第八話 温くないが割と緩い
5分ほどは歩いただろうか。
直線を歩いた感覚だが実際のところは不明だ。もしかすると非常に緩やかな曲線を描いていたかもしれない。
だが、どうやらそれもここまで。
目の前には明かりが見える。
広間に近づきつつあることを理解しながらも驕ることなく懐中電灯で足元を注意深く照らす。
油断こそ大敵。
今現在に至るまで、通路では試練の文字が頭を過ることはあれど、何かそれに近い事態は発生しなかった。
この広間で、何かが起こる何よりの証拠。
ここまで焦らされた分緊張が強まる。
懐中電灯がしなる音を立てる。
広間が間近まで迫り内部が明らかになる寸前、足元のそれを発見する。
「……これは……入ったら閉じるな」
足元にある小さな線状の隙間を見て呟く。
踏み込んだ瞬間に鉄柵でも飛び出ることだろう。
「……試練だしな、しゃーないか」
ここは諦めて踏み入れる。
踏み込むと、大方目視できていた範囲以外も含めその部屋の全貌が明らかになる。
洞窟内にしては中々広い空間だ。
天井からは照明も差しておりそれなりに明るい。
正面には謎の作りをした解放済みの石扉と閉鎖済みの石扉そして看板が一つ。
左手には掌サイズの赤いボタンと壁に繋がれた手錠が一つ、そして一つの吐き出し口。
右手にはどこへ通じるのか、暗闇の通路が一つ。
「……なんだここは……ってか結局閉まんねぇのかよ」
ぐるりと見渡した感想、そしていい意味での期待外れな試練の対応に愚痴をこぼす。
色々見回したところ、やはりまず注目すべきは看板だろう。
最も試練の内容が記されていそうだ。
ボタンも無視できないが、赤いボタンは気安く触れないのが吉だ。
靴音を鳴らして看板の前までいってみる。
第五の試練
武器の力を示されよ
『石扉の向こう側に一つの鍵がある。赤のボタンが押されると扉は開く仕組みだがボタンは誰かが手錠を嵌めている間のみ作動する。ボタンを押すと石扉が開くと同時にその手前の石扉が閉ざされ先への通路は塞がれる。ただし手錠は装着して15分後に爆破する』
「……? よく分からんがひどい試練だな……」
「え、お兄ちゃん⁉︎」
「は?」
看板の説明文に難色を示して愚痴っていると右斜め後方から親愛なる妹の声が唐突に聞こえた。
思わず間抜けな声を出す。
「ノア!」
「まさか本当に会えるなんて! やっぱり私たちは運命の赤い糸で結ばれているんですね」
ノアが広間の空間へと喜ばしげに足を踏み入れたその瞬間。
キィィィッ、ガシャッッ、と鉄柵が伸び二人の方通路を封鎖してしまった。
「え! え! 何ですかこれ!」
ノアがその音にびっくり仰天、慌てて悠斗のもとに走り寄り、腕にしがみつく。
力が強い、痛い。
取り敢えずノアを引き剥がす。
「ここ読めよ」
看板を親指で示し黙読を促す。
「えっと……ふむふむ、なるほど」
「分かったか? つまり二人でこの試練を受けろってことだ、多分」
「ぽいですね」
二人とも理解はそこそこ早い。
捻くれた試練ではないが、仲間に命を預けることを求められる。
即ち、信頼度が問われる、と言ったところだ。
「どうする?」
「――? 何がですか?」
「あのな……」
本当に理解しているのか怪しい。
「どっちが手錠嵌めるかって話」
いいか?と人差し指を立てる悠斗にノアは「あー」と相槌を打つと、
「もちろん私です」
と決まりきった作業のように答えた。
「は? いいのか、そんな簡単に」
あっさりと役割分担が終わったことに拍子抜けする悠斗。
ノアのこの無鉄砲感が非常に怖い。
