第十一話 激しい死闘、正しく試練
…………。
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「なんだ? 躊躇ってるのか?」
相対する者たちの表情が引き締まらないことに拍子抜けした男は呆れたように笑った。
「だったら俺から行くぜ。これはジョーク抜きで試練だ」
不敵な笑みを浮かべ4人の中央あたり目掛けて走り出す。
かなり素早い動きだ。
身体能力は高そうだ。
その速力でどんどんと距離を詰める。
ここまで接近されるとさすがに対処を迫られる。
迷いのある目を揺らがせて悠斗が動いた。
迫り来る男の顔を狙いかけて、的を脇腹に変更する。
火力も抑え、大怪我を与えないように心掛けたのだが……
「なっ!」
「おい兄ちゃん、試練で手ぇ抜くのは感心しないぜ?」
悠斗の大きく振りかぶった勢いある一蹴りを男は鏡で簡単に受け止めて見せた。
更にその悠斗に罰を与えようと、別の鏡を悠斗の腹に向ける。
その鏡が眩く光を吸収し始め、あっという間に吸収を完了するとまだ追えぬほどの速度で光線が悠斗の腹を貫通した。
「ぐぶぉっ!」
避ける、という動作を起こす間も無く一瞬で悠斗の腹が痛めつけられる。
気がつけば腹には小さな光が刺さるように通っており、それを目視すれば同時に焼けるような熱さと痛みが押し寄せる。
「があああああ!」
初めて感じる痛みだった。
腹が焼ける。
焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける焼ける。
一生に一度も味わう機会のない痛みに悶絶し腹に空いた小さな穴を押さえる。
痛い、治れ。痛い、治れ。痛い、治れ。痛い、治れ。
痛みに悶え、涙を浮かべながら念じた。
「俺からの慈悲だ。次からは殺す勢いでいくぜ?」
「――!」
刹那、場の空気が緊迫したものに変わった。
間近で見ていた3人のうち絵美と美楽は後ろは引いて構えを取る。
ノアは悠斗の下へ移動し直ぐに男から距離を取る。
「いい雰囲気だぜ」
豹変した空間の中心で微笑を浮かべる男。
全員、男への認識を改める。
妙な男、から、危険人物、へと。
「うおおおおぉぉぉ……いってぇぇ……」
ノアに連れられ(テレポートで)男から距離を離した悠斗が、早速完治した腹を摩って残る感覚に顔を顰める。
「……肉体強化に回復魔法。面白い組み合わせだな、兄ちゃん。非常にそそるぜ」
笑みを濃く深くし、悠斗を見る。
「お兄ちゃん、だいじょぶですか?」
ノアが悠斗の背の服に空いた穴を見ていう。光線で服も溶けたようだ。
「ああ……悪い、油断した」
痛みも消失し、やがて落ち着く悠斗。
次第に気が引き締まり、膝をついて立ち上がる。
「本気で殴っていいんだな」
ついさっきのやり取り。
男に三度目で、最後の確認を取る。
「いいぜ。だが、もし例え全員で束になっても俺は殴れないと思うぜ?」
「ふっ、上等」
先とは違い全力で悠斗が先行する。
ノア以外の戦闘能力については未知数。計算入れて行動すると様々な点で難航するだろう。
「ハッァ!」
目にも止まらぬ速度で打ち込む高速の蹴り。
今度こそ命中したはずだ。
「まだまだだな」
が全く同じ動作で蹴りが封じられる。
よくよく考えれば、鏡面を蹴ってその面が割れないなどおかしいではないか。
しかも、割れないどころか、鏡に映った悠斗の足が見た目だけでなく勢力までも映したように悠斗の足に衝撃が走る。
解析できた。
つまりこれはアレだ。
「悠斗さん、鏡はあらゆるものを反射します。力比べに於いて鏡は自分と全く同じ力を持っています」
同じミラーの能力者、美楽が悠斗に警戒するよう注意を促す。
そして、美楽の忠告と同時に彼女の方向から眩い光が男に向かって放たれる。
男の鏡一、二枚ではカバーできない質量感のある太い光線が男に飛来する。
悠斗はその場から緊急回避。
巻き添えの可能性を考慮して場を離脱したのだ。
予想通り悠斗のいた位置もろとも美楽の光線が全てを焼き尽くさんと男に迫る。
しかし、こんな程度で試練が突破されていいはずがない。
男はその場を動かず、あわや消し炭なるかと一同に思わせたが、光線が目前まで迫ったその瞬間、背中に備えていた特大の鏡が男を庇うように光との間に割って入る。
