プライドが高い先輩
日向丘中学校は、中学校の中でも比較的大規模な学校だった。クラス数は一学年五から六クラスあって、隣の中学校校区とかなり離れている。先輩に聞き込みをすると言ったとしても莫大な人数だ。どの先輩に聞くのが一番良いのだろう。
悩みに悩んで俺達が最初に選んだのは、三年生の中でも一番賢いといわれる先輩だった。その先輩はプライドが高く、先生にも嫌われているらしいから、その先輩を突き落とす為に何かを企んでいるに違いない。そう思った俺は、その先輩に会うためにパソコン部に向かった。
その先輩の名は、蓬莱傑、パソコン部の部長で、パソコンに関して言えば、ここの生徒では右に出る者は居ないとされる。蓬莱先輩は、コンピュータールームに上がり込んだ俺達を眼鏡越しに睨んできた。
「何?今忙しいんだけど」
「蓬莱先輩にどうしても伺いたい事があるのですが…」
蓬莱先輩は、渋々ながらも椅子から立ち上がって、俺達の所にやって来た。そして、冷たい視線を向けながら俺にこう言う。
「僕に何か用?」
「蓬莱先輩って、先生に恨まれた覚えってありませんか?」
「先生に恨まれた記憶?あり過ぎてどれか分からないよ」
「えぇ…」
俺は先輩のその台詞を聞いてうんざりしたが、何かを思い出したかのように、先輩がこう付け足す。
「でも、俺を疎ましく思ってた先生はことごとく居なくなったよ、約一名残ってなくはないけど」
「その先生って…?」
「それは言えないなぁ」
先輩はそう言った後、俺達を連れてコンピュータールームの中に入って行った。
コンピュータールームに入ると、眼鏡の先生が一人居る。技術科担当の大谷壮先生だ。大谷先生は、先生の中でも若い先生で、どんな事も器用に行う人だった。
先輩の様子を見ている限りでは、少なくとも、蓬莱先輩を疎ましく思っているのが大谷先生ではなさそうだ。もし、疎ましく思っているのなら、先輩ならすぐ部活を辞めて先生から離れるはずだ。
そんな事を考えている俺を横目に、先輩はパソコンを起動させてキーボードをずっと叩いていた。
「忙しいって、先輩何してたのですか?」
「自作のゲームを後輩に解かせてたんだ、勉強だけじゃ息が詰まるからね」
そう言って先輩が見せてくれたディスプレイには、見慣れない英文が羅列していた。パソコンのコードというものだろうか。一瞬パソコンが壊れているのかと思いきや、これは全て先輩が打ち込んだものらしい。
「数当てゲーム、この言語をある程度覚えたら出来る簡単なやつだよ」
パソコン部の先輩の一人が、真っ黒な画面を見ながら頭を抱えていた。余程難しいのだろうか、中々正解に辿り着く事が出来ない。
それを見ながら、雪音かふと俺に聞いた。
「そういえば、海斗ってパソコン得意だっけ?」
「苦手、あまり触らせて貰えなかったからな…」
俺は小学校のパソコンの授業がずっと苦痛だった事を思い出してしまった。
両親は、俺にパソコンやスマホといったデジタル機器をあまり触らせてくれなかった。どちらも、両親が仕事でよく使うので、俺が触るものがないのだ。今も俺は自分用のスマホもパソコンも持っておらず、あるのはゲーム機ぐらいだ。
「得意そうに見えるけどね、苦手なんだよ」
「そっか…、そういえば、大谷先生は図面とかをデジタルで書くって言ってたっけ」
大谷先生は、部員を見ながらプリントを整理している。技術科の先生は、三学年全員を見なければならないから、その負担は想像出来ないものだろう。
コンピューター部員はそれなりの人数が居たが、どの部員も静かに自分の事をしている。それだからか、大谷先生は自分の仕事に集中していた。
その後、俺達はコンピュータールームを後にした。
「今日はありがとうございました」
蓬莱先輩は、俺の事をチラッと見た後、返事もせずにディスプレイに向かっていた。俺達は、廊下を渡って教室に入り、話を始める。
「う〜ん、手掛かりが見つかったような、見つかってないような…」
「先輩を疎ましく思っているのが誰かは気になるけど…、他の先輩にも聞いてみよう」
調査をするのはまた来週、だが、それまでにやらなければならない事はたくさんある。勉強や体育委員の仕事をおざなりにすれば、この調査にも影響が出てくるだろう。俺はそう一人で必死になっていた。