第十五話 家に着くまでが試練です
「悠斗さん、ノアちゃん、こっち」
立ちくらみの感覚を覚え、定まらない意識の中、女性の温かい手が悠斗とノアの手を引いた。
四人が拝殿前を離れると、後続の参拝客が前へと進み参拝していた。
悠斗は日光の眩しさに青空を見上げた。
太陽を片手で隠し、瞳孔への直射を避ける。
「……時間が経ってない……?」
変化のない太陽の位置、そして変化のない周囲の観光客。
こっちの世界の時間が停止していたと仮定するべきなのか。
そんな疑問を独り言として呟く。
「間違ってはいません。精神だけが幻想世界に飛ばされていたんです」
美楽が解説する。
意味不明だが、悠斗は、時が止まったのではなくその時間から悠斗たちが放れた、と解釈した。
一同、戦利品(八咫鏡)の確認のために人混みを避けて、人気の無い場所を探し求めた。
やがて、人の存在が疎らになり、一度に視界に映る人は最高でも三人程度にまで落ち着いた。
「ハァッ!」
そんな辺境地で美楽が掛け声と共に一つの巨大な鏡を背中に幻出させた。
結界を貼ったらしく、周囲の一般人は気付いていない。
「「「おお〜〜」」」
数少ない傍観者から拍手が送られる。
何故背中に幻出させるのかは神話中に描かれる神々を思い浮かべればなんとなく合点がいく。
天照大神の描かれた絵図で、天照大神は背中に太陽のような神々しい光を放つ鏡を備えているからだ。
「幻出できる数や質量も桁違いにパワーアップしてます。本当に八咫鏡の力です」
自身に流れる魔力でも実感しているのか、両手をグーパーさせてそれとなくアピールする。
そんな風に、自分の能力の成長に感慨に浸っている美楽を見て、絵美が苦笑した。
何となく、悠斗もノアも釣られてしまった。
「な、なんですか……」
「いやー、なんでもー?」
周囲の態度に我に帰った美楽は不思議そうに首を傾げた。
それに対し、絵美は揶揄うように言った。
特に意図があるわけではないが、何となく、そう、ただ何となくそんな態度を取りたくなった。
美楽は不満そうに絵美を見て悠斗とノアに視線で確認する。が、当然二人は首を傾げる。
美楽は怪訝そうな顔をした後、「まあ、なんであれ」と前置きすると、鏡を消滅させた。
そして、
「最後までお付き合いいただいて、本当にありがとうございます」
背筋を伸ばし仲間を見回すと深く、一度お辞儀した。
殊勝なことだ。
「まあ私はね、友達として」
絵美は顔を赤らめて視線を逸らせた。
肝心の美楽はその姿を見ていないが。
「俺たちはまあ、依頼でしたし」
悠斗も気恥ずかしそうに頭を掻き、探偵部として当然だの一点張りで貫き通す。悠斗に同調してノアも頷いていた。
「それで、依頼の報酬なんですけど……」
と、突然美楽が顔を上げて嬉しそうに報酬の話を持ち出す。自身の財布に直撃する話だと言うのに、なぜ笑うのか。
「いえ、そんな! 部活動では報酬を受け取らない方針なので!」
悠斗は部活動――否、学校のルールに従いきちんと断る。
学校での活動目的は、あくまでも地域・学校への貢献だ。
「お金ではありません」
「……へ?」
美楽の伸び切った背筋に対し、悠斗の背は曲がっていた。
元々悠斗より高い美楽の身長が更に大きく見える。
きょとんと間抜けな面を上げて美楽と向き合う。
「報酬は私。どうか、私も探偵部――可能であるのなら、神本悠斗様の使用人や護衛人などとして従事させてください」
先の謝礼の時よりも深く腰を曲げる。
悠斗は、美楽の下げた頭を見下ろし、困惑して頰を掻いた。
「えっと……使用人や護衛人ってのは……幹部ってやつですか?」
「……はい」
悠斗の解釈が適切か答え合わせをし、それが間違いでないことを知ると今度は頭を掻いて腰に手を当てた。
