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ユニティ□キューブ!  作者: (仮名)
『結:ユニティ□キューブ』
32/42

『お気持ち表明パーティクルライブ』

始まりはミズナラ達の居る配信会場の人混みで好き勝手にワールド内を探索していた一人のユーザーが、メンガーのスポンジと呼ばれる物理的には存在しない構造のオブジェクトが落ちていることに気付いて、何の気になしに|人差し指トリガーで使用インタラクトしたことでした。


「うわっ、なんだ?」


と、回転しながら目の高さまで浮かび上がった立方体に、ユーザーから驚きの声が上がります。

ゆっくりと回転しながら金属質な輝きを放っているメンガーのスポンジは、それ以上は声を発したり自らの存在を誇示することなく何かを待っているようでした。

そしてユーザーがなんとなく再びインタラクトしてみると、今度のそれは少しだけ回転速度を速めて手のひら大からアバターの頭部ほどにまでサイズを拡大させます。ふ、と笑いともつかない鼻息を出したユーザーは、これ以上の変化がなくなるところまでインタラクトを続けようと連打してみました。

すると人混みの中に潜んでいた小さな箱たちがいっせいに光り始めると、地から天に降り注ぐ雹のように宙へと浮かび上がります。


それは祭壇の上方にムロトと居る豆腐に向けて、かつて割を食わされたユーザーの一人が合図を待たずに追放投票を開始しようとしたのと時を同じくしてのことでした。


「小手先のずるは貴様だけの専売特許ではない、既に先手は打たせてもらったぞ!」


そう言い捨てて、ムロトの傍に居た豆腐の分体が消えます。

一度も『変身』の能力を見たことがなかったムロトは、回転する立方体と“お告げ”の声が遠くの人混みからでも容易に判別できるようになるまで、祭壇へ向かう階段に居る豆腐が本体ではないと気付かなかったのです。

けれどムロトは慌てることもなく「まあ、ちょっと見てみようよ。完全に出し物が始まった後なら、無理に止めると不況を買ってしまうよ」と、背後に控えていたユーザー達を手で制しました。


「どうせ豆腐くんがどれだけ凄い演出をしたって、あの内容のお告げが成功するわけがないんだからさ」


 VRSNSという無限に広がる世界の住人であったとしても、彼らの大多数は知っているユーザーが一人でも居るところに集まって、そこに居る人たちが知っているであろう話題について話しているのです。

そして今ここに居るユーザー達はVR-EDENという場所に居て、『知恵の実』を持っているか手に入れようとしていることだけが共通点なのです。


まさにこの場所が『既得権益と内輪の繋がり』の本堂であり、彼らと豆腐のたった一つの共通点を否定して脅かす“お告げ”が簡単に行くはずもありません。

道徳倫理を抜きにして考えれば聞き入れられぬ言葉を紡ぐより、この場所に硫黄の雨を降らして一網打尽にしようとしていたニラヤマの蛮行の方が、目的を達成するにはまだ現実的な手段だったと言えるのです。


――けれどムロト達の考えたことを、豆腐は今までの失敗から理解していました。


インスタンス内に居るのは両手にトラッキングしたコントローラーを置いて、スマホをHMDの隙間から眺めているユーザーが大半でした。彼らは一様にインスタンスに居る三分の一くらいが『知恵の実』を介して知り合ったフレンドで、フレンドの割合をそれ以上に増やすつもりもありませんでした。

といってもスピーカーから音声を聞いていて、反応すべき時にはHMDとコントローラーを着け直すので、決してインスタンスに参加していないわけではありません。

そして彼らこそが外部のSNSで『知恵の実』による繋がりでの出し物(コンテンツ)を『楽しい』と発言したり実況している主要な参加者で、そのために他の人の発言をスマホからSNSでチェックしているのです。


楽しいと言っている人が沢山居る場所ほど楽しく思える、だから楽しさを共有するという行為によって楽しくなろうとする本末転倒を、けれど誰もが当たり前にやっているのではないかと彼らは考えます。

かつてデパートの屋上にある遊園地が楽しい場所であったのは、そこで楽しそうに遊んでいる人が見えたからで、楽しくなくなったのは歳経るにつれて周りに楽しいと言う人が居なくなったからではないか。


そして今だって『知恵の実』による繋がりが楽しくないわけではないけれど、ただ皆が『楽しい』という時にタイミングを合わせて『楽しい』と言うことで同じものを感じていると自他に思わせ、何に対してどう反応すべきかが分かってしまっているからHMDを覗く必要がないだけなのです。


|《我はEDENの運営から遣わされた、運営(かみ)の使者である!》


彼らは聞き慣れない声を聞いて、知っている人たちの知らない反応がSNSに増えているのをスマホから見て、なんとなくHMDをちゃんと被り直します。

それから少しして彼らはコントローラを両手に握り直し、現実の世界でも椅子から立ち上がります。


そこに楽しいと分かっている何かがあるから、というよりもむしろ正反対の理由で、見覚えがない存在をどう扱うべきか一挙一動に注目しなければならないからでした。

それを楽しむべきなのか、皆にとって共通の『敵』として大喜利(ひにく)を言い合うべきなのか、どちらが周囲と繋がりやすいような『役割』の存在かを判断するために。

そして彼らは目にすることになるのです。周りの気心知れたはずの者たちに対して、全く知らない反応を引き起こす者の存在を。


かつて回転し輝く非自然の形状である立方体、それが仮想現実では珍しくもない光景だとニラヤマは言いました。

そして豆腐は一つの立方体で十分な神秘に、見る者の感情を動かす演出に届かないならば自らの意のままの軌道で宙を舞い、一つの虹色ではなく各々の色に輝く百千の立方体であればどうかと考えたのです。


