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ユニティ□キューブ!  作者: (仮名)
『結:ユニティ□キューブ』
33/42

『行きて還らぬ日々と』

飛んで跳ねて左右に揺れて、腕を上下に振るだけでも踊りになる。


可愛らしいアバターが好き勝手に踊り、それを見るために一列後ろにも人が集まる。直方体のみで創られた白と赤の教会の前に皆で集まり、宙に浮かぶ虹色の立方体に「豆腐キメろ!」「豆腐キメろ!」と口を揃えて言いながら、くるくると周りを踊り歩く奇妙な宴。

参加してきた人が面白そうだと踊りに参加して、人寂しい人も何かを話さずとも同じことをするだけで場の一員となれる。一時的に減った配信インスタンスの人数は再び収容限界まで膨れ上がり、別インスタンスに溢れかえった人々にはミズナラの配信画面を介して本会場の様子が映されているのです。


やがてニラヤマの危惧していた言葉が、ついに配信画面からも聞こえてきます。


「というわけで、今回の配信では『律法体』さんのライブを見に来ていました!どうだったでしょうか?今回は配信インスタンスが満員であぶれてしまった人も多いみたいなので、配信終了後はそちらにも顔を出したいと思います!それでは、また会いましょう~!」


ミズナラがカメラに向けて手を振りながら最初から決まっていたであろう台詞を言い残すと、ニラヤマの居る弾かれインスタンスでは動画プレイヤーが配信終了後のチャンネル登録画面を流し始めます。

未だ「豆腐キメろ!!」「豆腐キメろ!!」と歓声と踊りの止まない人混みの中、豆腐は遠目にミズナラの姿を見ながらもパーティクルライブを中断するわけにはいきません。

「豆腐キメろ!!」何故“お告げ”を行う前に配信を終わらせたのか、どういう意図なのかと問い質しに行きたくても、皆が自分に倣って「豆腐キメろ!!」踊っている輪から抜け出すことはできません。

そんな豆腐のことを、配信を終了させたミズナラは遠くからじっと「豆腐キメろ!!」見上げています。


豆腐は『変身』能力で踊りの輪の中心にある立方体から本体を切り離し、ライブを続けながらもミズナラを引き留めようと「貴様がアバターを改変したのもゲーム制作ソフトを使用したのであろう?この世界において、なりたい自己であるためにも創作を行うことは必須であるはずだ」と言いました。

それは失言でした。

今この状況においてすら、ミズナラはムロトに絆されて行動を共にしているだけだと、豆腐は思いたかったのです。もう、このインスタンスにムロトの姿が無いことにも気付かずに。


「……そういうところですよ」


去ろうと背を向けていたミズナラが足を止め、まっすぐ豆腐の方を見返します。それは豆腐が現実とVRでの一緒に過ごした長い年月で、一度も聞いたことのない冷たい声音でした。


「そうやって何もかもを自分が得意な創作に引き込もうとして、僕とニラヤマさんが過ごすなんでもない時間を奪おうとする。ここまでのことをムロトさんに協力してもらったのも、全ては未来永劫あなたを僕とニラヤマさんの過ごす場所から追い出すためです」


豆腐は繋がるために一緒に言葉を交わしたり悪ふざけをする必要のない、ただ同じ創作物を楽しみながら共有するだけで良い空間を実現しました。人はEDENのユーザーに限らず心の中に様々な側面を持っていて、一つの場所や相手にその全てを曝け出すことはできないものです。

無論、今このインスタンスに集まっている人々も、決して互いに全ての側面を共有できるわけではありません。けれど、この場に集った動機であるような互いに共通する側面を、それ以外の場所では表出させられない想いを、この時この場でだけ共有すれば良いのです。


「けれど、その言葉はずっとこの場所を維持していく、あなたには当て嵌まらない……そして配信者である僕に対しても」とミズナラは、豆腐に向けて言いました。



ミズナラは人差し指を立てたハンドジェスチャーで、豆腐と自分を交互に指差します。


「この世界では人が場所。あなたが森で、僕がタタラ場」


異なる文化の間に立ち、両者を行き来できる者が居るとしても、二つの場所そのものが混ざり合うことはない。その先にあるのは侵略と衝突で、どちらか片方しか生き残れないと分かっているから。


「全てはニラヤマさんの自由を奪わずに、あなたの邪魔が入らない時間を手に入れるため」


豆腐がネームプレート表示のない『運営の使者』と知れ渡った今、アクセサリーに扮して一緒にコミュニティを渡り歩くことも難しい。たとえ豆腐が“お告げ”を成功させて信者を得たとしても、だからこそニラヤマとは一緒に居られなくする計画だったと、ミズナラは明かします。


「何故言ってくれなかった。創作に引き込むのが嫌だと、せめて言ってくれれば……」


そこまで言われればEDENに詳しくない豆腐でも、どうやってニラヤマと自分が一緒に居られない状態を創り出すかの理屈は理解出来ました。

ですが何故、そこまでするのかは分かりませんでした。だから、その言葉こそが火に油を注ぐと分かっていても、聞かずにはいられなかったのです。


「本当に分かんないんですか?そうでしょうね、あなたは元カノと同じ種類の人間だから。新しいところで居場所を見つけたら、古い場所にしか居場所がない人のことなんて考えもしない。僕だって……そう知られるのが怖かった、学生時代にしか良い想い出を作れない人間だって幻滅されるのが怖かったんです。そんなこと、言えるわけないじゃないですか!」


その言葉を聞いて、最初に反応したのは豆腐ではありませんでした。


この時、二人の会話内容はニラヤマにも聴こえていました。それはミズナラが自身からニラヤマに音声を伝える『知恵の実』の繋がりを切り忘れていたせいでした。

ミズナラが決してニラヤマの前では見せなかった側面が、まるで配信カメラを切り忘れた後のネットアイドルのように曝け出されている中で「ア!!!!!!!!!!!」と脳を突き破るような声量で叫んだニラヤマに、話していた“カナン”の一行含む相手が「ウワッなんですか」と音声減衰のかかる距離まで退がります。

ニラヤマは「用事を思い出したのでちょっと移動します」と雑に言い置いてインスタンスを移動しようとしてから思い直して、あるユーザーに向けて駄目元で招待要請を送り、初めてミズナラと話した日の続きの光景を思い出します。

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