魔王のあだ名はもやし?
日本に転生して、はや十五年。高校一年となったけど、未だに魔王に戻れないでいる。嫁どころか彼女すらいない。出来る気配もないのです。
そして師匠に言いたい。てか、クレームをつけたいです……日本で嫁を見つけるのには、スペックが大事なんですよと。
前世の俺のスペックが
強さS 魔力S 素早さS 見た目D(ごつい化け物) 財力S
だとしたら、今の俺は
強さE 魔力なし 素早さD 見た目D 財力D(学生)
こんな感じである。これだけでも無理ゲーなのに、今の俺の周囲にはやたらとスペックが高い奴等がいるのだ。
俺が住んでいるのは、東京区外にある築三十年の公営住宅。都内のどこにでもありそうなマンションであるが、ここはある事で有名なのだ。
俺の住んでいる階には十代の少年少女が俺を含めて五人いる。その五人中四人が芸能人顔負けの美少年美少女なのである。つまり残り一人の人間は非常に居づらい状況なのだ。
その少年残り一人が俺、森林茂、高校一年生。リア充に囲まれたモブである。
逆掃き溜めに鶴、月に囲まれたすっぽん、メインキャラの中にモブ一人……そんな現状である。そして前世のトラウマもあり、女友達も一人しかいないのだ。
(これで卵焼き完成と……うん、今日は良い出来だ)
ちなみに魔王様は今朝ご飯を作っていました。なぜ俺が朝飯を作っているのか……両親が共働きだから手助けしたいってのもある。
何よりも俺は、日本の飯の美味さに舌が慣れてしまったのだ。もう、向こうの飯なんて食える気がしない。
クレアーズで料理をする魔族は少数である。殆んどの魔族は、獲物を丸かじりしている。料理と言っても、焼くか煮るか位しかないのだ。
民の生活を豊かにする為、そして快適な魔王ライフを送る為、俺は日々料理を頑張っているのだ。
「おー、今朝は卵焼きだねー。お姉ちゃん、しー君の卵焼き好きだから嬉しいなー。良い子、良い子」
嬉しそうに、声を掛けて来たのは姉の楓、高校二年。姉ちゃんは、優しい性格のほんわか癒し系美少女。本当に俺と同じ遺伝子なのか疑わしいレベルだ。
姉ちゃんは嬉しそうに笑いながら、俺の頭を撫で始めた……前世なら無礼討ちレベルの行為だ。
「姉ちゃん、くすぐったいよ。もう少しで、ご飯が出来るから向日葵を起こしてきて」
でも、今の俺はそんな事はしない。姉ちゃんは大事な身内だし、撫でも上手だ。きっと姉ちゃんはテイマーの才能があると思う。
「向日葵も今起きて来たよー」
向日葵は俺の妹。美少年美少女のうち、二人が身内。つまり幼馴染みにイケメンと美少女がいるのだ。
「おはよー。パパとママはお仕事?今日も良い匂い!さすが兄貴だ」
元気よく挨拶してきたのは、ボーイッシュな美少女。妹の向日葵中学二年だ。
かつての俺は猿人を嫌っていた。城に近付く事すら許さない時期もあった位だ。いや、正直今でもあまり好きじゃない。
でも身内は別。特に向日葵は可愛い。もし、インキュバスが向日葵に近付いたら、瞬殺すると思う。妹の旦那は、魔王様の御眼鏡にかなった男じゃなきゃ認めません。
「ああ、母さん達今日遅くなるから“先に食べてなさい”っ言ってたよ。向日葵、晩御飯何がいい?」
さりげなく向日葵に晩御飯のリクエストがないか聞いておく。魔王様は妹に甘いのです。
「じゃあ、ロールキャベツが良いな」
向日葵はそう言いながら、居間のテレビのスイッチを入れた。いつもなら朝の占いコーナーが入っている時間である。しかし、今日は緊急ニュース速報が流れて来たのだ。
『昨晩○○区の公園で、若い女性が倒れているのが発見されました。命に別状はありませんが、意識不明の重体です』
