謎の陰謀
大人が信じられないのは、今も変わらない。幼い頃に植え付けられた考えを変えるのは中々難しい。それだからか、中学校の先生を、人一倍警戒しているような気がする。入学してしばらく経った今でも、担任を始め、色んな先生を注意深く見ている。
体育委員は、他の生徒以上に先生と関わる事が多かった。委員の中のトップは委員長の長居先輩だったが、体育の連絡等で一年担当の体育教師である紀伊裕英先生とよく話す機会があった。
紀伊先生は、男子を積極的に引っ張る俺を“勝手に”見込んで褒めているのだが、どうもそれが皮肉のようにしか聞こえない。紀伊先生は三十代半ばの先生で、結婚しているかは不明だが、昭和のドラマから飛び出してきたかのような熱血教師だ。だが、相手を熱くする前に自分が熱くなっているような気がして、どうも独りよがりに見える。そんな先生は、野球部の顧問で、野球部員に関してだけ言えば、定評があった。
だが、俺は先生が褒めるのには何か裏があるのかもしれないと思い、どうも信用出来なかった。
今日も体育があった。体操服に着替えた俺と、もう一人の体育委員の飯田は、生徒達を並べて、グラウンドに出る。そして、ルーチンの校庭二周と体操、筋トレ、ストレッチを指示しながらこなす。その間に赤いジャージに竹刀をを持った紀伊先生が現れ、背後から指示を出す。だから何時の時代の先生だよ。
その後、紀伊先生は用意されていた白線の前に立ち、今日はシャトルランをするという話をした。小学校の時からあったものだが、中学校になっても、基礎体力テストというものがある。紀伊先生によると、一学期の水泳が始まる前は、これで成績が出るらしい。
紀伊先生は説明を手短に説明を終えると、早速シャトルランを始めた。走る順番は女子の後に男子が走るとの事、体育は二クラス合同の為、灯里と雪音、両方の姿が見えた。
そして、先生がテープの再生ボタンを押して、スタートした。最初は女子達全員残っていたが、だんだん体力が無くなっていくのか、次々に脱落していった。灯里も野崎も早いうちに抜けて、他の女子達も抜けていくと、最後は雪音と飯田の二人になった。二人共、結局最後まで走りきり、シャトルランは最高得点だそうだ。
その後、男子の出番になった。隣に何故か勝太が居るのが不服だったが、それを振り切るように走り抜いた。少し余裕があったので横を見ると、普段は五十かそこらで息が切れそうになる真司が、まだ走っている。そういえば、真司はテニス部でずっと走らされていた。そのお陰で体力がついているのだろうか、まだまだ頑張れそうだった。
そして俺は自身の最高得点を叩き出して、シャトルランを終えた。
その日の帰り、紀伊先生に翌日の連絡を教えてもらって帰ろうとした時、廊下の隅の方で誰かの声が聞こえた。
「例え他の人に憎まれても、やり遂げなければ…」
俺は慌てて廊下の壁に耳を当て、その次の言葉を聞いた。だが、その一言以外は、ブツブツした小言で、何も聞き取れなかった。一体誰の声だったのだろう。生徒なのか、先生なのかすら判別が付かない。
俺は教室に帰ってからも、その一言の意味をずっと考えていた。他人に憎まれてまでも自身がやり遂げなければならない事、それは一体何なのだろう。独りよがりな使命なのか、それとも学校を揺るがす陰謀なのだろうか。他人の事のはずなのに、どうもそれが気になって、頭から離れない。
「海斗、どしたの?」
灯里がそんな俺を心配して、近寄って来た。俺は、灯里にその事を伝えるかどうか躊躇ったが、言わなかったら言わなかったでしつこく聞いてくるので、先に伝える事にした。