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あなたはどれだけでも待つと仰りましたが
私に待つことなどできるでしょうか
すでに
あの詩を読んだ時から私の季節は熟し始めていたのです
もう十分な時間が私のなかで経過しました
ですからあなたへの言葉を書くのに
これ以上の時間は必要ありません
今、この地球上に
私以上に幸せな人間がいるでしょうか
あなたは私の望みを叶えてくださいました
いえ、私の望みはきっと叶うと信じていたのです
人間は未来を予測することができ
そして実際にその通りの未来となっても
つまり、心の準備ができていても
感情は果てしなく波打ちます
それは、幸せとは願望の成就ではなく
身に起きることそのものが持つ固有の感情だからでしょう
あなたの言葉が私に向けられたことが喜びなのではなく
あなたの言葉そのものが、すでに喜びなのです
それは季節と同じ性質だと言えるでしょう
私たちは春そのものが喜びであることを知っています
そして春という喜びを共に感じられるように
おそらく私たちは
互いの言葉に秘められた感情を
何の困難もなく紐解くことができるでしょう
ですがあなたからのお手紙は
私に苦悩を与えもしました
あなたが「私という季節」を通して置かれている状況は
詩人として、というよりも
人間としての苦難に他なりません
そうやってあなたが苦しんでいるのに
私にできることは何もないのです
こう言うと、あなたはきっと「それは違う」と仰るでしょう
あなたはきっと
私の言葉に救われたと仰るでしょう
ですが私たちは
互いにとても近い距離にいながら
同時にはるか遠くにいるのです
私にはあなたが分かり
あなたにも私が分かる
だからこそ、私たちが共有している二重の距離は
私たちがどんな努力をしたとしても
決してひとつになることはできないと
残酷な形で教えてくれます
私たちは人間なのです
肉を持った人間としてこの地上で生き
互いの皮膚がどうしようもなく断絶を教えてくれます
ですから私たちが本当にひとつになって
移り変わる季節のなかで喜びを享受できるのは
この手紙のやり取りだけなのです
しかしここにも永遠はありません
全てのものは転回し、流れ去り、消えていきます
私の手紙があなたの元に届く頃
私はもうあなたという光を触ってはいません
そうです、私たちに「同時」はありえないのです
あなたが受け取っているのは
私の言葉が刻んだ何か、にすぎません
そして私の元に届くのも、あなたの言葉が刻んだ何か、です
その「何か」が、俗物的な定形であればどれだけ良かったか
私たちはしかし、そうではなかった
互いの存在の残滓に過ぎない私たちの手紙の言葉は
しかし、互いを魅了するに十分すぎる力を持っていたのです
一を知る者が十まで知りたくなるのは当然です
ですが私はあなたの言葉の奥に隠された
あなたの本当の名前にまで
まだたどり着けずにいます
どうして焦がれずにいられるでしょう
すでに熟れている私の季節は
今にも燃え始めてしまいそうです
ああ、どうか——
私が燃え尽きてしまう前に
あなたの言葉をください
多くは望みません
燃える私を鎮火することはできなくても
あなたの言葉は水となって
ひととき私の炎を黙らせることができます
私たちの火と水が
本当に必要なものを見つける手助けとなることを祈っています