより先にジッ、と音がして全員の『知恵の実』が不快なピンク(マテリアルエラー)色に変化します。

それは取りも直さず彼らが『知恵の実』の所持者として、正式サービスに繋がりを引き継ぐ権利を失ったということで、呆然とへたり込むムロトの協力者たちを通り過ぎたニラヤマは色とりどりの箱型アバター達を一瞥します。


「自分の積み上げてきた価値が通用しない場所に行くのが怖くって、それは相手も同じはずなのに向こうから来てもらうことばかり期待する。だから、お互いに自分の持ち場から動こうとせず、歩み寄ってくれない相手やその居場所を否定するしかなくなるんでしょう」


へらりとした調子で、最早聞き慣れた声が話しかけるのを、今度は豆腐も聞きました。


「今更そんなことを言ってどうする、貴様もまた我を否定するのか!?」


豆腐は威嚇するように、視界を覆い尽くすほど高密度の箱型パーティクルを、ニラヤマの居る方向に向けて高圧水流のように放ちます。

人々が逃げ惑う中ニラヤマだけが「これじゃ会った時と同じだな」と笑い、手に持っていたものを振りかぶります。

そして『毛刈り棒』が一振りされた軌跡にある箱型パーティクルが丸ごと消滅した時、豆腐は思い出します。このユーザーの『契約の箱』が、あらゆる箱型に対して絶対の権能を持つことを。


それは何度も『変身』機能を刈り取られ、再び植え直されるまで不快なピンク(マテリアルエラー)の状態で転がるしか無かった豆腐が一番よく知っていました。

そして『変身』による演出と音響が止まった時、それは浮遊感すら伴う巨大な静寂となって、彼らの会話をインスタンス内に響かせます。


ミズナラが「ニラヤマさんが言っていた創作による繋がりだって大きくなれば、こんな風に『良い』と言わなければ同じ場所に居ることができない同調圧力になるんです」と言い、豆腐が「しかし『終わらない放課後』など、お気持ち表明によって賛成と反対を分け、自らと同じ考えの者だけを集めることによる、まやかしの理想郷ではないか!」と反論します。

つまるところVRSNSが物理的・社会的な制約を脱しようと、そこに集まるのが人である限り楽園には成り得ないのだと既に二人とも理解していて、そこでニラヤマが「そうだと知るために、私たちはここに来てるんじゃないですか?」と言いました。

豆腐が「何だと?」と思わず返したのは、それが考えられる限りで脈絡のない返答だったからです。


「えっと、あーつまり、」


と、意図が思うように伝わっていないのを察したらしく、ニラヤマは数秒ほど言葉を探してから「あなたが言ったことじゃないですか、豆腐。失った『青春』とはどのようなものかと、後悔し恐れる日はもう来ないって」と言いました。

「そ、それは」ミズナラに対する感情的な否定の言葉であって、と口にできない豆腐に「でも、良いところもあった、楽しいこともあるのだとも認めている」とニラヤマが後を継ぎます。


そして「逃がした魚を釣り直して隣の芝を自分の庭に植え替えて、葡萄が酸っぱいかどうか確認できたってわけでしょう?それによって何が満たされて、何が満たされないのかは実際そこに訪れて自分の目と耳で確かめるしかない。そのためにEDENに来ているんじゃないですか?」と続けました。


ゲーム制作ソフトに創りたいものを描いてアップロードする。

それは一からプログラムを書いてゲームを創ったり、現実で資材を持ってきて建築するより遥かに簡単な行為で、けれど実際にできたワールド等の設計や構想の至らない部分は、実物として使用されるうちに判明していく。

それは電卓があったところで問題を解くための計算式を立て間違えていたら無意味なのと同じように、自分の願ったものが真に必要としていたであるかを確かめるための道具でもあるということだ。


そしてアップロードされた『自由にできる小さな世界』が実用されて、皆の見ているEDENと言う世界を創り出している。それはアバター同士の触れ合いであったりワールドとそこに訪れる人、インスタンスという形になっていて、


「異なる世界同士がぶつかって争いになったり、逆に誰も予想しないような結果をもたらしたりする。もしかしたら『契約の箱』は最も分かりやすい形で自分の世界を実現させることで、互いの見ている世界に相互作用を引き起こすための機能かもしれない」


とニラヤマは言います。


「待て……何をする気だ」


もしニラヤマが願望を実現する『契約の箱』によって、真に必要とするものを願っているかを間接的に確かめるというのなら、ニラヤマの『毛刈り棒』は今から何を刈ろうとしているのか。

それは無論、箱型である豆腐やミズナラのファンアバターでもなく、そして誰かのワールドの一平面にも留まらず、何かとてつもない不可逆な変化を引き起こそうとしているのではないか。