その鏡の鏡面はやや上向き。
そして、光線がその鏡に触れた瞬間、美楽の放った光線全てが天井へと流されていく。
高い天井から耳を裂く爆音が響き、天と地が揺らぐ。
遅れて後方には瓦礫が崩れ落ち散乱していた。
「これで限界なら先は遠いぜ?」
美楽と悠斗を挑発し更なる猛攻を志願する。
「のんのん、あの人空中に」
「――! は、はい!」
だが、絵美が誰よりも先制しノアに指示を出す。
ノアも指示通り行動するがその意味は理解できていない。
瞬間移動――瞬間移動――。
男とノアが一瞬にして空中へと投げ出された。
瞬間移動――。
次の瞬間ノアはその場から悠斗のもとへと帰る。
「今度はなんだ?」
曲芸を期待して男が笑う。
何が来ても、自分が死ぬとは思っていない。
自分の強さを信じて止まない。
そんな強気な姿勢が窺えた。
鏡を地に残して男の体だけがゆっくり、そして次第に加速して落下する。
鏡はノアの能力の性質上、質量オーバーで転移できないのだ。
無論、そうでなくても、態々厄介な鏡を男のそばに置くなど愚かな真似はしないが。
「悠ちゃん、これ!」
絵美が続けと悠斗に球体の何かを渡す。
「へ? わっ、これっ!」
「投げて!」
悠斗の手に渡るそれは黒くて危険な球体。
絵美に投球能力がないのかそう要求してくる。
「せいっ!」
「なんだ、その程度か……」
悠斗の躊躇ない全力投球に男は嘆息した。
悠斗の肩と腕の力でその球は一瞬で男のもとへ届き、周りの物質を巻き込んで爆発を起こした。
「なんすか急に! 爆弾とかどこで――!」
「しっ! まだ」
咄嗟に手放せたものの、もしあの爆弾に動揺して手元にあるままだったら……考えるだけで恐ろしい。
それを抗議したが取り合う様子なく逆に静止される。
絵美の言葉に煙の上がる辺りを感覚で探ってみると、活気に満ち溢れた生物の気配がする。
「きっ!」
悠斗が歯を鳴らして地を蹴り跳ね上がる。
煙が霧散する前にその中へ飛び込み、視覚の潰れているうちにケリをつけようという算段。
感覚を目印に男へ急接近し回転を含めた高威力の一撃を蹴り込む。
パンッ!
「チッ!」
また先程の感触。
鏡だ。
パンッ! パンッ! パンッ!
「チッ!」
パパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパパ。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も叩き込み蹴り込み殴り込む。
そして、その悉くを弾かれ弾かれ弾かれ弾かれ弾かれ弾かれ弾かれ弾かれ弾かれ弾かれ弾かれ。
長時間滞空できたのは、鏡に触れた際に反動で軽く体を跳ねさせ落下の勢いを数十回に渡り殺したためだ。
悠斗の攻撃と鏡の高速移動に煙が散ってゆく。
埒が明かないと一旦その場を引く。
悠斗が身軽に地へ着地するが、男は――
「不便だな、浮遊できないってのも」
あの唯一の特大の鏡の裏面に直立し空中から四人を睥睨していた。
憎たらしい笑みが嘲笑のように悠斗を嘲る。
腕を組んだ手が憎らしい。
傷一つないのが憎らしい。
体力に余裕があるのが憎たらしい。
「ミラー能力ってのは浮遊付きなのかよ」
不思議と受け入れられる光景に悪態をつく。
「いえ、あれは八咫鏡を得た者の力です。鏡の質量と現出量、そして投射能力などのミラー能力が強化されているようです」
美楽が解説をくれるが普通より強い、以外に理解ができなかった。
「ってか、俺のスピードについてくるって……キモすぎるだろ」
自画自賛ではないが、肉体強化した悠斗の速度への対応が完璧なことに言葉が出てこない。
「兄ちゃん、キモいは流石に悲しいぜ」
悠斗からの貧弱な語彙による評価に少し声に感情を混ざらせる。
「兄ちゃんな、溢れ出る魔力を制御しきれてねぇんだわ」
親切にも欠点をあげられる。
鷹揚な態度で言われると、自分の力不足に対する指摘の説得力が増す。
「……?」
「おい兄ちゃん、まさかわかってねぇのか?」
悠斗の無理解の表情に男が愕然とする。
「お兄ちゃんは、4月に能力開花したばかりで、その時に初めてこの世界を知ったんです」
「いやいや嬢ちゃん、さすがにそのジョークはきついぜ」
「……本当だが」
「事実です」
「事実らしいよ」