「――? お兄ちゃんに預けるのは当然ですけど?」
兄を――悠斗を信頼しきって止まない、そんな強い意志が汲み取れる眼差し。
顔が熱くなっていく。
「あ、照れてます?」
「……まあな」
「……そ、そうなんですか」
悠斗を揶揄ってみると案外素直に認めたのでノアも少し気恥ずかしくなって紅潮した。
「……よし、それじゃあノア、早速行くぞ」
「はい」
悠斗が二つの石扉の丁度間に立つ。
ノアも自分で手錠を嵌め自ら拘束される。
「押しますよ」
「……いつでも来い」
視界の外からノアの声が聞こえる。
悠斗とノアは丁度死角の位置関係にあったため、互いの様子は見えない。
だが、声はしっかりと聞き取れた。
ノアは強くバンッとボタンを押した。
同時、ガコンッと何かの外れるような音が室内に響き、続けて二つの石扉が開閉し始める。
悠斗とノアの接続が遮断され、代わりに悠斗の目の前の入り口が開かれる。
開き始めた石扉の向こう側は先ほどまでと違い光がある。
完全に扉が開き終わると真っ先に空間の中央に鎮座する石の台へと駆け寄る。
所要時間が不明な以上考える時間は無駄だ。
危険を顧みず石台の下まで寄るが、流石にその先は躊躇した。
理由は二つ。
一つは石台に罠のように置かれた鍵と小さな光石。
もう一つは巨大も巨大な石像の存在。
一旦鍵のそばを離れ、二つの巨大な石像が守る出口へ近づく。
動き出す気配はない。
だが、出口間近まで接近するとある事に気がつく。
「これは、バリア?」
進むべき通路があーちゃんのバリアを思わせる結界に守られていた。彼女の能力との違いといえば可視か不可視かの違いでしかない、と思われる。
付近には解除可能な装置はなさそうだ。
「……迷ってる暇はねえな」
固より固めていた覚悟。今更揺らぎはしない。
事態の想定は可能だが、それを回避することは不可能だ。
急いで台座に戻り恐る恐る手を伸ばし……鍵と光石への距離を半分ほどまで縮めると、勢いよくその二つを取った。
まるで盗み取るような動作で。
ゴゴゴゴゴッッ!!
ととてつもない地響きがあらゆる角度から悠斗を襲う。
注意を払っていた石像、そのうちの右側に位置する像が足を動かし悠斗の下へ歩き始めた。
恐怖にその姿を見上げ、一瞬足がすくむ、がほんの一瞬。
その巨像からの文字通り石の拳が振り下ろされた時には、反射的に身を翻していた。
「やっぱこうなるよな!」
叫び、焦り、転びそうになる。
なんとか上手く体勢を戻し鍵と光石を左右のポケットにそれぞれしまう。
冷や汗を拭い正面通路を見る。
「はあ⁉︎ なんであかねえんだよ」
バリアが未だ行手を阻んでいた。
その事実に少し怒りをぶつけてみたが、当然何も起こらない。
その隙にもう一撃、巨像が悠斗を狙って硬い拳を振り下ろす。
「くそっ!」
早速八方塞がりに思える状況、悠斗は悪態をつき身の危険を回避する。
一旦動き出した以上止められそうもない。
鍵と光石が台座を離れた時点で……
「いや、止まるか」
二つのアイテムが台座を離れて動いたなら、どちらも台座に戻せば止まるかもしれない。
動きを停止させたところでどうなるわけではないが、考える時間が欲しい。
台座まで急いで戻る。
巨像の次なる一撃が悠斗を狙う。
「鍵と!……光石!……光石!」
鍵を取り出し力強く台座に叩きつける。
だが、光石が中々取り出せない。
焦り過ぎズボンに引っかかった光石を上手く引っ張り出せなかった。
「あ?」
焦燥感に急き立てられ発覚が遅れたが、石像の動きが止まっていた。
「一個でいいのか……」
