第十話 試練は続くよ
ノアが通路を進んだ先。
光のある部屋の中央にボタンがあった。
「……えいっ」
罠に警戒しつつも勢いよく押す。
が、何か変化が起きたりはしない。
「…………」
静寂に恐怖し、壁の方へと寄った。
広い空間では中央に佇む行為が恐怖を余計に煽る。
閉塞空間もまた恐れの対象となるが、それはまた別。
「も……もしかして違った……?」
目尻に涙を滲ませて自分の失敗を想像した。
瞬間に全身を戦慄が駆け巡る。
失態と同時に頭へと浮かぶのは兄の死だからだ。
「ど、どうしよう……」
戯けながらボタンへと近づき何かないかと捜査を始めたその瞬間――
「ふぇっ!――」
――――――。
その場からノアの姿が消えたのだった。
*****
拘束された腕を見つめて時間を数える。
悠斗が手錠を嵌めた瞬間から計測を始めたので正確ではないが、かなり近いだろう。
間もなく十分。
余命宣告的な試練の文章を今一度読み返し、余命が僅かである事を確認した。
いや、ノアさえ成功させてくれれば悠斗は助かる。そのためそこに一縷の望みをかけるが……
「ノアがこれを読めるとは思えねえしな……」
ボタンを押す瞬間こそノアに信頼を預けたが、待ちあぐねている間で認識を改めるとノアに古語が読めるとは思えなくなってきたのだ。
十分が経過した。
「人生短いな」
死への恐怖が薄いことに自分自身驚きを隠せない。
福田とヴァラグには悪い事をしたと悪びれながらも、それに対する贖罪はない。
何故なら罪を償おうにも、その時既に悠斗は死んでいるからだ。
チャリッ
「ん?」
不意に耳に飛び込んだ高い音は悠斗の五感を刹那の間だけ支配した。
目に映るそれが何か、当然わかる。
手にすることができないと思っていた超絶レアアイテム。
「おおっ! 来たー!」
それを即座に回収し手錠を外すと、腕を天に掲げて高々と叫ぶ。
「愛してるぞー」
名前までは呼ばない。
もし聞いていた時死にたくなる。
だが、死を回避したことは何よりも幸せだった。
悠斗の室内で反響する声を聞きながら、思った。
「しかし、こっからどうすんだ?」
周囲を見回しても進む道がない。
それどころか帰る道もない。
手詰まりとも思える状況。
ならばここで試練は終了か?
一応室内を散策してみたが何もない。
「んーー……」
顎に手を当てて唸る。
まだノアの側で試練が続いていると仮定するなら待つ他ない。
「ん?――」
しかし突如、悠斗の身体が薄白い光に照らされる。
そして一瞬にしてその場から消滅した。
目を開くと、視界の中には……
「おお!」
絵美がいた。
「お兄ちゃん!」
ノアがいた。
「ほっ、よかった」
美楽がいた。
「……あー、これって終わったやつ?」
突然の眩さに視界を遮ったと思えば突然にメンバーが集結している。
事態の処理は不完全だが、そうとだけ何となく読み取れた。
「はい、恐らくこの試練は終わりです」
「そうそう、あと一つだね」
美楽の肯定に合わせて絵美も軽快な足取りで動きながら付け足した。
「はーー……色々とキャパオーバーだが……どうしたんすかこいつ」
悠斗に衝動的に抱きついて離れないノアを指差し二人に尋ねてみた。
「さあ……」
「んー? 不安だったんじゃない?」
美楽は無理解に首を傾げたが絵美は心笑顔でニヤけながら答えた。
「はぁ……おーおーよしよし可愛そうに、よく分からんが」
適当に慰めて頭をポンポンと撫でる。
少し汗をかいていた。
全力で暗闇を走り抜けたと予測できた。
「……あぁ……」
その発想とともに絵美のローラーシューズも何となくだが合点がいった。
「それよりも」
全員気が抜けて自由気儘な態度を取っていたが、美楽だけは違った。
3人とは異なったオーラで明かりの灯った通路の先を見据える。
「恐らく次が最後です」
「……このまま行くんだね?」
「ええ」
どうやら、一気に試練を突破する試みのようだ。
かと思ったが、
「お二人には負担かと思いますが、退出方法が分からないので……」
と付け加えた。
確かに出口はどこにもない。
美楽ならどうとでもなるわけではなさそうだ。
自信なさげで頼りなさそうな声音だった。
自分の能力不足を実感しているのだろう。
「いえ、大丈夫です……だよな?」
自己完結しかけたが、ノアの気持ちを考慮していなかった。体をノアに向け同意を得るともう一度美楽を見つめて頷いた。
「ありがとうございます」
美楽がご丁寧に腰を折る。
偏屈になるが、依頼なので仕方がない、と言いたい。
「話終わった? それじゃあ、れっつごー」
絵美がいつの間にかローラーシューズを脱ぎ、どこかへと消し去っていた。きっとまたポケットだろう。
使用済みの靴をポケットとは、なんて不衛生な。
笑って鼻歌混じりに美楽と並んで先頭を行く。
エリカに酷似した性格だ。
先輩に対して失礼だが、正直面倒なタイプだ。
エリカと違うところと言えば、絵美の方がエリカを上回る程度に機転を利かせてくれるといったところだ。
