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神の名のもとに〜異世界と現実の狭間に生きる〜  作者: 麒麟燐
第二章 王政奪還編
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『第二部』 第十六話 遅刻


 試練を終え、帰還した悠斗たちは戦果報告等のため午後から学校に出向いていた。


 とは言っても、授業に途中参加した訳ではなく、校長室へ行って露無や伊龍に結果を報告しただけ。

 そうして話もひと段落ついたところで、なにやら伊龍が思い出したように手を叩くと「そういえば」と言ってこう続けた。

「皀さんから入部届を受理しましたよ」

「え⁉︎」

 まさかの不意打ちに悠斗が仰天の声を上げ目を見開く。

「え?」

 伊龍は悠斗の声に驚き、硬直する。

 悠斗の下について早速の失敗か?と恐怖したのだろう。


 幹部に就くものは大抵頭のネジが飛んでおり、且つ主人に対して絶対の忠誠心を持ち、主人に耽溺している。

 幹部が何よりも恐れるのは主人と乖離することと、叱責される事。

 伊龍に限らず、過去に登場したジェヴァニやガヴリエル、ウェザーバルドらも同じ思考回路だ。


「皀は……なんて?」

「……? 入部届を持ってきて、入部したいですと言うので受諾したんですが……まずかったですか?」

 悠斗の反応から自分の失敗の可能性が大きく出てきた。

 時間進行につれて、伊龍の顔色が悪くなる。

 面白い教員だ。


「いや……もう承諾してしまったのなら……いいです」

「うぅー……すみません……」


 悠斗が頭を押さえながら揺らし、一瞬思案するが結局妥協する。

 承諾ののちに取り消しなど、昨日以上のショックを受けるに決まっている。こちらの不手際で相手に負担をかけるのは……少し違う。

 無論、諦念を持たず執拗に入部しようとする夏花も夏花なのだが。

 伊龍が瞳を潤ませて謝罪する。

 声に含まれる妙な女子力はいったい何なのか。

 気持ち悪いとは思っていないが……。

 本当に。


「あー…………だそうなので……美楽さん――」

「入ります! 入部したいです!」

「お、おぉ……はい、分かりました」

 悠斗の言葉の先と周りに有無を言わせぬ速度と圧力で入部を志願する美楽。

 悠斗が理想として描いていた大人びた性格の美楽がついに崩壊していく。

 悠斗に接近した際に揺れた豊かすぎる胸は大人っぽいが。

 いや、大人っぽいとは言わないのか?

 とにかく、そんなこんなで今この瞬間に探偵部に新入部員が二人もできたことになる。

 まさかたったの一時間程度で判定が覆るとは……一時間前の二人には予測できない事態だろう。


「はぁ……すみません、ちょっとトイレ行ってきます」


 疲労の絶えない生活、独りになるためにトイレ休憩に部屋を出る。

 誰かが「着いていこうか?」などと言った時には悠斗の寛大な心でも爆発していただろう。

 己を呵責する伊龍の溜め息を背に聞きながら悠斗は校長室から一時撤退した。


 トイレまで孤独に歩く。

 最も幸福を感じたひと時だ。

「校長室で密会ってだけで疲れる……」

 愚痴をこぼしながら用を足し、手を洗うとポケットに手を突っ込む。が、ハンカチが無かった。

「…………」

 短時間だから必要ないだろうと思って準備しなかったことを回想しつつも探り続けると、上着の右ポケットから梱包された何かが出て来た。

 ハンカチを諦め、服で手を拭くとそのピンクのプラスチック製の包み紙で梱包されたものを掴んでマジマジと見つめる。


「……?」


 心当たりのないアイテムに首を傾げ無言でいたが、裏返すとそちらが表のようで、何やら大きく書いてある。


         『入浴剤〜発情〜』


 途端に脳裏を過るものがふたつあった。

 一つは、昨日、絵美がプレゼント的なノリでポケットに詰めた「何か」、もう一つは絵美に鏡内世界に引き摺り込まれた時に悠斗が一服盛られたもの。

「……なんてもんを後輩に渡すんだよ、副会長は……」

 ジョークのつもりなんだろうが……。

 貰っても本当に困るだけ。

 当然悠斗のように健全な男子は女子との甘々なシチュエーションを求めるが、そのために道具を使おうとは思わない。

 悠斗がどんなものにやられたのか、その確認のために説明文をすらすらと読んでいく。


 肩凝りや腰痛、疲労回復、魔力回復をはじめとした入浴剤!

