そして私は思い出す
「それが騎士を目指す身体か!恥を知れ!」
騎士に向いてないのは自覚していた。趣味は食事…その結果、裕福でもないのに贅肉ばかりのこの身体では鍛練についていくのは厳しい。人より大きめの防具は当然人より重く、ますます周囲について行けない。
それでも騎士課程に進むしかなかった。子爵家の三男に生まれてなければ別の選択肢もあっただろう。長男なら、あるいは次男でも次期当主の控えとして貴族課で貴族としての役割を学んでいただろうし、名声のある公爵家や侯爵家であれば芸術の守護者であったり商会を立ち上げるといった道もある。しかし、事業を立ち上げるにも子爵家では三男にそれほど人員をつけられる訳もなく、自立するには仕官するしか道はなかった。
教官の放った右ストレートは教官自身の焦りでもあった。卒業生の評価は彼自身の評価に直結する。最低限、騎士団の扱きに耐えられる土台にまで育てて送り出すのが彼の使命。しかし、この生徒は向上の気配もなく…「なんだったらドロップアウトしてくれてもいいんだぜ?」くらいのやけくそ気味に力の入ったストレートだった。
綺麗に顎に決まった衝撃に私は思い出す。私は異世界に転生してきたんだと!
私は異世界に転生した。転生前はごく普通の高校生で、なぜ私が選ばれたのかは判らない。当時はただ、女神に請われて有頂天だった。転移か転生のどちらか自分で選べるという。さらに転生の場合は生れたて時から意識があるパターンと成長してから思い出すパターンと選べる。いくつか有用なスキルを貰ってスタートする転移と、高い素質を持って生まれる転生、私は生まれた時から意識があるパターンの転生を選んだ。最初から計画性を持って育成した方が強くなれそうだし、転移だと最初はボッチだ、そこで縁に恵まれないと躓いてしまうと思ったからだ。
呼吸が出来ない!焦ってもがいて、もう駄目だと思ったその時光が差して空気が肺に送り込まれ、私は産声をあげた。よく見えないが気付けば柔らかい布に包まれ、転生したという実感が湧いてきた。さぁ、これからだ!私は意識して手足を動かし続けた。赤子の体力ではすぐに疲れてしまうが、積み重ねが大事だ。そして魔力だ。存在自体を感じとるのに手間取ったが、これも疲れ果てるまで魔力を動かし続けた。これでロケットスタート出来るだろう。
元が高校生だからか、合法的におっぱいにしゃぶりつける事実には歓喜しかなかった。精神は赤子にはならなかったようだ。そして、記憶を引き継ぐ、その残酷な意味に思い至らなかったのだから、最初の2、3日は幸せだった。
また母乳か。飲む前からゲップが出そうだ。たぶんハンバーガーとかなら1週間でも食べ続けられると思うけど、母乳は無理だ!あぁ、カレーが食べたい、焼肉が食べたい、味噌汁が飲みたい!この舌は赤子の物だけど、覚えているんだ、昔の味を。これ後どれくらい続くの?少しくらい別の味が恋しいな。なぁママさん、ちょっと授乳前に海水浴でもして身体拭かずにしゃぶらせてくれないかな?まぁ、無理だよね。絶望した瞬間、フッと全てが暗くなった。
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私は確かに転生した。転移か転生か選ばせて貰えて、転生を選んだけど、小さい頃の記憶がないって事は成長してから思い出すパターンか?転生してからやたら食いしん坊になってるんだが?なんだろう、この食への執着心は?それ以外に見るべきものはなさそうだ。なんで生まれた時から鍛練する方を選らばなかったんだろう?絶対今よりマシだろう?駄目だ、そこは思い出せない。
お目通しありがとうございました。一時の暇潰しになれたなら幸いです。