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神の名のもとに〜異世界と現実の狭間に生きる〜  作者: 麒麟燐
第二章 王政奪還編
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第十三話 最終ラウンド


 綴るほどの応酬合戦ではなかった。


 ………………。


 5分ほど、不易な応戦が続けられ、全員体力を消耗し、戦闘に飽き飽きし始めたところだ。


「そろそろ、決着つけたいぜ」


 男が高く浮遊し4人を俯瞰する。


「お前たちにはいいもんを見出したつもりだったが……見込み違いだったようだぜ。悲しいことにな」


 男は恣意的な理由で手を抜いていたと、そう解釈できるような口ぶりだった。


 悠斗たちは既に体力と忍耐が尽きてきている。

 どうにか男に触れようにも、鏡が邪魔くさい。

 幾度と悠斗たちの行手を阻み、渾身の一撃すらも無に返してしまう、あの鏡が。

 この不利的状況を倒錯させるには、やはり何と言っても男の周りを漂う鏡たちだ。

 男が片足を丁度乗せられる程度の、大きくないサイズ。

 足裏にあるそれらを含め、鏡は全部で4枚。

 以降、緊急事態にも新たな鏡を現出しないあたり、数の限界と思われる、と美楽は分析していた。

 その分析から悠斗は数回、鏡捕集作戦を試みたが、いくらフェイントをかけても男の鋭い五感によって易々と見抜かれた。


「……ねえみんな」


 男の宣告を前に絵美が皆を一箇所に集めて相談事を持ちかけた。

「……って言うのはどうかな?」

 声を潜めて男への作戦漏洩を防ぐ。

 男は愉しげに笑い、腕を組むと、高い位置からその姿を見下ろす。

「……ガバガバな作戦ですけど、思いつかないんで……俺はいいですよ」

 作戦内容は絵美の能力から始まるものだ。相手に簡単にバレることはない。

 バレた時はおそらくその作戦を実行した時。

「お兄ちゃんが乗るなら」

 ノアも不満ひとつ見せず賛同した。

 必然、視線が美楽に集中する。

「……分かりました」

「……ほっ」

 少し悩み絵美を見て、悠斗を見た。


 絵美は友人として信頼を置いている……勿論、先のように揶揄われて怒る時はあるけれど。


 悠斗には……絶大な恩がある。

 その恩を受けた時から、年下でも正しく神様として尊敬している。


 2人の意向が同じなら、断れまい。


「ですが!」

 承諾され、安堵の吐息を漏らした絵美に美楽が人差し指を立てて顔を近づけた。

「さっきみたいな危険な行為に走ることは、絶対にしないでください」

「うんうん」

「い・い・で・す・ね⁉︎」

「う、うんうんってば……!」

 額が接触し表情が一層強張る。

 ヘラヘラとしていた絵美も顔を歪めて頷く。


「作戦か……果たして成功するか」


 男が4人を見下ろし笑う。

 今まで手すさびのような戦いで、軽々しかった気配から一転、本格的に最終戦闘モードへと移行する様子。

 策がある相手に暇を与えるほど優しくはない。

 作戦の成功を契機に相手の良い方向への趨勢を作られては、この男と言えども大勢の立て直しは厳しいものとなる。

「ハァッ!」

「くっ!」

「……っ! 悠ちゃん、美楽、ナイス。3分お願い!」

 男の奇襲攻撃から、戦闘は再開した。

 鏡から例の光線を絵美に向けて発射した。

 悠斗もそろそろ慣れてきた。

 光線での攻撃に変化を与えることは難しく、攻撃パターンなどが単調化しやすいため次第に動きが読めるようになってきた。

 男の攻撃を位置早く察知した悠斗が鏡に飛びかかって、その裏面――即ち、鏡面でない面から蹴りを入れて鏡の向く方向を変更する。

 それでも、人間の速度は光よりは遅い。

 それをカバーしたのが美楽だ。

 悠斗とほぼ同時に動き、悠斗の行動よりも先に放たれた光線を鏡で天井へと軌道変更させた。


「は、やっぱ気づいてたか」

 男が悠斗を間近に呟いた。

「ああ」

 落下しながら、悠斗は身体を回して男を見上げると軽くニヤけてやった。

「鏡の能力なら流石に鏡面がなければ働かないだろうしな」