そんな豆腐の問いを背に受けながら、ニラヤマはここに来る直前にあるユーザーと交わしてきた言葉に想いを馳せます。

それは豆腐の演出とミズナラによるとアイドル性による派手な争いの裏側で、その状況を作った黒幕同士が決して表に出ることのない協定を結ぶ、もう一つの決戦でした。



ミズナラは、このライブが『運営の使者』を名乗るネームプレート表示のない使者の、変身機能によって行われるものだと配信で知れ渡らせました。

これによって『豆腐の作ったワールド』に『豆腐のライブ』を観に訪れる人が増えるのは本来の目的通りですが、そこでワールドに仕込んだ演出ではなく豆腐本人の存在が求められるようになるのです。


空間的地理の存在しない仮想世界において、コミュニティとは『その人に参加すれば集まることができる』という曖昧なものでしかなく、皆が集まりたいと思った時にその場所が同じユーザーによって開かれていることが必要条件となります。

それを満たすことができないコミュニティは、新規ユーザーという限られた(パイ)を他に取られて衰退していく定めとなるのです。


「――ある時そこに訪れたいと思った誰かのために、ずっと同じ場所を開いて待っていなければならない。そこに行けば皆が一つの側面を共有できる、同じ相手と会えるという場所を維持するために、その場の主だけは同じ側面を見せ続けなければならない」


それがEDENという場でさえも珍しくない現象であると、よく知っていたからこそニラヤマは『自分のコミュニティ』を作ろうとしなかったのです。

自分がこの場所を失わないためには、自分はこの場所に居続けなければならない。他の者がそれを行いたい時にだけ訪れるとして、彼らが訪れたい時その場所が開かれているように、その場の主だけは常にそこに居て、それを行わなければならない。

掲げたものに疑問を持てど呈することは許されず、表向きは肯定し続けるしかない――現実における『聖職者』と同じように。


「元から他のコミュニティを一掃するつもりなんて無かった。嘘で挑発して豆腐を『聖職者』に仕立て上げるのは、ムロトさんの発案ですね」


と暗いアパートの一室で、ニラヤマは言いました。


「ま、その通りだよ。よく分かったね」

「私はミズナラに、あの話はしていませんから」


ニラヤマが最初にミズナラと出会った時、ミズナラは自分が病気で休職したとしか言っていないのに、ニラヤマは詳細を聞かずとも自分の知識から病名を言い当てることができました。

けれど、その時その場でその素性を明言すれば二人は『医者の卵と患者』になってしまう。だからニラヤマは隠し、そしてミズナラもまた隠していた素性がありました。その時に“カナン”の会員であると明かせば、やはり『選ばれた者と選ばれなかった者』になってしまうから。

二人の出会いはミズナラにとって対等に話し、そして親しくなるために隠さねばならない側面があることを、つまり明かすためには隠さねばならない、そんな場面が世の中にはありふれているのだと、体験として理解した瞬間でもあったのです。


招待(インバイト)先のアパートの一室で、この騒ぎの中心であったはずのムロトは、まるで通行人のような顔をしてぶらりとニラヤマの前に現れました。

ニラヤマは、その顔を見るなり「ほんっと、狡いですよねぇ。アカウント創り直して転生するつもりでしょ」と言ったので、ムロトは「さっすがぁ、よく分かってるじゃん」とむしろ嬉しそうに言いました。


「この場所や周りに居る人間が嫌いで、嫌いな場所や人に対して遠慮してやる必要はない。それが私たちの共通点で、愚痴や悪口を言うことで繋がって、そんなクソ野郎同士だから一緒に居たんですよ」とニラヤマは、ムロトの『知恵の実』に狙いを定めて『毛刈り棒』を付きつけます。


「でも、まだ逃がしませんよ。何が嫌だったのか、ちゃんと言語化するべきです」


ニラヤマの毛刈り棒の詳細な効果をミズナラから聴いているかは分かりませんが、ひとまずムロトは抵抗や逃走の意思はないと言うように両手を挙げて歩みを止めます。


「言葉にして良いんですよ、これだけ大きな騒ぎと被害を引き起こしたんだから、その責務があるはずだ」


『お気持ち表明』の語義は、大きな決断に要る行為について宣言し、そこに至るまでの出来事や自分の感情の遷移を明かすこと。正しくその定義を満たした時、それは物語の悪役の行動動機の種明かしであり、ただ『悪いことや邪魔をした者』として退場することを是としない者の自己肯定として、押し留める理由がないことをニラヤマは知っていました。


「疲れちゃったんだよ、ソドムだとかメス堕ちだとかに……人生をやり直したくて、今までの過去から自由になりたくて訪れたEDENで、またホモの有名人として積み上げた過去に縛られている。考えてみれば、もっと他にやりようはあったかもしれないけどね」

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