波乱の仮入部
恵まれた事に、俺は生まれつき身体が丈夫だった。それは、父さんから受け継いだのと、幼い頃に叔父の畑仕事や川遊びをしていたしていたからだ。
その身体で、俺はよくサッカーをして遊んでいた。最初はがむしゃらにボールを蹴っていただけだったが、そのうちルールを覚えて剛也と真司、それからクラスメートを何人か集めてするようになった。
それを教えてくれたのは長居先輩、俺の二つ上の先輩だ。つまり今は三年生になる。長居先輩はサッカーが上手くて、リーダーシップも優れている。生徒会長は野球部の魚崎龍希先輩がやっているらしいが、長居先輩は体育委員長をしている。
人を指導しながら、自分の鍛錬を怠らない。そんな先輩は、今スポーツ推薦で高校に入れるように頑張っているらしいから、本当に頭が上がらない。
対面式で探せなかったが、明日ようやく先輩に会える。俺はそれが今一番嬉しかった。
翌日、学校に着いた俺は、早速剛也と真司に話に行った。今日、部活動紹介と、仮入部前の見学がある。俺は二人にサッカー部に行く事を伝えた。
「俺はサッカー部に行くんだ、二人は何にするか決めてる?」
「俺もサッカー部に入るって決めてるんだ、真司は?」
すると、真司は少し言い出しにくい雰囲気を醸し出しながら、こう答えた。
「僕はテニス部に入ろうかなと思うんだ、中学で新しい事に挑戦したいと思ってるし」
すると、剛也が真司の両肩を掴んだ。
「お前、まさか女子にモテたいからとか言わないよな?!」
「ちっ、違うよ!まぁ…、それも一理あるけど」
「一理あるのかよ?!」
剛也がキレそうな所を、俺は必死に止める。
「剛也!落ち着けよ!」
剛也は真司の肩から手を離し、諦めたようにこう言った。
「まぁ…、そこまで言うなら俺は止めない」
「楽しみだね、部活動紹介」
俺も楽しみだった。ひょっとしたら、長居先輩が紹介に出てくるかもしれない。俺は、全校生徒の前で長居先輩が頑張る姿を想像して、自分の事のように嬉しくなっていた。
そして、五六時間目、遂にその時がやって来た。まず運動部の紹介で、その次が文化部の紹介になっている。
事前に配られた冊子にあったサッカー部の欄は、パソコンでコピーしただけと思われるサッカーボールの絵に、部員の男子が書いた猛々しい太字で『部員募集中!』と書いてあった。その下には、後付したように申し訳程度に紹介が書いてある。
俺は他の部も一応見ておこうかと、冊子をパラパラと捲った。野球部も同じような感じだが、テニス部のページはどうもきらびやかに見える。きっと女子部員の中にそういうのが得意な人が居るのだろう。
テニスがどういうスポーツなのか、俺は全く分からないが、そのページに釣られて入る生徒は少なからず居るだろう。その中には、真司のような"勘違い"をして入る人もきっと居るはずだ。俺は真司が選んだものを否定する訳ではない。だが、テニスをしているだけで女子にモテるとは到底思えないのだった。
そんな事を考えていると、体育館の壇上に生徒会長が立った。そして、部活の決定は今後の学校生活に大きく繋がる、というようなニュアンスの事を長々と喋った後、その流れで野球部の紹介に入った。
魚崎先輩は副部長だったらしく、普段は一番真ん中に居る先輩も、今日は野球帽を被って左から二番目の位置に居る。そして、部長らしき人に喋らせた後、礼だけをして早々に立ち去って行った。
その次が、俺が楽しみにしているサッカー部の紹介だった。すると長居先輩がサッカー部のユニフォームを着て、サッカーボールを持って現れる。その後ろには、部員が何人も居た。
長居先輩は部活の紹介を手短に説明した後、サッカーボールを持ってヘディングを始めた。そして、その流れのままリフティングをすると、ノーバウンドで手の上に乗せた。それを見た生徒は驚き、拍手をする。俺は長居先輩のテクニックを近くで見ていたが、それを大勢の前で披露するとは思わず、息を呑んだ。
その後、他の運動部、それから文化部の紹介があった。最初の運動部や吹奏楽部で時間を割いてしまったのか、後の部活の説明は手短に行われた。
そして、終礼を終えた後、俺は剛也と一緒にサッカー部の仮入部に行った。そこでは、既に長居先輩と、何人もの部員が居て、練習を始めている。ユニフォームもなく、体操服姿で立っている俺達に、先輩はこう言う。
「体慣らし、してみるか?」
そして、先輩は俺達に向けてボールを蹴った。俺と剛也は、先輩達の見様見真似でパス練習を始める。
俺達以外にも、サッカー部の仮入部に来ている人が何人も居た。恐らく、長居先輩のテクニックを見て、そこに入ればそれが手に入ると思っているのだろう。もちろん、それだけで手に入るとは俺は到底思えない。長井先輩のテクニックは、努力の賜物である事を俺は知っている。それなのに、テニス部に入るような奴と同じ"勘違い"をして入ろうとしているのだろう。
俺はその中に、見慣れない生徒が居る事に気づいた。
「あいつ誰だ?」
「ああ…、隣のクラスの藤阪勝太だよ」
藤阪勝太は、小学校の時にクラブチームに入っていたらしく、俺や先輩を凌ぐ程のテクニックを持っていた。また、人当たりも良く、初めて会ったはずの先輩達に対して、親しく喋っている。
すると、剛也は勝太から離れた所に俺を連れて行くと、こう話した。
「あいつ、他人の恋バナに詳しいらしいからな」
「そうか…」
俺が他人事のようにそう答えると、剛也は少しニヤつきながらこう言う。
「海斗、灯里と雪音は違うのか?」
「あいつらは…、ただの幼馴染だよ」
俺がそう答えると、剛也の表情は冷めたように見えた。
俺が女子に興味が無い事は剛也も知っての通りなのに、何勝手に期待しているんだよ。灯里は一方的に心配されているだけだ。雪音の方はと言えば、剛也と同じような男友達に近い。
俺達は二人でパス練習を続けた。すると、剛也のパスがうっかり滑ってしまい、フェンスの穴に入ってしまい、道路に出てしまった。俺が先輩に頼んで取りに行こうとしたその時、道路に居た一人の少年が、そのボールを拾う。
「こんなへなちょこなボールで…、本当にサッカー部か?」
俺達とは違う体操服を着た目つきの鋭い少年は、いともたやすくボールをフェンス越しに投げ入れた後、何処かに行ってしまった。
「違う体操服…、別の中学なのか?」
俺は、一瞬で行ってしまったその少年の顔が忘れられなかった。