朝からニュース速報で流れるのには理由がある。
半年くらい前から都内で十代の少女が意識不明の状態で発見されるという事件が起きていたのだ。
外傷もなく病気の疑いもない。意識を失った原因は不明。
少女達は住んでいる地域がバラバラで、通っている学校も違う。ただ共通していたのは、何がしか秀でた才能があったという事。
そして意識を取り戻すと、才能を失ってしまう。なぜ事件に巻き込まれたのかも、覚えていないのだ。
「怖いな……姉ちゃんも向日葵も気を付けてね」
俺はテレビを食い入るように見ていた姉妹に声を掛けた。
そして心配するのには理由があった。二人にも秀でた才能があり、中高一貫の私立校に特待生として通っているのだ。
「ぼ、僕達の事より、兄貴は自分の事を心配してよ。兄貴、ちょー弱いんだから」
魔王時代の俺なら無礼者と向日葵を一喝していただろう。しかし、今は苦笑いするしかない。妹の向日葵を溺愛しているというのもある。
なにより、俺は反論する事が出来なかったのだ。
「しー君も、もう少し筋肉があれば良いのにねー」
お姉ちゃん、心配掛けてごめんね。俺は背が小さく、身体も細い。当然、力は弱く体力もない。
口の悪いクラスメイトから『頼りなさが服を着ている』と面と向かって馬鹿にされる事もあった。
そして付けられたあだ名は苗字の森林を、縮めたもやしなのだ。
「分かったよ。気を付けるね」
今の俺は魔王の力が使えない。使う条件すら分かっていないのだ。
条件を聞こうにも、師匠との連絡をとる手段がないのである。
幸いにも、今まで魔王の力を必要とする事はなかった。情けないが平穏で温かな生活。俺が日本で手に入れた大切な物である。
◇
うちは家族仲が良い。高校生になった今でも時間が合えば、一緒に通学しているのだ。
「それじゃ、後でね」
学校に着いたので、姉妹に手を振って別れを告げる。楓や向日葵が通う学校は中高一貫の名門校聖ピュリア学園。そして俺が通っているのは、ピュリアの道路向こうに立っている都立五常高校。
両校とも歴史は古く、開校は大正時代まで遡る。
庶民への教育と日本男児の育成を目的に設立された五常高校。対してピュリアは、女性の教育を目的に宣教師が設立したものだ。
しかし時代の流れには逆らえず、今は両校とも共学になっている。
大きな違いと言えば元はお嬢様学校だったピュリアは名門私立校となり、庶民へ教育を目的とした五常は公立校となった事である。
私立と公立という事もあり、その設備は雲泥の差があった。五常の設備が悪いという訳ではない。元お嬢様校というだけありピュリアの設備が、都内でもトップクラスなのである。
「茂、おーす……しかし、ピュリアを見た後だと、うちのボロさが際立つね」
俺に声を掛けて来たのは、ぽっちゃり体型の少年。名前は町里照、小学校からの付き合いだ。
「住めば都って言うだろ?うちの学校も慣れれば快適だよ」
昔住んでいた城なんて、クーラーどころか冷房設備その物がなかったんだぞ。照明はロウソクで、暖房は暖炉のみ。それに比べたら、五常高は天国なのである。
「欲がないというか、醒めているというか……相変わらず、凄い人気だな。まだ仲直り出来ていないのか?」
照の視線の先にあったのは、大勢の生徒に囲まれている少年と少女。二人共俺の幼馴染みである。
「ケンカなんてしてないよ。二人共、委員会が忙しいだけなんだし」
小学校の頃は、二人とも仲が良く、毎日の様に遊んでいた。俺が公立の中学校に進み、二人がピュリアの中等部に進んでも仲の良さは変わらなかった。
ただ、高校に進学すると二人が忙しくなり、話す機会が減ったのだ。俺は自分にそう言い聞かせ、校舎へと向かった。




