『天地創造RTA(3)』
豆腐が訪れたインスタンスでは、ミズナラの周りに大きさも色も様々な『箱』が群がっていました。
それが豆腐と同じ『律法体』でないのは箱のアバターに簡略化された手足が生えていることや、上部にユーザー名が表示されていることから分かりましたし、幾人かは人型アバターで遠巻きに見ているユーザーも居ました。
ですがミズナラは少し低い位置に浮かんでいる箱型アバターに、胸元が露わになるような前傾姿勢で頬擦りしたり、模様や色などで個性を出した箱たちに肩を寄せて写真を撮ったりしている理由は分かりませんでした。
そして撮影の休憩らしき時間に、いつの間にか胸元に居た豆腐にミズナラは驚きの声を上げます。
「な゛っ!?ワールド創ってたんじゃないですか!?」
「今から一時間はニラヤマの管轄で、少しミズナラの様子も見て来いと言われたのだ」
そして豆腐が困惑していた光景について、ミズナラは単純明快な説明をしました。
「この箱型アバターを使ってくれる人にだけ『知恵の実』を渡して、招待限定で建てている配信インスタンスに参加できるようにしてるんです。それで今は外のSNSから写真を通して僕を知ってもらえるように、ツーショットの撮影会みたいなことをしてたんです」
始まりは今までのフレンド達と配信が忙しくなっても、疎遠にならないようにと『知恵の実』を貸し出したことだったとミズナラは言いました。
好みや考え方が近しいフレンドたちと『知恵の実』を使って見栄えが良いワールドや、魅力的な販売アバターといった配信に使える情報を共有したりするうちに、予め『知恵の実』で連絡を取り合ったフレンドを配信に参加することで、様々なユーザーと一緒に過ごしている光景を楽しんでもらえたり、一人きりの配信では見えなかった側面が明らかになるような配信が行えることに気付いたのだとミズナラは言いました。
そしてフレンド以外にも『知恵の実』による繋がりに参加したいというユーザーが現れた時に、ミズナラは箱型アバターの使用という条件を考え付いたのです。
「スキンシップを取り過ぎて勘違いを起こさないようにってのと、僕以外の皆が同じアバターで仲良く過ごしているところを配信できるってのが表向きの理由なんですけどね。箱型アバターが増えたら、豆腐さんが『荒らし』だと疑われることも減るでしょう?」
「確かに有難いが、他の者に『知恵の実』を分け与えていることはニラヤマに知られぬように……」と咄嗟に言いかけてから、豆腐は口ごもります。
ミズナラが配信の視聴者数を増やしているのは “お告げ”のワールドも紹介しやすくするためで、その間もミズナラが気の合う人たちと過ごしているのは良いことのはずです。だと言うのに豆腐はインスタンスに集まっているユーザーの大半が、見慣れた立方体のアバターである光景に得体の知れない不安を感じていました。
言いかけた言葉を不思議がることもなく「そうですね。ニラヤマさんには知られないように、気を付けておきます」と素直に従うミズナラを見て、豆腐は内心で胸を撫で下ろします。たとえ豆腐がニラヤマをそう悪いやつでもないと思いつつあるにせよ、フレンド登録を制限することで“カナン”を滅ぼされそうなことに変わりはないのです。
「珍しい箱アバターですね、改変したんですか?」
と第三者の声が聞こえた時、豆腐はしばらく自分が呼びかけられているのだと気付きませんでした。
今までは『箱型アバターなど使うユーザーは居ない』と思われていて、なおかつアクセサリーに扮して耳元で話しかけていたので、豆腐は自分が一介のユーザーとして認識されることなど考えても居なかったのです。
そして今は虹色などに変化していないといえども、確かに話しながら回転したり浮遊したりと豆腐は周囲の箱型アバターと雰囲気が違っていました。