「…………何モンだよ、兄ちゃん」
ノアの語る真実を真に受けない男が笑って取り合おうとしないが、本人含め他の全員が肯定する。
ノアは悠斗から話した。
絵美は噂からの信憑性は分からない情報だと、口調が告げている。
美楽は……まるで事実と知っていたかのような口ぶり。
いつ知ったのか。
いやいや、本題はそこではない。
悠斗の周囲には変態や謎多き存在以外に現れないのだ。
こんな不思議一つで動揺していては気を保てない。
問題点は、圧倒的実力と自信を持つ目の前の浮遊した男が称えるほど、悠斗からの魔力が溢れ出ているということだ。
「……まあ、何者かは知らんが今すぐに正せる問題じゃないさ。試練が終わってからじっくり悩みな、兄ちゃん」
早々に雑談を切り上げ、戦闘モードに再度切り替わる。
正直もう勝てる気がしない。
しかし、頭や口でどうこうしても、結局は行動を起こす必要がある。
無理難題でも、前途多難でも、全速前進だ。
男が四つの鏡をそれぞれに向けて光線を発射した。
さっきまでの防衛型から、攻撃型へと転換したようだ。
ノアはテレポート、美楽は男と同じくミラーの反射で何とか凌そうだが、絵美が危ない。
悠斗が想像する絵美の能力では、男の攻撃を防ぐ手段が彼女にはない。
咄嗟の判断で光線の回避と合わせて絵美を連れ去るように捕まえて、光線から逃れる。
悠斗の全速力の突進でも、光との間に立ち塞がって身代わりになっても、絵美に被害が及ぶ。
賢明な判断で素早く行動し、絵美をお姫様抱っこすると男から距離をとった。
「突然すみません、大丈夫ですか?」
「おー、ありがとありがと、イケメンだね」
「いや、俺の顔面偏差値は関係ありませんから」
「こんな状況で的確なツッコミ! 余裕だね」
「先輩もですけどね!」
「んー? 誰って?」
「――! 絵美さんもですけどね!」
「こんな時に――」
「何を――」
「「イチャついてるんですかー‼︎」」
遊び心の抜けない絵美に悠斗が対応し続けると非常に仲睦まじい男女関係が構築されていった。
試練という状況下で楽しむ二人に対し、美楽は絵美を、ノアは悠斗を叱責しにすっ飛んできた。
「お兄ちゃん! こんな時に何で絵美さんと楽しそうにしてるんですか! 緊張感と私への愛が足りません!」
ノアが悠斗を見上げて激しく抗議した。
「絵美! あなたは悠斗さんと遊びに来たんですか! もっと真面目に、本気で、戦ってください!」
美楽が絵美を見下ろして強く抗議した。
「「なんか、ごめんなさい」」
自分に非はないと互いに内心文句を言うが、表面上同時に頭を垂れて謝罪した。
「……俺のこと、無視……?」
折角先手を打って自分のペースへと転換した男だったが、慣れない空気に当惑し攻撃の手を止めてしまっていた。
試練の監督を務めて数十年。
こんな屈辱とも愉悦とも無縁の感情、そしてそんな感情を与える挑戦者は初めてだ。
「なんか……もう、本気でいいか?」
慢性の空気に男が呆れて、力ない本気モード宣言をする。
すると、さすがにキャイキャイと言い合ってもいられず。
「絵美! 話は試練を突破してからしますからね」
「分かった分かった」
「お兄ちゃん! この試練を突破したら、私に優遇権を与えてもらいますからね」
「分かった分かった――とはならねえぞ?」
「ええぇっ、そんなぁ……」
美楽と絵美の会話の流れに乗せてノアも最高の権利を得ようと試みるが、悠斗にその手は通用しない。ガックリと肩を落とし落胆に深過ぎるため息をつく。
しかし、どんな理由であれノアがいつもの数倍の力を振り絞ってくれるのなら、
「まあ……頑張ったやつには、いいことがあるかもな」
上げて落としてまた上げる方法で、ノアのやる気をさらに膨らませる。
「いいことっ! それって――!」
「さあ、何だろうな?」
ノアの想像することは所詮低能なことだ。
いいこと=エッチなこと、とでも勝手に思っておけ。
悠斗は一言も言わないが、その勘違いで勝手に強くなってくれるなら本望だ。
「よーーーーーし、やってやりますよー!」
「私も、やってやりますよーーーーー!」
「じゃあ私もノっちゃって、やっちゃうよーーーーー!」
「あれ? なんか増えてない?」
悠斗の安い条件で二人、そしてその二人に合わせて一人が本気モードに入った。




