クロッキー〜幸せな1日〜
「あ、クロッキー!」
「ほんとだ!2台目!」
初夏7月の帰り道。友だちの歩海と美来が郵便局の軽自動車を見て騒ぐ。
「…何?クロッキーって。」
私がそう聞くと、2人は目を見開いた。
「えっ、メグ、知らないの?クロッキー」
「黒地に黄色いナンバーの、車のナンバープレート!3台見つけると、その日1日幸せになれるんだってぇ!」
おまじない好きの美来が頬を両手で包んで飛び跳ねる。
信号は、赤。車の邪魔にはならなそうだ。
「…その日1日?」
「あ、でもさっ、願い事すると叶うっていう説もあるらしーよ!私だったら、絶対県総体優勝するって願うし!」
歩海は笑う。
歩海はバスケ部の1年生で、学年唯一のレギュラー。
プレッシャーもあるせいか、誰よりもいいプレーをすることを日々願い、トレーニングや練習に励んでいるらしい。
レギュラー落ちした先輩からは妬みの視線が歩海に向けられるけど…歩海は、めげない。そんな強さに、密かに憧れてる。
「私は、大翔君と両想い…かなっ♪」
また跳ねる美来。
大翔っていうのは、美来と同中出身の男子。
高校に入学してから、一度も学校に来ていないらしい。
美来は毎日のように、「大翔君が来ないんなら海宮高校受けた意味ないしぃ!」と嘆いている…
私は海宮中学校出身で大翔って人と同中出身じゃないけど…私的に完全100%、不登校だと思うんだけど、あえて言わないでおく。
ていうか、その日1日限りの幸せだったら、1日しか両想いになれないんじゃん?美来。
「んで、メグは?」
2人がハモッて私に聞く。
「…とりあえず、成績の1位温存…かな。」
「え〜っ!つまんなぁい!メグ、好きな人とかいないのぉ〜?」
「いないよ。」
さらっと答えるけど…ほんとはいる。
でも、冷やかされるのが怖くて、打ち明けていないんだ。
「って、あっ!クロッキー3台目!」
車道の信号が赤になり、止まった車の中で2人がクロッキーを見つける。
…あ、ほんとだ。黒地に黄色いナンバー。〒という記号がついてて…やっぱ、郵便局マークだった。
「お願い事、お願い事っ!」
歩行者側の信号が青になるけど、クロッキーに向かって手を合わせてお願い事をする2人…
クロッキーの運転手は、少しキョドッてた。
「歩海、美来っ!いくよっ!」
まだお願い事をしてる歩海と美来を掴み、点滅してる反対側の信号に向かって猛ダッシュした。
クロッキー…か。おもしろそうだな。
翌日、朝。
私もクロッキーを探すべく、登校中に車道側ばかりを見る。
…でも、なかなかクロッキーは見つからない。
ま、しょうがないか。珍しくなきゃ、意味ないしね。
結局、今朝は1台しかクロッキーを見つけれなかった。
「惠夢!」
後方から、声が聞こえて振り返る。
「拓海先輩!おはようございます!」
自然とワントーン声が高くなって、テンションも上がった。
「おはよ!今日、昼休みに生徒会議室集合だから、井坂にも言っといて!」
「あ、はい。分かりました!」
そう答えると、子どもっぽい笑顔を見せる先輩。
彼が、私の好きな人。小原拓海先輩。同じ生徒会役員だ。
ちなみに私の名前はおばあちゃんがつけたらしいので、「恵」が旧字体の「惠」ってなってる。
生徒会役員が一体となるため、名前で呼び合え!という先生からの命令で、拓海先輩って呼ばせてもらってる。
名前だし、先輩付けでもいーよね?
「ていうか惠夢の髪って、めっちゃサラサラ!ストパーとかあててる?」
いきなり、拓海先輩が私の髪に触れてくる。
一気に顔が熱くなり、慌てて俯いた。
「あてて…ないですけど、親の地毛がまっすぐだから、遺伝したんだと思います!」
「遺伝かぁ。いいなぁ。俺、結構クセ毛。朝起きたときとかヤバいし!じゃっ、俺、先生に呼ばれてっから!」
ニカッと笑って、拓海先輩が去って行った。
顔が赤いこと、悟られてない…よね?
