表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユニティ□キューブ!  作者: (仮名)
『転:天地創造RTA』
29/42

『大聖堂』


 豆腐は顔を伏せ気味のミズナラと、その首元で揺れる『知恵の実』をまじまじと見ました。それから弾かれインスタンスから会話を聞いているであろう、ニラヤマのことを考えて“腑に落ちた”と思いました。

 ミズナラが『頭の中の世界』など存在しないと言った時の、ニラヤマの表情の陰り。今も『知恵の実』が繋がっているにも関わらず、何の声も聞こえてこないミズナラ。

 

 これから豆腐の“お告げ”が成功しようがしまいが、当分はお告げを広げるために何かしらのインスタンスに釘付けになるでしょう。

 ミズナラはその間にニラヤマを『知恵の実』の繋がりに入れて、色んなコミュニティに行って『邪魔の入らない』時間を過ごしたいのだと。

 

 ムロトの言葉を聞いた時に豆腐は多くのことに納得して、それに――


「ムロトなる者、お前の――貴様の頭の中にある世界を、我は受け入れられない。我にとって近しいと感じる人々にとって、その世界が“当たり前”になっていくことも許せない」


 これまでもずっとEDENという場所はずっと『インスタンスの壁』によって成り立ってきたのだとムロトは言いました。

 持ち主の許可を得なければ入ってこられない自宅やホテルの一室のような招待限定だけではなく、気心の知れたフレンドと穏やかな時間を過ごすための友人限定、界隈に全く縁のない素性の知れない人間は入ってこない友人交流といった、負荷軽減のためだけでなく空間を区切ると言う機能こそがEDENという場所の一番大きな要素であるのだと。

 君はこの世界で君と、君の所属する価値観を否定する人間が居ない世界へと行くことができる。たった一つの簡単なことをすれば良いだけ。さん、はい、


『ふたりぐみつくって』


――わたしは選ばれない。

 不登校、就活面接、大学入試、パートナー関係(かれしとかのじょ)、選ばれなかった負け犬たちが逃げ出した先で、それでも見えない誰かを仲間外れにすることでしか居場所を作れない見苦しさ。

 大聖堂、教会とはよく言ったものだ。信仰とは、それを信じない者たちを排除した空間がなければ成立しない。

 有名大学や優良企業は学力信仰の大聖堂であり、学校からSNSまで同級生からの人気や生活(リアル)の充実度といった実態のない信仰に満ちていて、現実では職場や都会と田舎といった生活する場所の地理的、物理的、法律的な制約によって行われていることが、その制約から解き放たれた仮想現実でも行われているというだけのこと。

 それがVR-EDENという大きな枠であってさえ、そこに訪れている者がEDENを否定することは決してない。そしてVR-EDENの文化を否定するかEDENというVRSNSの解釈から外れた存在をも『無理解』だと否定する。


「まさか豆腐くんの“お告げなら全てのユーザーに受け容れられるなんて考えてないよね?自分の“お告げ”が下手だと笑われるかもしれないし、豆腐くんという権限を与えられた存在が信じられなかったり嫉妬されて、不用意に敵を増やすかもしれない。どうせ全ての人間を救うことなんてできないんだから、君を認めてくれると分かっている人、君のことが好きな人のためだけに技術や才能を使って何が悪い?」


ムロトにとってみれば、豆腐が“お告げ”を成功させることで『運営の使者』としてEDEN全体に認知され、この『知恵の実』による繋がりの中でも信仰対象となることだけが脅威なのです。豆腐がここで他のコミュニティを見捨ててムロトの提案に乗ろうが、お告げを強行することでコミュニティに参加できない特別な役職(アンタッチャブル)となろうが目論見は達成されるのです。


「我は今ここで“お告げ”を行う。貴様の言った我へのフレンド申請とやらも、何もかも我が“お告げ”を行った後で、好きなようにすれば良い!」


 豆腐のここまで怒っている声は初めてだ、と『知恵の実』で一部始終を聞いていたニラヤマは思いました。

 ニラヤマは元来、不満や怒りといったものを常に抱いて、様々なコミュニティを渡り歩いたりワールドを創ったりといった精力的な活動への原動力としてきました。その影響か、近しい人の会話や行動の中からその人が何に怒って、或いは不満を抱いているから今のようにしているのか、本人に自覚のない段階でも少しばかり読み取れるようになっていました。

 そしてニラヤマは今までの、自分が受け入れられなかったことへの突発的な癇癪などではなく、もっと規模の大きいことを豆腐がしでかしそうだと感じ取ったのです。


「やめときな豆腐、あんたはまだEDENのことを何も知らないんです。私がそっちのインスタンスに入れるまでは不用意に行動を起こすな。そういう契約だったでしょう」


 豆腐はニラヤマと音声を繋いだ『知恵の実』の接続を切ろうとします。

 

 そうなればニラヤマが本会場のインスタンスに入るまでの間、豆腐を引き止めることはできません。

 ニラヤマの説得もむなしく『知恵の実』の接続が切られる寸前、豆腐はふと冷静に戻ったような照れ笑いを混ぜながら、しかしメロスの短剣すら存在しない楽園(EDEN)に不釣り合いなまでに溢れかえる戦意をたぎらせて、ニラヤマに向けて言いました。


「ここに集まっている者たちは、彼らなりに救いを求めて祈ろうとしておるのだ。ならば神の使者である我は、彼らを正しき敬虔さに導いてやるのが筋であろう?そして貴様は遠慮も我慢もしなくて良いと言った、このムロトという男もそうしたようであるからな」