それでも、豆腐はここで『神の使者』としての役割ではなく、大勢居る箱型アバターの集まりの中で、見覚えがない一介のユーザーとして扱われているのです。
「ミズナラさんと話してましたけど、前からお友達なんですか?」
豆腐は話しかけてきている箱型アバター以外のユーザーも、自分に注目しているのが分かりました。
それは豆腐が現実の世界で不登校だった時、一度だけ学校に顔を出した時と似た感覚でした。彼らは決して最初から貶める部分を探そうとしているわけではなく、ただ見覚えがない存在をどう扱うべきかと一挙一動に注目しているだけなのです。
だから、ただ『普通』に振る舞っていれば、その場所で自分がどう扱われるかという『役割』を見い出されていって、個人ではなく『役割』ごとに決まった接し方をすれば良いからと注目も解けていくと豆腐は分かっていました。
「わ」我は神より遣わされた使者である、とこの場所では言うことはできず「わたしは、」声が震えて「あ」呼吸が浅くなっていくのが分かり「あの、」遠くなっていく声とぐるぐると周り始める視界がHMDのせいではないことに気付いた頃、
「ほらほら、今は配信中じゃないけど『箱さん』同士での私語は程々にねー」
と、遠巻きにしていた人型アバターの誰かが割って入ったのが見えました。その声とアバターの姿には見覚えがあり、そのユーザーの名前はムロトと言いました。
遠巻きにしている人型アバターたちの近くで、豆腐の呼吸が落ち着いてきた頃に「ミズナラくんはこの場所で『アイドル』だからさ、その役割から外れた行動をするのは難しいんだよね。だから俺が『知恵の実』で繋がった集まりの、一応の管理者みたいな役割なんだ」とムロトは言いました。
無言を貫き通すことにした豆腐は頷きだけで返事をします。
多くのユーザーが周りに集まる人気者と、時には反感を抱かれようと集まった人たちの整理や調停を行う役割が分かれていることも、他者に興味が強いムロトが後者の役割を任されていることも納得はありました。
「そうそう、そんな感じで大丈夫だよ」と無言の豆腐にムロトは笑い掛けます。
「ここじゃ喋れないことも、他の人と見た目が違うことも、現実と違って排除される理由にはならない。俺もEDENに来た当初はいわゆる『無言勢』だったんだけどさ、なんなら下手に喋ってナマの人間が見えたりしない方が可愛がられやすかったし。何をやってるのか分からない集まりに迷い込んでも、無言で遠巻きに見ている分には誰も困らないからね」
事前の取り決めが必要であったりメンバーを限定したい集まりを招待限定や友人限定で建てるということは、逆に自分が参加できるインスタンスであるなら居ても良い場所なのだと、ムロトは豆腐が『ただの初心者ユーザー』であるように説明したのでした。
「喋らなくても適度な距離感で何度か顔を出してれば、友人限定や友人交流なら『そこに居る誰かのフレンド』として覚えてもらえるし、無言勢でも一緒に遊べるようなゲームワールドとかに行けばフレンド申請する機会だってあるよ。ま、誰かと距離を詰め過ぎちゃうと目立っちゃうかもだけど、双方合意だって分かれば皆もそんなに気にしないしさ」
そう言ってから、ムロトはごく自然にフレンド申請を豆腐に送りました。
「まあ実はミズナラくんからさ、インスタンス内で居場所が無さそうな初心者さんが居たら、案内してあげてってお願いされてるんだ。昔、ミズナラくんの知り合いが不登校だった頃、復学しようとして色々苦労してたのに何もできなかったのを後悔してるからって言ってさ」と、油断していた豆腐には心臓が口から飛び出るような言葉を付け加えて。
それからツーショット撮影会の休憩時間が終わり、すぐにミズナラの周りに箱型アバターが再び集まってきたので、豆腐が一人消えたところで多くのユーザーは気にも留めませんでした。
そしてインスタンスを移動した豆腐のディスプレイには、ムロトからのフレンド申請が保留されたままでした。