それから、生徒会本部役員との話し合いがあって、5・6時限目の休み時間も話し合い…
「あ〜、今日もクロッキー3台見つかるといいな!」
6時。歩海と美来と下校する時間になってた。
2人と同じように、私も車道側をガン見しながら帰る。
今朝の1台はカウントせず、また最初からスタート、って形で始めた。
「見つかんないなぁ。クロッキー…」
歩海と美来はもうお疲れモード。
私も、ビュンビュン走る車をガン見してて…疲れた。
そのせいか、なんだか暑い。
「ね〜、サーティーツー寄っていかない?暑いしアイス食べよーよ。」
「あ、いいね!私も暑かったぁ!」
「私はダイエットしてるからパスる〜」
2人の了解(?)を得たところで、横断歩道を渡ったすぐの所にある、サーティーツーに向かう。
…と、その時、見つけた。
「…あっ!クロッキー、見つけたっ!」
1台、隅っこに駐車してあるクロッキー。
ちょうど私の声とトラックの走行音がリンクしたためか…歩海と美来には伝わってない。
…ま、いっか。
「ふは〜!ウマッ!歩海、一口ならあげてもいーよぉ?」
「いや、ほんといいって!マジ体重ヤバいし!」
アイスを押し付けようとする美来と拒む歩海。
そんな2人を見ながら、2段重ねのアイスにのってるクリームを食べた。
美来はまじない部唯一の1年生メンバー。
歩海はバスケ部で唯一の1年生レギュラー。
そして私は、1年生の中で男女各1名しか選ばれない、『生徒生活及び生徒関係調整科』という名目の生徒会本部役員の一員…
ちなみに『生徒生活及び生徒関係調整科』というのは、学年内で起こった生徒同士のいざこざを修正させる、という役目を担ってる。
その科に入るには、『強い正義感・学年10番以内の優秀かつ良好な成績・生徒からの信頼』この3つが揃ってないと入れないらしい。
3人とも、普通の女子高生なのに、結構スゴいなぁ。と度々思う。
サーティーツーから出て、再び車道を見ながら帰路を辿った。
「あっ!1台目発見っ!」
美来の声と指先を辿って、私にとって2台目のクロッキーを見る。
「あと2台かぁ〜。過酷っ!」
歩海は一層目を見開いて探してる。
私は…残り1台。
…2分後ぐらいかに、前方からやって来たクロッキーの存在に気づいた。
「……あっ!」
声をあげ、3台目のクロッキーを見る。
そしてすぐさま、お願い事をした。
…それは、成績1位温存…じゃなくって。
“拓海先輩と、両想いになれますように。”
「お願いしちゃったよ〜」
帰宅し、すぐにベッドにダイブして赤い顔を枕に埋める。
叶うといいな……
って私、実は超乙女じゃん??
なんかハズい…でも、なんか嬉しい。
次の日。いつも通り学校へと向かった。
商店街の中を通っていくんだけど…その商店街で、見知った顔を見た。
「あれ?西院さん?咲良ちゃんだよね?」
同じ学年の、西院咲良。頭にリボンつけてる3人組…通称リボン族の1人。
黒いニット帽子を被ってる男の子に向かって笑いかけている。
「咲良ちゃん!」
大声で呼ぶと、咲良ちゃんは気づいて私の方を見た。
「あ、惠夢ちゃん…だよね?」
「うん。どうしたの?学校は?」
「あ〜、今日サボるぅ!彼氏とデートなんだぁ♪」
そう言い、彼と腕を組む咲良ちゃん。
彼はというと…
「彼氏じゃねぇし。」
ボソッと冷たく言い放ち、そっぽを向いていた。
あれ?照れてんのかな?それとも咲良ちゃんの思い込み?
まぁ、どっちでもいいけど…
「へぇ〜…彼氏、なんて名前?」
「大翔だよん♪ね〜大翔っ!」
「…だからなんなんだよ。」
へぇ。大翔って名前なんだ。
…ん?どっかで聞いた気が……
“「私は、大翔君と両想い…かなっ♪」”
美来の言葉を思い出す。
「えっ、もしかして……」
あの大翔って人が、この人!?
驚いて、目の前にいる黒いニット帽子を被った彼を凝視する。
「…何ですか。」
眉をしかめた無愛想な顔。低く冷たい口調…やっぱ同名?
