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ユニティ□キューブ!  作者: (仮名)
『転:天地創造RTA』
16/42

『バーチャルアイドル、ミズナラ』

 一つのコミュニティの中で、アイドル的な扱いを受けるユーザーというものは珍しくありません。


 人を惹きつけるような仕草や声音、人格とそれを創り上げてきた多様な経験、そういった“アイドル”たる素質を持つ人間がある界隈に居るとすれば、それは界隈内のファンにとって毎日が時間制限無しの握手会、動画ではなく3Dの存在が生放送されているようなものです。EDENをプレイしている四六時中の間、言葉を交わしたり身体の仕草が見て取れるだけでなく、相手の方から自分の身体(アバター)に働きかけてくれることもあるのですから。


 とある界隈ではフレグランス握手・ハグ会なるものが存在すると言われています。

 それは抱き枕や布団といった現実の家具に、その相手/バーチャルの人格が使っているとされるシャンプーや香水などで香りをつけて、握手やハグに添い寝といったVR上での行為と併せて枕を抱きしめたりすることで触覚と嗅覚さえも再現するというものです。

 それでなくとも実際に、相手の方もその香りを放ちながらVRで自分と握手をしてくれているのですから、その凄まじい臨場感と双方向性を知れば後戻りできない気持ちも分かるというものです。


 豆腐はその話を聞いてから、声を低めてニラヤマにこんな質問をしました。


「……ニラヤマよ、貴様は香水か何か使ってるのか」

「え、なんで私?使ってるけど」


 ミズナラが「ん゛っ」と小さく奇妙な鳴き声を上げます。


 豆腐が「それは、どの銘柄の……」と言いかけたところで「今回は、こちらのワールド遊びに来ています!」と元気に叫ぶ、ミズナラの声に遮られます。


 それは今ニラヤマ達の横で座っているミズナラ本人ではなく、彼らが眺めている先の動画プレイヤーから聞こえてきました。画面の中のミズナラはどこか見覚えのある、薄暗くて雑然としたアパートの一室に立っています。


「まさかミズナラくんがVtuberになるとはねぇ」


 少し離れたところで見ていたムロトが面白そうに言いました。


「そう?前から向いてるとは思ってましたよ」


 そうニラヤマが言っているうちに、画面の中のミズナラは部屋の扉を開けてアパートの階段を降りて行きます。


「アパートの一室から外を創ったのだな」

「前から作ってはいたんだけど、調整中だったからEDENには上げてなかったんだよ」


 車が辛うじて一台通れるくらいの細い路地に出たミズナラが、等間隔で並ぶ街灯が照らしている黒々とした夜の雲を見上げる横顔がアップになります。両脇では何の変哲もないコンクリート製の建物がブロック塀を隔てて立ち並んでいて、街の光に照らされた地平線に黒くて四角いシルエットを浮かび上がらせているのが見えます。


 ミズナラは前にもワールドに来たことがあるらしい素振りで路地を進んでいくと、さっきまでいたアパートの方へと振り返ります。


「ちゃんとアパートの部屋から、外を見ることができるようになってるんすね」


 そう言うと同時に、アパートの室内から、路地に立ってこちらを指さしているミズナラを写す構図に切り替わります。抜群のカメラワークで撮っているのはワールドの方々に置かれた透明な豆腐、もといミズナラの『知恵の実』による豆腐の分体でした。


「僕は大きなイベントや皆の居るインスタンスで過ごした後、ふと寂しさを味わいたくなった時ここに来たいですね」


「目の付け所がいい、ちゃんとVR-EDENをやり込んでいるとコメントされておるぞ」とコメント欄を読み上げる豆腐に「別に読み上げなくてもいいよ」とニラヤマは気のない返事をします。


「彼らは皆で見ているものを良いと言ったり、起こった出来事を文字にして実況することでしか、他の視聴者やミズナラたちと繋がることができないんだね」

と、ともすれば火種になりかねないことを言ったニラヤマに被せるようにして、ミズナラは「ワールドを製作したニラヤマさん達から頑張ったところを聞いてるんだから、目の付け所が良いのは当たり前なんですけどね」と慌てたように言います。


 ミズナラは道を進んでいくと、街中に建った教会らしき建物が見えてきます。


 建物の前まで来たミズナラが扉をノックする素振りを見せてから、カメラが扉に貼られた張り紙を写すようにミズナラの一人称視点に切り替わります。その張り紙には今週の金曜にここでイベントが開催される、という旨が書かれていました。


「この先のエリアは今週の金曜に開放されるみたいです。僕もその時は見に行きたいと思っているので、当日は皆さんも会ったらよろしくお願いしますね」と画面の中のミズナラがカメラに向けて笑顔で手を振ってから、チャンネル登録のお願いといったお決まりの映像に移り変わります。


「そういばこの日って、例の正式サービス開始の一日前ですよね」と、同じ場に居合わせたユーザーの誰かが口を開きます。豆腐の“お告げ”が行われるのは正式サービスに際して、今までの創作物や繋がりが一掃されると預言した日の一日前でした。


「製作ワールドを非公開にしたり、アカウントを消してEDENを“引退”するに至った経緯を“お気持ち表明”するのは珍しくもないですけど」

「引退はともかく、関係ない人たちからすれば行きつけのワールドが閉鎖されたって怒りが、そうさせた大元の原因へ向けば体のいい報復になりますから」

「でも悲しい気持ちにさせた側が悪いことしてる自覚がなかったりして、そうやって何かしないと周知されないパターンも結構あるけど。流石にEDENの運営がどうこうするって言われても、にわかには信じがたいよね」


 ワールドに居る他の人間の会話を聞きながら、豆腐はこうなった原因であるムロトやミズナラ達に提案された“計画”を思い出していました。

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