神秘の価値が減ったのならばこそバーゲンセールを行っても食傷気味になることはない、雨や雪の粒が数万あっても『一つの景色』として認識されるのと同じように。

豆腐の知らないうち、宙を舞う箱たちは3Dデータと表面の質感であるマテリアルで描画される『オブジェクト』ではなく、雹や星々といった単純な形状のものを大量に描画する『パーティクル』という機能に切り替わっていました。


「これ、もしかして“パーティクルライブ”か?」


配信動画を観ていたニラヤマのみならずEDENの文化に造詣のあるユーザー達は、豆腐の演出が何と呼ばれるかを知っていて思わず呟きます。

それは『パーティクル』の名を関していながら、ワールドのようなオブジェクトによる舞台を出現させたり動かして、3Dモデルの表面を描画するシェーダーを視野全体に被せることでエフェクトをかけたりと、ゲーム制作ソフトという共通言語を余すことなく駆使して語られる神話であり、映像技術の総合格闘技です。

その象徴として宙に浮かんでいる巨大な灰色の立方体は、ゲーム制作ソフトを触る人間が最初に目にして、最後まで悪戦苦闘する|俗に豆腐と呼ばれるもの《ユニティ□キューブ》でした。


そこには豆腐にかつて割を喰わされた者たち、あくまで『知恵の実』目当てやミズナラのファンとして訪れた者たちも居ましたが、彼らの中ですら豆腐の動向に注目していないユーザーは居ませんでした。

配信会場には皆が良いと言っているものを良いと言うことの共感によって、皆と繋がることができる安心感とは真逆の期待や興奮に満ちていて、ムロトは豆腐がそのために自分の『言葉』より先に動き出したのだと理解します。

ただ無邪気に『新しさ』に触れて続きを知ろうとする行動までは、最早ムロトに止める術がありません。

それは言葉による共感を求めることもなく、インスタンス内のユーザーと互いに作用し合うこと(インタラクティブ)ができる、豆腐が“カナン”という地に思い描いていた理想の体現でもありました。


|《誰かが我に働きかけ(インタラクトす)れば、それに応じて次の形態へと変化する。そして人がインタラクトするのは、次にどうなるかが見たいからだ。この中の一人でも“新しさ”を求める限り、名も知れぬ誰かが“今でない状態”を望む限り、我はそれに応え続けるのみである!!!》


まるで『新しい』ものは未来という時間から、突拍子もなく訪れるかのように語られることがあります。

ですが、どんな未来の技術でも現在(いま)それを研究している人がどこかに居て、新しさを感じさせる創作も周囲に受け入れられない価値観を抱いて生きてきた人間の叫びであって、誰かの頭の中にはずっと前から存在していたものであるのです。

人生の全てとは言わずとも、その何割かに至る時間と歩んできた道筋を笑いものにされるかもしれない不安を、製作途中の頓挫や発信したものが誰にも見向きされないことで無意味となる恐怖と、ずっと向き合い続けてきたものが世界に受容されて初めて『新しい』と呼ばれるのです。


ずっと内面にのみ抱き続けてきた理想が『新しいもの』として衆目に留まるようになり、やがて一つのジャンルとしての地位を手に入れるまでの長い間、周囲から何者としても定義されないまま一人で作り続ける。

それは天にまします我らが父よ、願わくは御名をあがめさせたまえと、見ることも聞くこともできぬ場所に居る存在に捧げる、豆腐が現実で何千何万と繰り返してきた『祈り』と同質のものでした。

創作することとは何であるか、という要点――誰よりも自分自身がそれを信じて創るという、創作者にとって欠かせない要素を豆腐は持っていたのです。

そしてEDENという場所で豆腐の才能を開花させたのは、ニラヤマの『頭の中に自由にできる世界を持っていて、それを外に具現化する』という言葉でした。


――善行を為したものが死後に行くことができる約束の地(てんごく)を頭の中に思い描く、それを仮想現実という地上の制約から解き放たれた場に顕現させることは不遜であるだろうか?


豆腐は少なくとも今この場では、人混みが怖くないことに気付きました。

誰もが呆気に取られて音楽と光による新しい創作を見つめ、そういう意味でこの場には一種類の人間しか居なかったからです。そして豆腐はまだ、自分がムロトの言った『インスタンスの壁』を享受していることに気付きません。

見渡す限りで誰もが一つの人間であるように見えるのは、突如として独壇場で踊り始めた『神の使者』に見入る者だけが会場に残り、そうでないユーザーは声も光も届かない別の場所へ去ってしまったからだと、何時もなら水を差してくれるニラヤマはそこに居ないのです。

「豆腐キメろ!」

「豆腐キメろ!」と誰かが叫び始めた漠然とした礼賛の掛け声は、ムロト達にとって止める必要のない想定通りの出来事でした。

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