美来なら、軽そうなギャル男を好みそうなんだけど…(失礼。)
まぁ、この大翔って人もかなりのイケメンだけどね。
「…いや、なんでもない。んじゃ、楽しんでね!」
「ありがとぉ惠夢ちゃん♪」
その2人と別れ、私は学校へと急いだ。
…うん。大体さ、おサボりデートなんて同じ高校の人としかできないはずだし…
しかもあんなに顔綺麗だったら、不登校なんてなるはずないし。
「惠夢っ!」
「わっ」
悶々(もんもん)と考えてて、目の前から近づいてきていたらしい拓海先輩の存在に気づかなかった。
「おはようございます、拓海先輩。」
「おはよっ。で、朝っぱらからいきなりで悪いんだけどさ、放課後ちょっと付き合ってくんない?」
…え?
いきなりのお誘いに、硬直する。
「あ、変な意味じゃないから!んじゃ、ヨロシク!!」
それだけ言って私の肩を叩き、拓海先輩は2年教棟へと走っていった。
…これって…
「デートッ!?」
火照る肩を抑えて、叫んだ。
いや、デートじゃないけど……これってデートに等しくない!?
…放課後が待ちきれないし!
午前中の授業。昼休み。午後の授業…ずっと私はソワソワしてた。
「メグ〜。どーしたの??落ち着こうよ!」
「え?落ち着いてるよ〜」
…だけど、顔はニヤケっぱなし。
だってさ、放課後付き合ってって言われたんだよ!デートっしょ、これは!!!
…この嬉しさを誰かに伝えたいけど…伝えれない。このもどかしさが、逆に私のテンションを上げさせる。
やっぱクロッキー3台みたからかなぁ…
―――…
いよいよ、待ちに待った放課後…
「惠夢っ!」
校門で待ってると、後ろから拓海先輩がやって来た。
「拓海先輩、どこ行くんですか?」
冷静を装って、笑顔で先輩に聞く。
「んっと、商店街の中で、アクセ系で惠夢がオススメするとこ!」
…私がオススメするとこ??
「アクセ系?」
「…ら、来週、妹の誕生日でさ〜、プレゼント選ぶにも俺男だし、女の趣味って分かんないから…惠夢なら分かるかな〜って思って。」
い、妹想いだなぁ、先輩…っ!
私は先輩の妹想いなところに感激しまくりだった。
「そうなんですか〜。めっちゃ可愛いお店知ってます!」
「マジで!?さっすが惠夢!…てか俺、シスコンだって思わない?」
「思いませんよ〜!」
「よかった!」
パッと笑顔になる拓海先輩。
あ〜、ほんと、この笑顔好きだなぁ…
幸せの海にどっぷり浸かってた私は、気づかなかった。
拓海先輩が、辺りをしきりにキョロキョロしてることに……
商店街。同じ制服の人や違う制服の人がたくさん行き交っていた。
「ここです!」
着いた店は、「LOVE・MAGIC」っていうアクセ屋さん。
結構可愛い系やカッコいい系のアクセが揃ってる、オススメの店。
「…な〜惠夢〜。女って誕プレ、どういうのが欲しい?」
リボンやブレスレットを見て、拓海先輩が眉をしかめる。
…本当に妹想いなんだなぁ。
「妹さんの名前、なんていうんですか?」
「えと…優海だよ。」
優海ちゃん…かぁ。海つながりだね。
「じゃあ、優海ちゃんは体の部分で言うとどこが魅力的ですか?」
「ん〜っと……手首、かな。」
「じゃあ、ブレスレットがいいですよ。たとえば、このリボンがついたのとか可愛いし、チェーンはカッコいいし…」
「あ、なるほど〜。」
そう呟き、拓海先輩は可愛い系のブレスレットを次から次へと持って来て、私の前に並べる。
「ん〜…どれがいちばん可愛いかな…」
なんて、真剣に考えてる横顔。
時々緩む笑顔。
見惚れてしまった。
…なんか、もう、ずっと一緒にいたいな…
…なんて、蕩けたことを考えてると、ケータイが鳴った。
『メグ〜!先帰っちゃうよぉ?』
美来からのメール。
『ごめんっ!急用できたから先帰るぅ…』
すぐに返信して、ケータイを閉じた。
「な〜惠夢〜。この2つだったらどっちがいいと思う?」
「え?どれですか?」
先輩に呼ばれた私は、ケータイを台の上に置いた。
ブレスレットと、「ネックレスとかあんま持ってなかったかも。」ということで、ネックレスを購入した拓海先輩は、笑顔で店を出た。
「ありがとな惠夢っ!マジ助かった!」
「いえ、私はアドバイスしただけで何も…」
「それが効いたんだって!あ、あと、これお礼っ!」