 華麗に着地を決めた悠斗は即座に男はと跳躍しなおした。

「美楽さんにも聞いたらそう答えたし、あとはどこまで気づいた事を隠しておくかだったんだよ」

 悠斗も無知なりに戦闘方法を模索していた。

 そんな画策も男は大抵お見通しのようだが。


「動きのキレも良くなってるぜ、兄ちゃんセンスがあり過ぎだぜ」


 男との張り合いも様になりはじめた悠斗に男が感心する。

 拮抗した光景に見えるが、悠斗には分かる。

 否、美楽もノアも気づいている。

 気が付かないのは、2人の拳のぶつけ合いを見ていない絵美だけだ。

 絵美は熱心に筆を走らせる。


「……加勢ができない」

「……ええ」


 ノアの呟きに美楽も同意して空中での激戦を下から見上げる。

 悠斗の卓越した身体能力と男の群を抜いて高い魔法技能。

 この2つの戦場を戦闘経験のある2人は、固唾を飲んで見守る以外にできることはなかった。

 行動以外で挙げるなら、願う事くらいならできよう。


 下手な鉄砲も数打てば当たるが、美楽のレーザーがどちらに当たるかは運任せになる。

 ここには運否天賦の試練を受けにきたわけではない。


「…………」


 この無言の応援は友達への信頼だが、自己への憐憫でもある。

 人生で幾度と訪れる、彼我の差を自覚する、その瞬間。



 悠斗が拳を握りその挙動から攻撃を予測し身構える男。

 顔面を狙った一撃は過去との類推から攻撃先が割り出され素早く防がれる。

 以降に続く二撃目、三撃目が少し違う。

 男は悠斗の攻撃を、鏡2枚で受け止めていたが、限界を感じたのか、持てる鏡の全てを防衛手段として活用していた。


 鏡に拳がぶつかる。

 すると身を翻して鏡の裏面を蹴り、遠くへと吹き飛ばす。

 一枚一枚を確実に蹴り飛ばし防衛手段を減らす作戦だ。

 確実に男に効いていた。


 突如、鏡が吹き飛ぶ。

 瞬間、鏡が吹き飛ぶ。

 刹那、鏡が吹き飛ぶ。


 神話の万能神ゼウスすらも凌駕した感覚を暫し味わうことができた。


「神の領域……」

「……私たちは、絵美さんへの被害を抑えましょう」


 悠斗の奮闘を見守るノアと美楽。

 美楽が片手を胸のあたりにあて、拳を作ったのを見た。

 外連もない表情だが、彼女が果たして願っているのか、腐心しているのか、憧憬を抱いているのか、己の無力さを呵責しているのか。はたまた無心でいるのか。

 そんな美楽に冷静に言って、絵美のそばについた。

 時々に鏡が飛んできたり、男が稀に撃つ光線が軌道を逸らして飛んできたりと、それはそれは大変な防衛作業だ。

 ノアが瞬間移動で絵美を移動させたり。

 美楽が鏡で光線を反射や相殺したり。


 絵美と悠斗を主軸に置き、やがて5分が経過。


「できたよ!」

 地に膝を立てて難しい体勢で絵を描いていた絵美が勢いよく起き上がり全員に叫んだ。

 紙の中に手を入れ、今描いた物を具現化する。

 合計4つ、それを取り出すと急いで美楽とノアに手渡す。


「悠ちゃん!」


 しかし悠斗がなかなか男から離れない。

 絵美が近づけば一瞬で巻き込まれる。

 名前を叫んで向こうから来てもらうのを待つだけ。

 その間にもう一つだけ絵の中から道具を取り出す。

「絵美さん!」

「うわっ!」

 突然の声を置き去りにしたかと思えば、絵美を浮遊感が襲う。悠斗にまたしても抱き上げられている。

「すみません、止まる余裕がないので」

 絵美を抱えて室内を無尽蔵の持久力で駆け回る。

「ううん、それよりこれ……あとこれも、好きなタイミングで」

「はい」

 悠斗は絵美からサングラスと閃光弾を受け取る。

 辺りを見回したところ、ノアと美楽は既に装着していた。

 そして悠斗の腕の中、絵美もサングラスをかける。


 その異様な装備から男も何やら危険を感じ取った。

 機先を制してノアと美楽を攻撃し、攻撃を免れようとするが、二人には当たらない。

 悠斗を狙っても時間の無駄と判断したようだが、却って悠斗に準備時間を与えることとなる。

 男にはまだ悠斗の持つ閃光弾が見えていない。


「おい、これを見ろ!」


 悠斗が大声を上げ男の注意を引く。

「あ?」