その時点で一つでも台座にあれば石像は稼働停止するということが分かった。
まず一つの収穫。
そして更に立て続けにその石像がゆっくりと地響きをさせて元の位置、定位置と思われる通路のそばに帰っていく。
これで二つ目の収穫。
一応二つの事柄を収穫できた。
「はぁ…………ふぅ」
僅かばかり上がった心拍数をため息で整える。
唾液と空気を同時に飲み込み喉を鳴らす。
「バリアも開かねえし、石像は片方しか動かねえし……どうなってんだよ」
想定通りに行かない事に腹を立てつつある。
表面上は落ち着いているが、内心は相当だ。
「……とにかく時間がねえ」
ノアの信頼を裏切ることを何より恐れ、悠斗は早速次の行動を起こす。
バリアの下へ走り再度観察。
何もない。
巨像の真下へ行き観察。
「……?」
そこであることを知る。
石像は巨体のためか壁に密着できていない。問題はそこではなく、壁と像の間を覗くと、像の足からずっと梯子のようなものが続いていた。
上の方は背が密着していて見えないが、梯子に何か意図がある。しかし登ろうにも壁が邪魔で不可能。
それはつまり……
「動かして登れってか?」
無謀すぎる話だが、やってみる価値はある。
幸いにも悠斗は肉体強化のおかげで、たとえ高所から落下しようとも簡単には死なない。
「うっし」
すぐさま台座の鍵を取りポケットにしまうと、またまた石像が作動した。
石像を引きつけ壁から剥がす。
ある程度離れたら石像の背後へ、回ろうとして上を見る。
「――! あの穴か!」
壁の丁度石像の頭が位置していた部分に人1人が入れる程度の穴がぽっかりと口を開けていた。
「うがっ……」
そこに気を取られすぎて、悠斗は重たい一撃を食らった。
無傷とはいかないが致命傷は防いだ。勿論、能力で。
「げほっ、ごほっ……おぉえっ、砂の味、ぺっ、ぺっ」
口に入り込んだ砂を吐き出し上を見上げる。殴られた甲斐あって壁の真下まで吹っ飛んでいた。
「この距離ならいける」
巨像の高さは約20メートル。その頭の位置にあった穴に一般人が飛び込めるはずはないが、悠斗の能力の存在がここでは非常に有効だった。
「ふっ!」
足に魔力を流し脚力を強化。
爆発的なパワーで跳躍した。
アニメのように地が爆ぜたり凹んだりすることはなかったが、多少の罅は入った。
直後、悠斗を狙ったもう一撃が先まで悠斗のいた地面に撃たれていた。
「っと、っぶね」
穴に華麗に入り込むと下を見下ろしその光景を目の当たりにする。
流石に何発も受けれるほど軟弱な攻撃ではなかった。
以降食らいたくはない。
気を取り直して奥を振り向くと。
「お、これか」
一つ前のノアといた部屋にあったようなボタンが一つ怪しげに壁にへばりついていた。
躊躇なくボタンを押し颯爽とその場を抜けて穴から飛び降りる。
ゴゴゴゴゴッッ
「ん?…………はああ⁉︎」
地鳴りに釣られてその方向を見て驚愕した。
悠斗が滞空している間、なんともう一方の石像までもが動き始めた。
悠斗の絶叫に反応したわけではないが、未だ空中に身を投げ出している悠斗を狙って、先程の巨像の拳が悠斗を上から潰しに来た。
「やっべ!」
空中では身動きが取れない。
流石の悠斗もその一撃は回避のしようがなかった。
強い衝撃が地面に走り、悠斗の跳躍時以上の亀裂が大地に流れる。
拳と大地の間にいた悠斗は、果たして……。
拳がゆったりと持ち上がる。
石像に意思があるかは不明だが、恐らくその意思だ。
土煙が晴れ、そこには……悠斗が立っていた。
「ってぇ…………流石に応える……ぷっ!」
垂れる鼻血を拭い、腹を押さえながら、最後には口に溜まった砂を勢いよく吐き出す。