本当の本当に……参った……。
「……やっぱり、出過ぎた真似……でしたでしょうか?」
不遜な態度を慚愧しつつも、悠斗の側にいることに拘泥しているのか、決して引く様子を見せなかった。
そんな美楽の内心を知らず、悠斗はただ言い訳を立てる。
「いや、そんな事は……ないんですけど……」
「ないですが……?」
言葉を繰り返し、答えを催促する。
今この場で、審判を下してほしいらしい。
「幹部ってのが何なのか、全然分かってなくて……それなのに無責任に、圧に負けて美楽さんを就任させるのも、なんだか忍びなくて……」
そんな単純な理由。
無知蒙昧な悠斗からすれば美楽さんだけに関わらず、伊龍でさえもこのまま着任させていていいのか分からない。
悠斗に他人の人生を左右する権利を上手く扱えるはずがない。そもそも自分の人生すら、まともに決まっていないのだから。
「では、せめて探偵部に――!」
「それは勿論歓迎したいんですが……」
「で、ですが……?」
連なるあやふやな回答に美楽の表情が陰る。
悠斗も決して美楽を否定している訳ではない。
「丁度昨日、クラスメイトの申請を断ったばかりで……」
と首をさする。
昨日の今日、皀を泣かせたばかりで、それなのに新入部員が来たとなれば彼女との関係は確実に悪化するし、何より皀に申し訳ない。
今日の予定が入らなければ、今頃悠斗は皀に誠心誠意謝罪していた事だろう。
「なので、今すぐに……というのは」
「……そう、ですか」
悠斗も美楽も歯切れ悪く言った。
空気がしんみりとしてしまい、ノアや絵美も気まずくなり始めた。
「ああ、でも! うちの鏡に住み着くっていうのは、別にいいですよ!」
せめてもの償い、とは多少異なるが、代案としてそれを唱えた。
住み着く、の表現は適切ではないが、そこは問題ではないだろう。
「……そうですよね、そう簡単にはいかないはずです」
美楽が一瞬顔を伏せたが、にこやかな顔を見るとその一瞬前の出来事も忘れてしまった。
苦し紛れの微笑ではない。
「すみません……」
「いえ、私の方こそ。もし歓迎の準備ができたらいつでも誘いに来てください」
笑って体を揺らす。
とても、寛大な心の持ち主だった。
「ありがとうございます」
これで完全に一件落着。
「じゃあ、帰る?」
絵美がノアをチラと見て二人に聞いた。
悠斗と美楽の話し合いがついたのなら、長居は無用。
ノアの能力で帰還する算段をつけていたので、当然今すぐに帰宅可能だ。
「そうですね」
悠斗が早速それに乗る。
「私は安産祈願のお守りを買って帰りたいです」
「お前は学業成就のお守りでも買ってろ」
ノアの過激なジョークに本心から突っ込む。
とはいえ、ノアは勉学が相当できるらしいので、頭の心配は今のようなイかれた思考回路だけでいいだろう。
「じゃあ美楽が買ってくれば?」
「ばっ…………馬鹿言わないでください!」
絵美が連鎖させると、美楽が顔を真っ赤にして一度吹いた後、遅れた大声をあげる。
結局悠斗の周囲は変人しかいないのである。
その悲しき現実に嘆息しノアの手を取った。
「それじゃあ帰りましょう」
悠斗が美楽と絵美のどちらを特定するでもなく、手を差し伸べた。
その手を取ったのは美楽。
気恥ずかしげに右手を繋ぎ合わせ、悠斗に並ぶ。
絵美がその美楽と手を繋ごうとしたが、一応ノアへの魔力負担軽減のためにノアと絵美に手を繋がせる。
結界は展開済み、それでも万が一に備えて、人が視界から消えた瞬間にテレポートする。
「じゃあ、帰ります」
全員が頷いた後、刹那――
四人は土を踏みしめており、視界には悠斗の家が映っていた。




