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ユニティ□キューブ!  作者: (仮名)
『承:どこでも行けるバベルな世界』
15/42

『退屈からの逃避行!あなたと私の失楽園[ロストエデン]』後編

「豆腐が“今回の異変”の首謀者として泥を被る、まあ妥当な願いの叶え方だな」

とニラヤマは空を見上げながら独り言を言います。


 ニラヤマは新しい契約者の“契約の箱”よりも、その使命の対価として叶えられる願いこそが“カナン”を滅ぼして、理想郷を創り直すことの障害になると考えていました。

 だから新しく豆腐と契約を結ぶ相手には、なるべく早い段階で願いを使わせておきたかったのです。


 けれど願いをどういう風に叶えるかは豆腐の裁量であることを、ニラヤマは知りません。そして巨大化した豆腐が取った行動は、ニラヤマの予想と全く異なるものだったのでした。


|《全てのVR-EDENの最後が、わが主の前に来ている。ソーシャル欄が行き来する手段のないプライベートインスタンスと、そこにしがみつくしかないユーザーによって満ちることで、新規ユーザーの行く先が閉ざされているからだ。

それで運営(かみ)はお決めになった。全ての非公開ワールドやプライベートインスタンスを撤去するため、VREDENにアップロードするデータの共通言語である、SDKの互換性を切るアップデートを起こそうとしている》


 宙に浮かんでいた豆腐の本体はどんどん膨張して、逃げ惑うユーザーごとワールド全体を呑み込んでいきます。

 巨大化してワールド全体を覆った正六面体の内側で鳴り響くのは、ほとんどのユーザーにとって聞き覚えのない豆腐の声でした。


「な、なんですかその“お告げ”って!?」

と、災厄について教えられていないミズナラが預言の内容に驚きます。


「我がEDENに踏み入れる前日、夢で見たものだ」

と豆腐が大真面目に答えたので、ミズナラは素っ頓狂な声で返します。


「ちょっと、それマジで言ってるんすか!?」


 今回ばかりは、嘘ではありませんでした。


「我はEDENに満ちた不平や不満から、どのような“災厄”が引き起こされるかを預言することができるのだ。貴様が離れた位置の声と映像を繋ぎ、ニラヤマが破壊を司ることができるようにな」


 そしてニラヤマは「預言にかこつけて、私の願いもバラそうとしてるな」と気付きますが、このワールドに起こった異変はどう見ても豆腐が引き起こしたもので、行われている預言を止める手段はありませんでした。


|《しかし、運営はユーザーと契約を結ぼう。ユーザーは自分のためにUnityキューブとスタンダードシェーダーからワールドを作るのだ。ワールドには複数の部屋をつくり大人数が混ざり合うことなく滞在できるように、そして招待限定か全体公開のインスタンスのみを建てよ。そして離れ離れになりたくない自分のフレンドたちと、全てのゲーム制作ソフトからなる自分の作品を持って、自分たちで作ったワールドの門戸を互いに開くのだ》


 そして豆腐がその預言を行った直後に、インスタンス内のユーザー達はEDENを起動した時のスタート地点である、招待限定のホームワールドへと強制的に移動させられていました。


 その不具合が起こったのはニラヤマ達の居たインスタンスに限った話ではなく、それから2~3時間の間に友人限定と友人交流のインスタンスが建てられなくなる現象が発生していましたが、それとUDON毛刈りのワールドに起こった『災厄』を結び付けて考えられるのは、まだ豆腐とニラヤマ達を除けば多くは居ませんでした。


 そしてニラヤマがホームワールドに設定していた自室の招待限定(インバイト)には、豆腐となぜかミズナラの姿もありました。


「これから先、我は貴様が行く先々に災厄を引き起こす預言者として現れて、貴様が変えたいと望むものを悪徳として()()()預言を行おう。

災厄を預言した上でそれが起こることを止めなければ、我が災厄の主であると信じられるのは容易いのだからな。そして災厄を引き起こしたとされる悪徳を人々が改めるようになれば、実際のコミュニティを滅ぼさずとも今居る場所を理想郷に近付けていけるだろう。それが貴様の願いを叶えるための手段だ」


 勝手にお告げを行ったことに問い質すニラヤマに、豆腐は宣言します。

 

「そんな方法で叶えてくれって頼んだ覚えはないんですけど?」とニラヤマに“毛刈り棒”を突き付けられながら、豆腐は怯むことなく

「言ったであろう、我には相手の心を読み取る能力があると。我がお呼びでないというのなら迷惑ユーザーとしてブロックするか、そうでなくても別のワールドに移動してしまえば良いのだ。ニラヤマよ、我が初めてEDENに訪れた時、お前だけがそうしなかったのだぞ」と言い放ちます。


「貴様は出会った時、仮想現実に来たからといって、仮想現実にしかないものを求めなくてはならないわけではないと言ったな。ならばニラヤマよ、お前は嫌いなものが滅びていく様を見るためにVR-EDENに踏み入れたのか!?」


 豆腐はひとしきり問いかけてから、固唾を飲んでニラヤマを見守ります。

 

「豆腐さんは、それで良いんですか?」


 そして沈黙を破ったのは、二人のやり取りを聞いていたミズナラでした。

 

「自分のせいではない不具合やバグを、自分が起こしたことにするんでしょう?僕やニラヤマさんのアクセサリーに変装していないと、もう二度とどこにも行けなくなってしまうんですよ」


