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ユニティ□キューブ!  作者: (仮名)
『結:ユニティ□キューブ』
35/42

『出不精』

ミズナラは、ニラヤマが運命の人であることを望んだが、ニラヤマの目指す場所はミズナラと二人きりのアパートの一室ではなかった。

なんの愛着も執着も持たず、水が流れるように遠い場所へとニラヤマは去って行く。

決してミズナラという個人を肯定することも否定することもなく、そういう彼を好きになったからこそ去っていくことを止められない。


時が来ればEDENという場所からも気軽に去ってしまい、そうなれば自分は彼ともう会うことができないだろう。

だからミズナラは確かな意思で、縛ろうと思ったのだ。

全ての側面において認められなければ会員になることのできない今の“カナン”の幻想を保ち、そこに入れなかったという経験からまだ見ぬ“カナン”という理想郷に執着せざるを得ないように。


今度こそ想い人を失うわけにはいかない、他の何を犠牲にしてでも。まして以前の彼女のような、全てを創作の物差しに落とし込む場所(カナン)に奪わせはしない。

だから自分がただ開設当初から居たという理由だけで“カナン”に会員権を持つこと、そして“カナン”の実情もミズナラは明かさないことにしました。


「多分、最初から同じだったんじゃないかな。クラスカーストから逃げ出したくてネトゲ廃人になった。息苦しい家庭から逃げ出したくて勉強を頑張った。そして今は単科大学から逃げたくてVRSNSって場所に来ている。だけど今の自分が知らないような場所に行くことができれば、こんな自分が愛せるような人に会えるかもしれないって思うんです」


ニラヤマのその言葉に、僅かならぬ罪の意識を感じながら。



「話したい仲良くしたいみたいなフリだけしながら、自分が優れている場所でしか会う気も話す気もないくせに!それでも言わなきゃならなかったんですか!?相手に感じてる劣等感を、自分には才能がないから続けられないって言葉にしろってことですか!?それとも!!!本当に好きだったことなのに、惨めに酸っぱい葡萄をすれば良かった!?」


ミズナラが放ったその言葉は、あくまで豆腐に対する決別の言葉でした。けれど、それを聞いた時にニラヤマは理解しました。なぜ豆腐とミズナラが、彼らと現実の繋がりを持たない自分によって引き合わせられたのか。


「――っミズナラと会った時の、あいつ」


もし神が居るとしたら。それが豆腐の言う通りEDENの運営という姿で、今もこちらを眺めているとしたら。ニラヤマは天を仰ぎます。マイクを切ってヘッドセットを外し、現実の天井に向けて叫びました。


「全部、このためか?このためだったのか!?」


二人ともの事情を知っている一人きりの人間で、そして二人の別れ話の顛末にEDENの行く末が懸かっている。今まで恋人どころか友達さえ持つことのなかった自分が、その役目を与えられた理由を。


ニラヤマだけに気付く理由、ミズナラには気付けない理由がありました。

豆腐が『心を読める』と言ってミズナラの懸想を言い当て、世間を神とするような振る舞いを問い詰めたのに対して、ニラヤマには最初そのような素振りを見せなかったこと。

それ以上に今起こっている出来事の全てが、かつて元カノと別れるに至った経緯についてミズナラの立場から話した事象の再現であること。


「豆腐がミズナラの元カノだな!?豆腐の方だけがそれを知っていて、だから初対面の時にあれだけ動揺したんだし、一緒にワールド製作しようなんて使命の役に立たないこと言って、距離を詰めようとして失敗したんだ」


その時、まるでニラヤマの声が聞こえていたかのように、あるユーザーに送っていた招待要請が承認されます。


――そしてHUDに表示された招待先のワールドは、やはりアパートの一室でした。



その時ライブを行っている豆腐は虹色の輝きを増して、粉々に散らばって踊る人々の間に降り注ぎ、かと思えば大きくなって天を覆い尽くします。

抑えきれなくなった歓声が沸き上がり、感情表現のスタンプを出して踊り狂う彼らが、まるで存在しないかのようにミズナラは豆腐だけを見据えて言い放ちます。


言葉を介さず視聴覚的な創作物(アバターやワールド)のみで繋がることのできる仮想現実の世界やコミュニティにおいて、反対に、この場に在るものを『良い』と言うことができないのなら、その人間たちは物理的にも法律的にも金銭的にも誰とも繋がっていない。

同じ場所に居るということさえもが幻想で、それを剥ぎ取れば誰もが暗くて四角い部屋の中で、妙な被り物をして一人きりで踊っているに過ぎないのです。


ミズナラの気持ちを豆腐は、よく知っていました。

家にまで、辛うじて登校した保健室や部室にまで会いに来てくれたミズナラに誘われ、教室で授業を受けるという『普通の学校生活』を送ろうとしたことがあるから。

そして自分は――話しかけられては吃音で喋れず、皆が自らに注目しているという恐怖でパニックを起こし、衆目の前で嘔吐してミズナラに保健室まで運ばれた。その日から卒業まで、一度も学校に行くことはなかった。

