熱血か冷血か
心が熱い人、熱血はよく人から疎まれる事がある。俺だって何度も人に冷たい視線を向けられた事があった。
だが、俺だって人に冷たい視線を向けない事はない。顔には出さないものの、体育教師の紀伊先生の暑苦しさに関しては、どうにかならないのかと思う。
結局熱い方が良いのか、冷たい方が良いのか、俺はよく分からない。ただ、自分が熱くなった方が、男子のみんなに関して言えば上手いことまとめられる気がする。
今日は体育だ。俺は真っ先に体操服に着替えて、男子を引き連れてグラウンドに向かう。今日は基礎体力テストの五十メートル走だ。みんな気合を入れてくるに違いない。
グラウンドに出たみんなは、いつもより気合が入ってる。俺はそれを後押しするように声を掛けた。
「よっしゃ気合入れて行くぞー!」
「おお!」
男子達は俺の問い掛けに答えるように拳を挙げ、普段以上に体操を念入りにする。
その後、紀伊先生に呼ばれて背の順に並び、白線で引かれたコースの前に立った。
「みんな気合入ってるな!この結果は今後の授業にも大きく関わって来るから、頑張ってくれよ!」
そして、コースを試しに走った後、女子から順に走り始めた。
一組の体育委員の俺と飯田、それから二組の体育委員の山寺雅紀と天野奈江が測定係で常にコースの近くに立っている。その合間に、ふと飯田が俺にこう言った。
「凄いね、男子をここまでまとめられるなんて…」
そう言われても、あまり褒められたような気がしなかった。
みんな俺が“いつの間にか”リーダーになっている事を何も疑問に思わない。俺は、変わる気があるなら変わっても良いと思っているのに、誰もそれを言い出さないのだ。俺はそれを飯田に言い出さない代わりに、飯田から目を反らした。
そして、遂に体育委員四人の番になった。皆ハイレベルの走りを見たいのだろう。特に、天野は陸上部のエース候補として注目されている。いくら女子相手だと言っても油断出来ない。
俺はただ真っ直ぐにラインの上を見た。そして、身体を屈めてラインの上に手を乗せる。先生のホイッスルの音で一気に走り出した。短距離走の時はなるべく横は見ない。他の人の走りを見れば、自分を見失ってしまうかもしれないからだ。
そして、最後のラインを踏んだ後、剛也が握っていたストップウォッチを見に行った。記録は七秒五十八、小学校の時よりも更に縮んでいた。それは体育委員の四人の中でも一番早かった。体育座りでずっと見ていたクラスメート達は、何故か拍手をしている。
速く走った後に聞こえる女子の歓声も、はっきり言ってうんざりしていた。俺は恵まれていると感じながら、それをあまり表に出したくなかった。
「凄いな海斗!一位だぞ!」
そう先生に褒められても、あまりいい気にはならなかった。これはあくまで自分のテストであって、競争ではない。それを何故一番最初にテストと言った先生が分かってないのだろう。
結局俺は自分が熱いのか、それとも冷めているのか、よく分からない。昔から灯里と雪音と繋がっていたせいで、それ以外の女子になんと言われても、何も感じない。真司はよくこの女子が可愛いって話をするが、よく女子にそんなに興味を持てるよなって思う。
結果には満足しているはずなのに、どうも煮えきれない気持ちだった。記録が良かったのは、朝練の成果だろう。それなのに、何故俺は素直に喜べないのだろう。体育前半にあった俺の熱は、すっかり冷めていた。