ニラヤマは一度ため息を付き「……分かった、一つだけ覚えておいて」と言葉を残します。


――ムロトが行動を起こすと決めたのは、ミズナラから “カナン”に行くことができれば、その破壊という願いを取り下げるというニラヤマの条件を聞いた時のことでした。


 ムロトの動機は、初めてニラヤマに接触した時から一度も変わっていません。

 最初からVRセックスを目的として集まる“ソドム”のようなコミュニティでは、ボイスチェンジャーから始まり身も心も異性のロールプレイに染まり切ってしまったり、最初から男に抱かれるために可愛らしい美少女の皮を被っているような筋金入りの“メス堕ち”のユーザーが多くなってくる宿命にあります

 。ムロトの欲しかった“セックスできる同性の友達”にあるような同性間の気安さや、共通する趣味の話題で盛り上がれるオタクの性質から失われていきやすく、だからニラヤマのような人間がソドムへの案内を求めてきたのは格好の機会でした。


――だというのに、ましてや“カナン”に行きたいとは。


 EDENに訪れる人々は技術はあるが表現したいものがない人間と、表現したいものはあるが技術のない人間、そして何もしていないが交友関係の広い人間の三種類に分けられて、時には『何もしていない人』を中継地点に技術者と表現者が出会い、アバターやワールドを見せ合うことで好みや世界観を擦り合わせて共同制作を行うこともあります。

 中には商業作品のCG担当といった在野のプロや、そうでなくてもシステム関連を本業とするのが当たり前の人々が集まり、好みの近しい人々で最大公約数的に創り上げた『自分たちの頭の中』の世界観を圧倒的な技術力と人海戦術で実現した、その大伽藍が“カナン”という場所です。


 それがEDENという場所でしか実現し得ない理想郷であると、創作をしている人間であるほど感じずにはいられないのでしょう。

 だから“カナン”に入会したいと言うユーザーは後を絶たず、インスタンスの上限まで会員数が膨れ上がった結果として書類選考や面接といった入会条件を設定したことで、意図してか意図せずか『選ばれし者だけが行ける理想郷』としての神秘性を更に高めていった経緯をムロトは知っています。

 

 ニラヤマもまたワールド製作によって“お告げ”を広めて運営の正式サービス開始を助けたという功績があれば、“カナン”に行くことは不可能ではないでしょう。

 ですが如何に優れた宗教であってもその信者が理想的とは限らないように、カナンに訪れた人間は往々にして創作をしなくなるのです。

 自分を認めてもらえない鬱憤から始まった創作も、多少なりとも一般的な作風に迎合して堪るかといった張り合いも、自分が遥か及ばない完成度の世界観の中で“カナン”を礼賛しているうちに失って、あとは何をするわけでもない『カナンの住人』の出来上がりです。


 住人といっても食い扶持を得るために“カナン”の創作に携わることもなく、ただ皆がそうしているように住処である“カナン”の出し物を礼賛することだけ。

 週に一、二度開かれる“カナン”のイベントに行くとき以外はもっぱら“カナン”の製作者とは関係ない内輪の繋がりでダラダラと過ごし、以前ほど活動的でなくなった自分を肯定するために“カナンほどではない”という言い訳を、たまに足を運んだ別の界隈やワールドに向かって投げつける。

 そうやって投げかけた言葉は自分の作品にも返ってきて、好きなように世界を創っていくことができなくなる。

 

 だから、恐らくは――悪いのは“カナン”ではないのだと、ムロトも心の底では分かっていました。自分の世界観を保持しようとするよりも、出来合いの価値観に染まるという易きに流れていく、現実であろうがEDENであろうが変わらない人間の性質――


「時にムロトなる者。ミズナラに手を出そうとするのは、ニラヤマに当てつけておるのか?」


 ムロトの思考は、豆腐が話しかけてきたことで中断されます。祭壇までの階段を中腹まで登ったくらいの場所で、他のユーザーにはまだ存在を気付かれていないが“お告げ”が始めやすい場所でした。

 

「なに言ってるの?ニラヤマくんと僕は今も友達だよ」というムロトの言葉に、豆腐は「時には己の怒りや恥と向き合い、その存在を認めなければならん。自分では押し殺しているつもりだからこそ、その感情から生じた行動で他者や自分を傷つけていることを認め難くなるのだ」とまるで説教のような言葉を返し、思わずムロトは鼻白みます。


「……よく言うよ、モデリングソフトも触ったことのない豆腐風情のくせに」


 ムロトが豆腐の提案を受け入れたのは、計画のための時間稼ぎでしかありませんでした。


 ミズナラは事前に言い含められていたように、今のやり取りのうちに『弾かれインスタンス』に居るニラヤマに会いに行っていました。

 豆腐の派手な騒音で“お告げ”のライブが始まれば、それを嫌がって何人かはインスタンスから離れるでしょうから、その間にニラヤマを連れてきてもらうという手筈です。


 そして豆腐とニラヤマの会話を聞く限りでは、残ったユーザー達にブロックさせれば豆腐のアカウントを凍結させることもできるだろうと、ムロトは考えていました。

 ムロトはがらにもない老婆心から、それを勉強代として豆腐には現実で生きて行くことを選んで欲しいと思います。こんな下層(かそう)ではなく、と自嘲交じりに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