バリアの方に一瞥をくれるが相変わらず解除される気配がない。
「ったく……まぁどうせあっちにも穴があるんだろ」
悠斗は通路の作りが左右対象だったことを思い出し、ここでもきっとそうだと確信して言った。
誰に言い聞かせるでもなくただ独りで。
しつこく降り注ぐ拳がまたしても、しかも、今度は二つ同時に悠斗に襲いかかる。
だが能力を行使し高速で移動すると二体目の像のいた壁まで近寄り見上げる。
「っ! 穴が……ない? ある?」
一眼では見破らなかったが、目を凝らしてみてみると何かがあるように見える。
この位置からでは見えないと判断し、悠斗は壁にほぼ密着するとまた飛び上がる。
石像は巨大故に動きが鈍い。
一応の安全策を取りつつ大胆に行動していく。
間もなく10分が経過しようとしていた。
穴があると予想した位置まで跳ぶと、やはりそこには穴があった。
「この穴、あの時の!」
それは大きさこそひどく小さいが、見覚えがあるものだ。
悠斗がここへ来る途中に見つけた、「光を通すと開通する道」に備え付けられたそれと同じだ。
ならばここにも光を与えれば。
そう思い懐中電灯を取り出し穴に向ける。
しかし僅かな滞空時間では間に合わなかった。
壁に掴まることもできない作りになっているので、作戦から間違っていることになる。
とすれば、
「頭!」
振り返り二体の巨像を見下ろし、見上げながら落下する。
落下中にまたしても攻撃が降り注ぐが、着地と同時に素早く身を回して避け、像のうち遅れて動いた方の背へ回り込む。
やはりこちらにも梯子が掛かっている。
登る暇なんてなく、跳躍で一気に頭まで跳ぶ。
なんとか頭にしがみ付き手掛かりテキトーに探すと何かを嵌め込む穴があった。
咄嗟に脳裏に浮かんだもの、それは、
「光石!」
別の巨像が悠斗を像ごと潰さんと拳を振るう。
急いで光石を埋め、セット完了する。
しかし、ここで下手に動き万が一光石が砕けるなどしたら試練の突破とノアの命、どちらも捨てることとなる。
それを避けるため、悠斗は覚悟してその重たい一撃を食らった。上手く像の頭を庇いながら。
悠斗が煙の中から落下する。
一撃に気絶し落下した?
否、彼はそんな柔な生物じゃない。
華麗に着地し、それと同時に鼻血と顔を滴る地がポタポタっと垂れた。
傷の治療を後回しにし急速に台座へ向かい鍵を置く。
「これで、どうだ!」
ノアの命が掛かっている。
少々荒いやり方でも仕方がない。
とにかく急げ。
二体の石像の動きが停止し、定位置へと帰っていく。
「早く! 早く戻れ!」
そのゆったりとした足取りが焦ったくもどかしい。
やがて定位置に戻り数秒経つと、
「っしゃ! 来たァッ!」
バリアが解除される。
鍵を手に持ち直し俊足で通路へ突入。
後方から石像の動く気配はなかった。
「よし! よし!」
自分の働きにガッツポーズを決め、奥へと走る。
するとすぐに小さな一室へと到着する。
中央に鍵を置く台座、手錠、ボタン、そして看板が設置してある。
看板に目を通す。
黙読するが、急ぎの用なので速読する。
「……なるほど」
どうやら、まだ試練は半分も終わっていないようだ。
台座に鍵を置き自分の手に手錠を嵌める。
手錠はノアの時と同じで台座に繋がれているため動き回れない。
鍵と自分の腕のセットを完了して赤色のボタンを見つめる。
「はあ……」
思わずため息が漏れた。
「頼むぞ、信頼してるからな――」
呟き、腕を軽く引くとボタンへ向かって勢いよく腕を振る。
「――ノア!」