 心配そうなミズナラの声に鼻を鳴らしてから、豆腐は答えます。


「ふん、相変わらず他人の心配ばかり……我が取り戻したい信仰の対象は、我自身ではないと思い出したのだ。ただ我の信ずるものが肯定される場に立ち会えるなら、我自身はどんな扱いを受けても構わん」


 豆腐の言葉を聞き終えたミズナラは「……そうですか、分かりました」と呟いて、ネックレスを両手で握りしめます。

 すると淡く輝いた立方体のネックレスが、その六面の全てにEDENの景色を映し出しました。


「この場所は……」と豆腐が思わず呟きます。


 その中には荘厳な建造物に、満天の星々や花火のように光が舞い散る中、敬虔さに満ちた衣装のアバターが言葉を交わすことすら必要とせず、他のユーザーたちと美しい景色や音楽を楽しんでいる景色もありました。


「この中にあなたの見たい景色があるのなら、僕はそこに案内することができるかもしれないです」と、ミズナラは“契約の箱”に見とれている豆腐とニラヤマに言いました。


「僕は今まで色んな人に楽しいものを見せてもらって、けれど何も創っていない自分では返せるものがないんだって思ってました。だから、せめて人からは嫌われないようにって考えて、一つの場所から動こうとしなくなっていたんです」


 そう言うとミズナラは、ムロトと個人的には今もフレンドであるけれど、互いのフレンド同士で争いが起こるのを避けるために、あまり同じインスタンスには居ないようにしようと、二人で取り決めていたことを話しました。


「だけど僕が色んなEDENの楽しみ方を知っていれば、これからEDENに訪れた人が居づらさを感じていた時に、それ以外にも楽しい場所はあるんだって行き先を示せるかもしれない。それが豆腐さんの言っていた“祭司”って役目なら、僕もあなた達の知らないEDENに行くことを手助けしたいと思います」


 かつて全ての人間が神を信じていた時代、神からの声を聴いた預言者たちに付いて儀式を司り、大衆に言葉を伝えた役職がありました。


 彼らは“祭司”と呼ばれて祝福を与えられることもなく、しかし人々を導くという預言者の役割において、決して欠かすことができない存在でした。

 そしてVR-EDENという何を創るのも自由な世界で、彼らは“何もしていない人”と呼ばれたり自称しながらも、人々を繋いでいくことで同じ役割を果たしているのでした。


 ニラヤマはEDENを滅ぼすことのできる毛刈り棒を消すと、ミズナラが掌に乗せたネックレスへと手を重ねます。

 ミズナラの跳ねる心を汲んで赤く輝くその立方体は、自分のまだ行ったことがない理想郷(エデン)という、禁断の知識を与える知恵の果実のようでもありました。


「そうだね……遠慮するのは()()()ない。嫌なことを我慢して裏で愚痴を言ったりだとか、周りを敵と味方に分けて味方を増やそうと学級会を開いたり、そんな下らないことに時間を費やすのは私の役目じゃない。そして多分、ミズナラでもないんだよ」


 ミズナラの願いは“ニラヤマと二人で色んな場所を見て回りたい”ということだけでした。

 後から豆腐がそれだけで良かったのかと聞いた時、ミズナラはこんな話をしたのです。

 

 仕事帰りにビールを開けて、まだ眠くはないが建設的なことをやる体力も残ってない。外出しても店は開いてない時間だが、無性に人寂しくて話し相手が欲しい。生身の人間と会うことすらも怖いけれど、誰かに自分が存在していることを認識して欲しい。

 VR機器が普及するよりも前の時代、そういった孤独な人間たちは暗い部屋でベッドに横たわり、スマホの青白い画面をじっと抱いているしかありませんでした。


 けれど誤解を招きかねない淡白な文字列や、拡散力ばかり重視した記事を見ている代わりに、自分の望んだ通りの姿や美しい景色の中で会話したり、同じ空間に存在して身振りを交わすことだけで、誰かと繋がることができるとしたら?

 最初にVRSNSが普及していったのが技術の実験や交流場としてであっても、今に至るまで続いてきたのは人と繋がることに飢えた人間にとっての理想郷として求められていたからでした。


 その理想郷の名前を、誰かは『終わらない放課後』と呼び表したのだと。


「……どうしてニラヤマさんは、そういう風にしてくれるんですか?」

「私にとっては一人しか居ない、大切な友達だからね」


「そう……そうっすよね」と言ってから、ミズナラは息が詰まったように途切れ途切れの息を吐きます。


 ヘッドセットを通した現実の世界で、生身のミズナラが泣いているのか笑っているのか豆腐には分かりませんでしたし、きっとニラヤマはそれを分かろうともしないのでしょう。


 ニラヤマは見知った楽園(エデン)という場所から逃げ出した先の、また別の知らない楽園(エデン)の景色しか見ていませんでした。そしてミズナラは、そんなニラヤマの横顔ばかりを見つめているのです。


 豆腐はそんな二人を眺めて、想いが遂げられることはなくとも、会いたい人と同じ空間に居ることができるというのも、ミズナラが現実の“放課後”に置いてきた時間なのかもしれないと思いました。

読んでいただきありがとうございます。今回の話で第二章は完結となります。

現在、次章を鋭意執筆中ですので、ブックマークなどしていただけると励みになります。

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