誤差の範疇だが。
人生一年分の違いだろう。
絵美の鼻歌に気を紛らせながら通路を進み続けると、過去に類を見ない大広間が試練の間として設けられていた。
どうでもいいが、絵美の歌っていた曲は何かわからなかったが、非常に音域が広かった。知らぬ曲でも絵美が上手なことは理解できた。
さて、大広間。
四人は中央少し手前で立ち止まる。
人が一人座っているからだ。
存在は早めに認識したが、それが男である事、そしてその男が眠っていることはここで初めて知る。
「ぐぅーー、ごーー、ぐぅーー、ごーー」
座って膝を立てたまま姿勢悪く眠っている。
腰や首などあらゆる骨や筋肉に響きそうな姿勢だ。
「どうします?」
悠斗が美楽を見て小声で確認する。
この男が試練関係である事は確実だが、起こす必要性は謎だ。
もし既に試練が開始されていて、男を倒せという試練なのであれば、絶好のチャンス。卑怯と言われようともこの好機を逃すわけにはいかない。
「そうですね――」
「んぐっ……しぃーー、はぁぁーー、ふわぁーーっぁ……」
美楽が作戦立案に入りかけた時、男が気配を察知したのか、大きな呼吸と欠伸の後眠たそうな目で悠斗たち――主には美楽を見た。
「……あがっ!………………」
そしてハッとし目を剥く。
しばらく硬直し状況を飲み込む時間をとった。
「…………おーおー、やっと来たか、来るのが遅すぎて危うく寝落ちするところだったぜ!」
耳が震える大声で虚勢を張った。
まさかの誤魔化し作戦。
悠斗たちは唖然とし、反応に困惑する。
「……いや、思いっきり寝てたが……」
ツッコミ役の悠斗が遅れて指摘する。
「はっはっはっはっはっはっ!」
男は高らかに笑い、悠斗の言葉を受け付けない。
これはまた、何というか……苦労するキャラだ。
「なんなんだ……?」
悠斗が周りと顔を見合わせて呟く。
3人も「さあ?」と困り顔だ。
「はっはっはっ! ジョークジョーク! 俺は寝てたぜ!」
そう言って悠斗たちの思考が間違っていないと肯定した、が別に聞くまでもない。
「気づいてましたが……」
「なんっ!……だとっ!」
驚愕に全身を震わせて目を瞠る。
立ち上がってよろよろと四人に歩み寄る。
「貴様まさか……相当の実力者か!」
美楽に顔をぐいっと近づけて動揺した瞳を見せる。
脅迫のように思える光景だった。
全員が呆れ、もはや試練の一文字も頭に浮かばないほど気が緩み始めていた。
「ぐっ、はっはっはっ! ジョークジョーク! 誰でも分かるって、あれくらい! なあ!」
またしても高らかな笑いが耳を裂く。至近距離故にさっきの倍以上はダメージがある。
そばにいる悠斗を見て唾を飛ばしながら同意を得ようとする。
「うえっ、きったね、唾散って!」
顔に跳ねた唾を急いで服の袖で拭う。
「そう嫌がるな、これすらも、ジョークだっつーの」
元の位置に帰りながら手を上げて揶揄う。
「マジで散ってるからジョークになってねぇ!」
悠斗が正論で答えるが男は高らかな笑いをやめない。
「はっはっはっ! まあそうカッカすんなよ。お前らどうせアレだろ?」
「――ぁ? アレってなんだよ」
「アレはアレだろ、あの……アレだ……えーと…………はぁ、めんどくせぇな、そんくらい自分で考えろ」
頭をくしゃくしゃと掻き軽く睨みつける。
「丸投げすんな! 俺が知るかよ!」
疲労感がエリカやノアとは比べ物にならない。
究極疲れる。
疲れる度鬼マックス。
「はっはっはっ、ジョークジョーク! アレってのはアレだ、試練だ! テレパスでもねえのにお前に分かるわけねえだろ、本気にすんなって」
「ぐ! こいつ腹立つ! マジで腹立つ! 殴っていいか⁉︎ なあ⁉︎」
沸々と湧き上がる怒り。
臨界点を超えるまで時間を要することはないだろう。
周りに同意を求めるがまずノアに宥められる。
「お兄ちゃん、落ち着いてください。取り合うだけ時間無駄です」
被害者の悠斗とは違い対処が適切だ。
「うんうん、のんのんが正しいよ」
「ギィーー!」
二人の柔らかい言葉の抱擁に悠斗は地団駄を踏み、ストレスを発散させた。
男はその様子を見て更に笑う。
「はっはっはっ! いいぜ、俺のこと殴っても!」
ここで予想もしない事を言われる。
「……は?」
当の悠斗も耳を疑った。
「殴っていいって言ったんだぜ? 面白ぇなお前」
再び聞いた言葉の意図に相違点はなかった。
「どういう事ですか?」
ただならぬ空気を感じ取った美楽が、悠斗が行動を起こす前に話に割り込む。
「ん? お前ら試練受けに来たんだろ? これが試練の最後だってんだよ」
忘れていた、試練。
特に悠斗は。
敵の勢いに気を飲まれ忘却していたが、今は試練の真っ最中だった。
「最後は、俺を気絶させるか、俺を認めさせるまで付き合ってもらうぜ」
男が笑う。
背に巨大な鏡を現出させ、自分の周囲にも計4個の中型の鏡を作り出す。
「ほら、殴っていいぜ? 超強い俺を、殴れるんならな」