そう言い、拓海先輩が投げてきたものをキャッチした。
「…飴玉?」
何種類かの飴玉が入った、1つの可愛い袋。
「そ。惠夢、学年1位頭いいし、生徒会の役員じゃん?だから毎日頭使ってカリカリしてそうだから…たまにはそれ食ってリラックスしてみ?」
「カ、カリカリって…それに私、そんなに勉強してませんよ?…でも、ありがとうございます!」
と言いながら、バッグに飴玉を入れた。
…多分、今、人生の中でいちばん幸せ。
「それじゃ、私この道なんで…」
「お、そっか。じゃ〜な!また明日!」
「はい、さようなら!」
名残惜しい気もするけど…笑顔で先輩に手を振った。
先輩も振り返してくれて…嬉しかった。
「あ〜も〜、ほんと幸せ…」
小さく呟き、帰路を辿る。
…ふと、気づいた。
「……あ。」
…ケータイ忘れたじゃん。私。
たしか、あの台の上に置いて、そのまま…
「ヤバッ。窃盗とかされてなきゃいーけど…」
すぐさま、道を引き返した。
『LOVE・MAGIC』に行き、店員に尋ねると、
「落し物のケータイなら、ここにありますよ。」
そう言われ、ケータイを渡された。
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ。今度からは気をつけてくださいね?」
「はい!」
威勢良く返事し、すぐに『LOVE・MAGIC』を出る。
商店街を出て、ふと左の方向を見ると…拓海先輩がいた。
「あ、拓海先ぱ……」
…すぐに、気がついてしまった。
―――拓海先輩の隣に、女の人がいること。
「え、これ、誕プレ?」
誕プレ…じゃあ、あの女の人は妹?
…だよね。背、私よりちっちゃいし…145センチぐらいだよね、たぶん。
「そ。後輩にちょっと付き合ってもらったんだ。」
「え〜、浮気ぃ?」
「そんなんじゃないよ。それより、やっぱ似合うね。そのブレスレット。」
「えへっ♪だってたっくんが選んでくれたんだもん!嬉しい!ありがと〜!」
拓海先輩をたっくんと呼ぶ、その女の人。
その女の人は拓海先輩の首に腕を回し…キスをした。
「っ……」
思わず物陰に隠れてしゃがむ。
「夏姫、ここ人いるじゃん。」
「いいの〜♪」
夏姫……優海って名前じゃ、ない。
あのブレスレットとネックレス…夏姫さんにあげる予定だったんですね、拓海先輩。
夏姫さんっていう、彼女に……
…彼女、いたんだ…
気づいた。先輩が、辺りをキョロキョロしてたこと。
妹の体の部分で魅力的なところを普通に答えたこと。
普通なら、答えるはずないってこと。
選ぶときの真剣な顔…夏姫さんのことを想ってたってこと。
選ぶときのふとした笑顔…夏姫さんのことを想ってたってこと。
涙が、目に溜まってきた。
拭って、見上げる。
柱時計が掲げられていて…6時10分を指していた。
“「えっ、メグ、知らないの?クロッキー」”
“「黒地に黄色いナンバーの、車のナンバープレート!3台見つけると、その日1日幸せになれるんだってぇ!」”
その日1日。24時間。
3台目のクロッキーを見てから、今、24時間が経った直後だった。
「その日1日幸せになれる……」
たしかに、今さっきまで幸せだった。
でも、今は……
今は…
「ずっと大好きだよ、夏姫。」
大好きだった拓海先輩の声さえ、切なく私に響く。
昨日見かけた3台のクロッキー。
幸せな時間を、ありがとう。
多分、もう、忘れない。永遠に私の中で繰り返される時間……
…ずっと大好きだよ、拓海先輩。
ねぇ、知ってる?
黒地に黄色の文字の車のナンバープレート。
3台見かけると、その日1日だけ、幸せになれるんだって。
…その日1日が過ぎたら、どうなるか分からないけど…
どうかそれ以降の日々も、幸せでありますように。
さりげに『海と想いと君と』に出てくる人物も登場してしまいましたが…(^^;)
クロッキーは、私が所属する部活の中で流行ってるワード(?)です。
ただのジンクスでしょうけど…もしかしたら、という設定で書いてみました。
拓海君…罪な男ですね(苦笑)
何故妹の誕プレ、だなんて嘘ついたのかは…ちょっと秘密にしておきましょう(笑)
クロッキー〜幸せな1日〜本作から、このあとがきまで読んでくれたあなたに感謝します。ありがとうございました!