未だに『大勢の人が、自分以外の特定の事物に注目していない状態で集まる場所』には、出ることができない。サイン会の依頼も何度も断ってきた。だから自分が今から何を言おうとしているかも、よく分かっていました。それが絶対に良い効果を生まないとしても、止められないことも。


――友達がホモになった。


彼は自分に漫画を描くという道、人との繋がり方を教えてくれて、ずっと背中を追いかけながら描いていた。

それだけでなく人に好かれるために生まれたような性格で、彼と会いたいがために学校に行こうとしたほどだ。学校を卒業して離れ離れになった後、精神状態が良くなさそうだった彼がVRに居場所を見つけたと知った時、純粋に嬉しかった。

自分とは違う場所に行った彼が未来を見据えて、新たな文化圏へと踏み入れたのだと羨ましくさえ思っていた。そして、また同じように好きな漫画について話して、自分の描いたものの感想を聞いたりしたかったからEDENに訪れた。

けれど自分が会うことのできた彼は、ずっとメスに堕ちたユーザーを撫で回して、砂糖を吐くような惚気話ばかりを共有している。


豆腐はEDENに滞在する彼らが『未来』を生きているという言葉を、もう決して信じてはいない。

幾つもの側面を見せ合う時間としては、たった2.3時間と週に1.2度会うだけでは短すぎる。少しでも創作のことを考えている彼はVRの中には存在していなくて、対話をする相手は自分のパートナーや同じ界隈の人しか居ない。

快楽を得る行為に、それが正しいことだという界隈に属して、そうすることで肯定されて、それ以外の人は自分のように自然と訪れなくなる。それは一種のカルト宗教のように閉じた価値観で、だけど前人未踏の行為であるというだけで彼らは開拓者の気分でいる。

もう新しいことなど一つも探し求める気はないのに、閉じた世界の外に向けて何も創り出すつもりなどないのに。


「――我が失った『青春』とはどのようなものか、どれほど大きいものを失ったのかと後悔し恐れる日がなかったと言えば嘘になる」


同性愛であることや、同性愛でもないのに同性と性的なスキンシップを取ることが気持ち悪いのではない。

ただ彼にとって自分と創作の話をすることは、もう可愛いアバターを着た女役(メス)と触れ合うことより楽しいことではないのだということが悲しかった。

彼らが創作者として、そして現実や創作に感性を持つものとして死んでしまったのか、それとも人と触れ合うことが怖いままの自分が、同性同士で寂しさを癒す術を見つけた彼らに置き去りにされたのか。


一つの場所に閉じていく彼らに『置いていかれた』と感じるのは何故だろう?なんということもない。自分はただ理想のため一緒に歩んでいける友達を一人、失ったことが悲しいだけなのだ。


生きていく世界が変わることが、もう二度と同じ場所で会えなくなるのが『死』でなくて一体なんだというのだ。きっと彼らの眼にも色褪せた私が映っていて、どちらの視点から見ても相手の方が死者であるのだろう。

全ての人との繋がりが砂のように指の隙間から零れ落ちていって、たった一つだけ手元から離れていかないのは何の変哲もない立方体(ユニティキューブ)。だから私は創るのだ、もう生きては会えなくなった彼らにも届くような世界を、私がまだ生きているのだと全ての世界に証明するための爪痕を。


空を満たし乱回転し宙へと立ち上るワイヤフレームの立方体、やがてそれらは対流する二つの渦となってインスタンス全体を包み込んでいきます。豆腐はずっと身の内に溜め続けていた未練を振り払うように吼えました。


「安心したぞ、この程度のものを貴様らが懐かしみ、そこに縋りつかなければならぬほど今の楽しみに飢えているというなら、我が半生も捨てたものではなかったというわけだ!」


豆腐には、まだ知らないことがありました。例え未来の技術として語られていた仮想現実であっても、誰もが未来性を求めて訪れているのではない。

新しい何かに触れることを期待して訪れた者たちも、その場所で過ごすうちに大切にしたい現在が生まれ、今と同じ時間が明日も訪れることを願うようになるのだと。限られた時間で果たすべき使命を与えられてEDENに訪れた豆腐は、それを十分に知るだけの時間を過ごすことがでなかったのです。


そしてミズナラはEDENの住人たちの在り様を否定するような、豆腐の言葉だけを『知恵の実』を介して他のインスタンスにまで中継していたのです。それはEDEN内の支持率によって決まる『契約の箱』で、豆腐が選ばれる可能性をゼロにするムロトの授けた策でした。


自らの不快を既存の価値観に当てはめて、他者の存在を否定する言葉。

相手を直接害する手段が存在しないインターネットの世界では、日夜それらが砲火として飛び交っている。それでも仮想現実では決まった土地を取り合うのではなく、人を媒介にして幾らでも場所を生成していくことができる。

人々の反応が海を割ったように共感と反感の二つに分かれたとして、両者は幾度の議論を経た後で同じ場所に居合わせることはない。


それぞれの意見に共感した『一つの人間』だけが同じ場に集まって内輪ネタ(スラング)という盾を張り巡らし、異なる所属の非論理的な一例のみをあげつらい囲んで倫理という棒で叩きのめすことで、その楽園はより強固なものになっていく、それこそが『放課後の終わらない』所以であると。


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