第七話 導く
いたって普通の洞窟だ。
人工的に掘られた形跡があり、灯りや通路はしっかりとしている。
感覚的には鏡に吸い込まれた気分だが実際のところは不明だ。
少なくとも、ここが山小屋の中ではないとだけ言える。
転移した場所の分析に数秒費やし、これからの行動の思考に数秒費やす。
まずは試練受験者の美楽に指示を仰ぐところから。
「これで第五の試練へ突入できたと思います」
辺りを確認し、危険物や重要アイテムがないかを探った後、その存在がないことを理解して悠斗たちを見やる。
「これからどうする?」
絵美も辺りを見回し、やはり目立ったものが無いことを確認すると少し困ったように言った。
「ここでは……進む他ないでしょう」
美楽が提案する。
「ですね」
合わせて相槌を打つ悠斗。
全員が向いた方向には一般の通路が伸びていた。
明かりのない暗闇の通路で、現在立っている部屋から離れるほど闇は深くなるはずだ。
危険を伴うが、それこそ正に試練。
今までの安直すぎるものとは難易度と危険度が桁違いと言うことで納得できる。
美楽がまたしてもどこからともなく小さな鏡を現出させる。
その小型の鏡を胸の前辺りに浮遊させ鏡面を暗闇の奥へと向ける。
すると、パッと明るく発光し、一筋の光線が付近の闇を塗り潰してくれる。
「行きましょう」
安全性はある程度確保され、若干安心したのか、一同困惑と躊躇少なく通路を進み始めた。
しかし、相変わらず魔法とは物理法則に反する。
鏡の鏡面は光を反射して光っているのだから、鏡から光線が出るなど現実的に考えておかしい。
世界の物理学者がひっくり返ることだろう。
勿論、魔法は非現実的なものなので物理法則なんて役立たないものと魔法は関連づけて考えるだけ頭を痛めるだけだ。
暗中を進むこと3分。
「……参りましたね……」
美楽がザッと突然立ち止まり頭を抱えた。
真後ろについていた悠斗は慌てて避ける。
「いったい……」
何事か?と言いかけてその答えを自分の目で確認した。
美楽を避け通路の端に寄った悠斗は美楽と横に並ぶ形で立ち止まっている。その位置から美楽の視線と鏡の光の先を見ると、なんとそこには分岐点があった。
どちらもまだまだ奥深く闇が続くようで、簡単に引き返せるとは思えない。
「どうします?」
一応意見は聞くが、悠斗の中で既に答えは出つつあった。
「2-2で別れるのが無難でしょう」
「だねー」
悠斗と同じ見解で答えを導こうとする美楽に絵美も同意して首肯する。
しかし、ここで一つ問題が発生。
「しかし、私の班は私の鏡がありますが……照明もしくは火属性や光属性の魔法が使えたりしますか?」
暗闇を進むにあたっての必需品、照明具の存在。
悠斗もノアもそこまで用意周到ではない。
絵美も持ち合わせていない様子。
ノアが使う通常魔法は水属性のみで、悠斗は通常魔法なんて使用不可能だ。練習すらしたこともない。
美楽の鏡は美楽から離れた位置でも機能するが、視界に入っていなければ制御が難しいらしい。
残るは絵美だが……
「私も通常魔法使えないんだよねー」
「ほっ……」
絵美の申告に悠斗は一人安心する。
よかった、通常魔法が使えない異世界仲間がいた。
「そうですよね……。じゃあ絵美」
落胆することもなく、当然だと言って絵美の名前を呼ぶ。
一体何が始まるのだろうか?
当の絵美も心得顔でポケットに手を突っ込む。
そして、小さなズボンのポケットから、一つのスケッチブックを取り出す。
「うおっ、なんだ!」
体積比を無視したスケッチブックの登場に暗闇で開いた瞳孔をさらに開く。
「てってれー、スケッチブック〜」
四次元に繋がるポケットなのか、そんな小ネタを挟みながらそのスケッチブックを開くと白紙ページを広げて鉛筆で何かを描き始めた。
「3分くらい待ってねー」
素早く丁寧に鉛筆を走らせる。
壁にスケッチブックを押し当て、そこを美楽が鏡で照らしている形だ。
「あの、何を?」
何をしているのか、何を待てば良いのか分からず作業中の絵美に聞いてみたが、
「まあ待ってれば分かるよ」
と濁して答えを先送りにする。
その短い待ち時間、悠斗は美楽にもう一つ別の小型鏡を借りて分岐点の周りを捜査してみた。
何故なら二つほど気になることがあったからだ。
一つ目は二つの通路にそれぞれ一、二と番号が振ってあること。これは純粋に道の番号を意味すると仮定する。
よってこの件はここで行き詰まる。
二つ目は正面の分岐した二つの通路以外から感じる風とその音だ。
目の前の二つの道以外に人の通れる穴は無い。
つまり、人の通らないような穴がどこか近くにあり、そこから風と音が漏れているのではないかと推測した。
おそらく強化された五感と第六感を持つ悠斗だからこそ気が付ける微妙な違い。
「ん?」
そして、まもなくその小さな通気口を見つけた。
「――?」
悠斗の奇怪な行動を不思議に感じたノアが黙って悠斗に近づく。
悠斗は一度ノアを見た後、すぐに穴を見直す。
しかし、闇が深すぎて見えない。
ここでこそ使える美楽の小型鏡。
鏡を通気口の正面に配置し光を真っ直ぐ穴に通す。
そして鏡をずらしながら自分が奥を覗けるようにしようとしたその時、
ズガガガガガッッ!