 気になるあの娘にこれ一つ!

 数分で効き、約一日間発情し続ける!


「なんて迷惑な!」

 売り文句は気狂い中の気狂い。

 買う奴も売る奴もこの世から抹殺した方がいいのではないだろうか?

 その方が世界のためだと思う。

 裏面を見ると注意書きがあった。


 対象年齢18歳以上。

 子供が誤飲しないよう手の届かないところに置いてください。

 効能の効きやすさには個人差があります。

 表面の絵はイメージ図です。

 火の気に近づけないでください、この商品は揮発性が高いので引火し爆発する恐れがあります。


 基本的にはよくある注意書きだが、最後だけ非常に物騒だった。

「え、何これ爆発すんの、怖っ」

 帰ったらさっさと捨てよう。

 いや、しかしこれは何ゴミに出せばいいのだろうか?

 揮発性が高いため可燃性。

 しかし爆発しては困るのでそれはできない。

 資源ゴミや不燃ゴミは論外。

 こう考えると、ゴミの分別は面倒臭い。


「……まあ今や世界問題だしな……」


 話が脱線し、世界の環境汚染へと移り変わっていた。

 手が乾き始めた頃、ようやくトイレから出た。


 歩きながら入浴剤をポケットに戻し、スタスタと校長室へ戻る。

 授業中に廊下を歩くというのは新鮮な気分だ。

 音楽室からの音と、体育館からのボールをつく音以外響いてこない。

 キョロキョロと辺りを見回しているとあっという間に校長室前だ。

 今更ノックなど必要ないと思い無断でドアを開ける。


「お、おかえり〜、長かったね、エッチなことしてた?」


 開口一番が下品。

「そんな事してないです……と言うか絵美さん、一応生徒会副会長なんですよね? そんなんでいいんですか?」

 この人がこの学校の生徒の権力トップ2にいる事が恐ろしくてたまらない。

 この学校のが廃れる日もそう遠くないだろう。

 会長さえしっかりしていれば別だが、会長のことは知らない。

「あ、私もそれは思うんだよねー。何で私生徒会に入ったんだろうね?」

 絵美が軽いノリで悠斗に同調した。本当に大丈夫なのか?


「悠斗さんの心配も分かりますが、生徒会長が案外しっかりしていますので。特に絵美の管理については」

 何それ怖い。

 絵美専属管理人?