 悠斗の作戦も知らず男が間抜けにも悠斗の声に反応し、視線を向けた。


 直後――

「ぐぅっ! 目がッッ!」

 閃光弾を地面に叩きつけ、爆発させる。

 勢いよく飛び出る光が唯一無防備な男の目を焼く。


 男にはこれで半分以上の行動制限をかけたこととなる。

 この短時間が勝負どころ。

 潔く攻撃を受けてくれれば幸いだ。


「オッラァッ!」

「ぎぃっ!」

 悠斗が声を上げて男に護身を強制する。見えずとも、男の言う魔力である程度は察知できるはず。

 だが、そこがまさに悠斗の――悠斗たちの狙った陥穽。

 男は例に倣い、やはり鏡を挟んで対処した。

 サングラスで暗い視界の先、たしかに悠斗の拳は鏡に阻まれていた。

 悠斗はその鏡を掴む。

 そして今度は身体を捻って足を回した。

 1秒ほどの無駄のない動き。

 そんなしなやかな悠斗の動作に、こんな状況の中でも引けを取らない男。

 一つの鏡が支持に背くことに眉を顰めつつも他の鏡で対応。そんな動作をもう二度繰り返す。

 最後の方、男は意識下でも動かせない鏡の代役として、浮遊に使用していた鏡を防衛に使用した。そのため、男の体は悠斗とともに地に落ちていった。

 その合計時間、わずか5秒ほど。

「ノア!」

「はい!」

 悠斗の合図でノアがテレポートする。

 絵美に待たされた一つの紐を手に、悠斗の間近に移動するとその紐を悠斗に手渡す。

 その紐で悠斗は集めた四の鏡をぐるぐる巻きにして拘束する。

 そして、早々に持ち場を離れた。

 目を焼く光が落ち着き始め、目の眩んだ男も漸次目が慣れてくる。


「美楽さん!」「美楽!」「美楽さん!」


 3人の掛け声に、まだ眩んでいる目を開くと男へ鏡が向けられていた。

 持てる限りの力で創り出した美楽史上最大の鏡。

「鏡……んなあっ! 俺の鏡ぃー!」

 男の絶叫と美楽の一撃はほぼ同時だった。


 太い光線が男の人体を焼き焦がし、形が無くなっていく。

 そんな絵図が四人の前にあった。

 焼ける臭いはない。

 焼ける音もない。

 男が苦しむ声もない。


 皆が息を飲み、手に汗を握る。

 額を伝う汗が擽ったい。


「…………」


 レーザーが止むが、男の姿も焼けた跡もなかった。

 やはりあれもニセモノだったのか、と誰もが察した。


「ん、しまった! 鏡が!」

 突如重量が減ったと思いふと縛り上げた鏡を見ると、その全てが消滅していた。

 考えてみれば、鏡は自由に現出可能。可逆現象のため、当然自由に消滅させられる。

 ならばその方法で防いだのか。


「はは……ジョークジョーク、ってか?」


 男の声だ。

 力無い声だったが、息絶え絶えといったほどでもない。

 気配を感じ取り、悠斗は空を見上げた。

 男は、2つの鏡に足を乗せ空から舞い降りてくる。

 息を切らせる男に目立った外傷はない。

 だが、顔が青くなり、体調が悪そうだ。

「無傷って……どうすりゃいいんだ」

 活力こそ弱々しいがあの一撃で無傷となれば、やはりもう打つ手なしなのか。

 冷や汗が垂れる。

 警戒心を高め、男の奇襲に備えるが、どうやら彼自身にその気がない。

「無傷? まあ、ある意味そうだな」

 男がゆったりと地に足をつきあぐらをかいて座り込む。

 その際、深いため息をつき疲労感が色濃く見えた。

「反射移動で避けたんだが……無理しすぎたぜ。ご覧の通り魔力がカラッカラさ」

 両手を広げ肩を竦めた。

 悠斗には感じ取れない力だが、他の味方が感知しているので問題ない。

「お陰で鏡もまともに操れやしないさ、油断とはいえ俺の負けだぜ。全く洒落になんねえな」

 最後、落胆しながらそう言う。

 男が敗北宣言をした。


「……えっと、試練は……」

「合格だぜ」


「…………」

「……なんか、締まらねえな」

「……はい、正直」

「微妙な空気だね」


 美楽の確認に対し男はあっさりと認めた。

 唖然とし言葉の出ない美楽。

 他3名は燃え尽き切れない感覚を味わい、その感覚を共有していた。



 ――突如、世界が白い光に包まれた。



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