 生徒会長ってサッカー部部長のイケメン先輩のはずじゃ……。

「そうそう、船入(ふないり)くんがいるから大丈夫」

「他人任せの時点で問題外だと思います」

 初めて知った会長の名前。

 船入というらしい。

 ただ、やはりそんなことより絵美の態度。

 生徒会副会長としてはあり得ない言動ばかり。

 そろそろ諦めるしかないか。


「あ、校長先生、一つ気になることが……」

「はい、何ですかね? 答えられる範囲でなら」

 突然の指名に虚を衝かれたような顔で対応する。

 悠斗はこの学校で色々気になる存在がいる。


「翠川柚子って生徒、いますよね、園芸部に」

「翠川……ああ、確かにおりますね、彼女が何か?」

 脈絡のない入り方に顎を触り柚子の顔を思い浮かべながら先を促す。

 ノアは柚子のことが記憶にあるので「どうしたのかな?」的な視線だったが、他の三人は「誰?」といった表情を見合わせていた。

 伊龍でも知らないとは……余程影が薄いと見える。


「校長先生から園芸部設立の提案を受けたって言ってましたけど、本当なんですか?」

「はい、それは私が提案しましたぞ。彼女の植物に注ぐ熱意が興味深いものでしたからな」

 ここは単なる確認。

 ほぼ事実だと確信した上での展開。

 疑問点となるのは、彼女に園芸部創設の提案を持ちかけたのが、()()()()()露無であるということ。

「翠川って、異世界人なんですか?」

 悠斗の最も憂いていることは、悠斗と直接関わりあるものが、果たしてどの程度の割合で異世界人なのかだ。

 もし仮に彼女が異世界人だとしたら、そこから連鎖して夏花さえも異世界人の可能性がでてくる。

 そして、そう仮定するなら、彼女が悠斗たちの部活に拘る理由も納得できる。

 だからこそ、知っておきたかった。

「……断言はできませんが、違うと思いますぞ」

 と、ひとまず安心できる答え。

 しかし、曖昧な答えにもせめて根拠が欲しい。

「そう思う理由とかってあります?」

「理由……ですか。それを示すのは難しいですな……。しかし、何故そのようなことを?」

 実質勘であると言われたようなものだが、まあいい。

 そしてやはり質問返し。来ると思っていた。


「まあ……恵まれた対偶だとは、思うんですけどね……」


 室内の仲間たち、そして今現在教室で授業を受けているであろう仲間たちを見る。

 頰を掻き、不満ではないが満足できないといった様子で下を向く。

「異世界人に囲まれすぎで……加えるなら女性の比率が高すぎで……」

 と申し訳なさそうに述べる。

 こんな気持ち、きっと誰も共感してくれない。

 実際に、周囲の反応は、「は?」といった顔。

 恥ずかしさに赤面する。


「お兄ちゃん、そんなに気にしてたんですか?」


 ノアが意外そうに悠斗を覗き込んで見上げた。

「うっ、悪いかよ。そろそろ本気で男性メンバーを増やしたいんだよ」

 悠斗は軽く喉を鳴らすとノアの顔から視線を逸らせてそう文句を言った。

 司はメンバーインしているが、健祉はただの陸上部の友人で神様仲間。探偵部に入る気はゼロに等しいらしい。

 伊龍と露無はもはや友達ですらない。

 教員と幹部。

 なんだか思っていたのと違う。

 そして何より、エリカたちが悠斗に向けてくる恐れ多いほどの好意。

 アレが何より悠斗を悩ませる。


「男性メンバーが欲しいのであれば探してきましょうか?」


 伊龍がそう進言する。


 そうじゃないんだ! 違うんだよ我が幹部!


「いえ、友達は自分で探しますから……」

 段々虚しく惨めな気分になってくる。

 正直泣きたい。

 前々から折角伏線にならないかなと思って口にしているというのに、全くその気配がない。

 むしろフラグになっている気がする。

 これ以上女性陣を強化しないでくれ。

 そう切に願った。


 何はともあれ、夏花と柚子の疑惑が多少ばかり晴れたことは悠斗の気を楽にした。それだけは違わない。


「……ノア、お前ちょっと弱ってないか?」


 視線を背けていた悠斗がノアの生命力の低下を感じ取りノアに向き直る。

「……少しだけ」

 見栄を張るように笑うが、悠斗にバレたことに戸惑ったのか少し我慢が崩れたように見えた。

「なんで言わないんだよ」

 悠斗がノアの頭に手を置き、魔力の流れを感知する。

「夜にしてもらえるなら、別に今じゃなくてもいいかなと思って……」

 えへへと笑いながら悠斗に背を向ける。

 頭の上にある悠斗の手が温かく感じた。


「よ、夜にシて……!」

 美楽がノアの言葉の一部を切り取り言葉にすると、顔を真っ赤に染めた。

 明らかな誤解。

 面倒くさいのでもう勝手に想像しておいてもらう。

「すみません、人の出入りしない部屋ってあります?」

 ノアのコア調整のために空間を確保したい。

 伊龍と露無の方に頭を向けると近くの扉を指して、隣の応接室なら中から鍵が掛けられると言う。

 なので、そこでノアのコア調整を行うことにする。

 一旦その場を離れようとすると何故か美楽が付き添ってきた。

「あの……」

「部員ですから、気にしないでください」

「……はい」

 何をするのか興味があるらしい。

 と言うか、変な事をしていないかが知りたいらしい。

 悠斗の中での美楽の完璧な像がどんどんと崩れ去ってゆく。もうこれ以上は自重していただきたい。


 応接室に入ると二つある入り口の両方の鍵を閉め、大きく材質の良いイスにノアを座らせるとコアの調整を開始する。

 いつも通りの淡い光。その幻想的な光が悠斗の手から放たれノアに集中する。

 まじまじとその光景を見つめる美楽。

 いつ危ない行為に走るのか、注視している。

 そんなことは起きないが。

 美楽の視線を感じ、ノアも妙な声は出さない。

 結局あの声は意図的なのか無意識的なのか……謎だ。


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