と地鳴りと共に激しい音を立てて通気口のある壁がズレ始めた。
「わっ、な、なにっ!」
突如発生した揺れと音に絵美が過敏に反応した。
そのおかげで筆が逸れ、折角の綺麗な作画に変な一本線が引かれてしまった。
「す、すみません、なんか急に壁が」
絵美と美楽が寄っている、動いていない壁の方へ悠斗とノアも急いで避難し、謝罪しながらその光景を鏡の光で照らし出す。
洞窟が崩壊しそうな地響きが鳴り止む頃、通路の側面、悠斗たちの正面には新たな道が開かれていた。
最後の最後、壁の動作が停止した際、それはとても大きな振動音が反響した。
「……これは、隠し通路」
こんな洞窟ではありきたりな仕掛けだが、いざ目の前にすると感嘆の声も中々出てこない。
悠斗の呟きに他3名は唖然としてその光景を目に焼き付ける。
「凄いっ、なんで、なんでわかったの?」
絵美が興奮して悠斗に詰め寄る。
美楽の鏡は二つとも他方向を向いていて顔は互いによく見えなかった。
「いや、さっきからなんか風の通り方が妙だと思って探ってみたら……なんか……」
後退しながら絵美の勢いを鎮める。
悠斗自身、こんな大掛かりな仕掛けを見つけてしまった事に驚愕している。
自画自賛よりも自己嫌悪だ。
こんな力気味が悪い。
「さすがお兄ちゃん」
「ええ……流石です……」
ノアと美楽も開けていた口をやっと動かしたかと思うと絵美と類似して賞賛し始める。
こんな賛美を受け取るのは久しぶりすぎて……何というか、とても緊張する。
「悠斗さんを呼んで正解でした……。私や他の人だと何時間掛かったか……」
悠斗を助っ人として選んだ自分と悠斗の力に改めて賛辞を送りホッと一息つく。
「いや、俺はそんな……」
「謙遜してー、さては照れてるなー」
悠斗の無自覚な謙遜を絵美が揶揄う。
相変わらず顔は見えないが。
「お兄ちゃんはもっと自分の偉大さを知るべきです」
ノアが誇りつつも呆れるように呟いた。
「いや……俺は別に」
「いえ、本当に立派です」
美楽までも。
「そ、それより! これが4人で受ける試練なら変じゃないですか!」
美楽が敬う言葉と共に鏡の光も向けて来たせいで、悠斗の紅潮した顔が明るみに出る。
それに更に熱くなった悠斗が話題を試練に戻そうと必死になる。
「へん……?」
絵美が首を傾げるとノアや美楽も「ん?」と頭を捻る。
「……この道を見つけたせいで左右非対称になって現在道は3つ、そして試練を受けるのは4人のはず」
「――!」
「もしここにもう一本道があったら――」
「しっくりきますね」
途中までの説明で真理に辿り着いた一同。
悠斗の言葉を受け取ってノアが頷く。
「ちっさい穴です」
「探しましょう」
悠斗と美楽の合図で悠斗たちの背後の壁の穴を一斉に捜索し始める。
絵美も鉛筆とスケッチブックを一旦片手に持つとその捜索に加わる。
やがて、
「ありました」
悠斗がもう一つ先と同様の穴を発見する。
以後の行動も先と同じ通りにするとやはり新たな通路が一つ開かれた。
またしても激しく振動音が体を揺らす。
「本当にあったねー」
絵美は通路を見つめて「ほえー」と不思議な驚き方をしていた。
しかし、これで完璧に行動が決まる。
「1人1通路、進むしかないですね」
美楽が覚悟を問うように言葉にした。
全員が頷く。
だが、その前に確認事項と準備事項がある。
「絵美、明かりを三つ」
「ほいほーい」
美楽の指示に絵美が再びスケッチブックと鉛筆を取り出して何かを作図し始める。
「……一番と二番のペアの通路」
悠斗が通路の番号を見渡しながら呟く。
初めは無視していたが、一番と二番の通路が二つずつとなると少し妙だ。
「先で繋がっているのでしょうか?」
「かもな……何とも言えんが」
ノアと適当に話し合う。
突き進まないことには証明できない。
しかし、進むと戻れない可能性は大いにある。
恐ろしい試練だ。
「……生命を研ぎ澄まし、強固なその武器で死(4)の道を越えられよ」
美楽がふと呟いた。
「死の道?」
不吉な単語を拾った悠斗が先の見えない通路を見て繰り返す。
「死の道。『し』は死ぬの『死』と四の『4』をかけているそうです」
そうです?
自分の言葉ではない。
言葉の作り方が試練に参加する際どこからともなく聞こえた言葉と類似している。
とすると、これはこの試練の前に美楽へと告げられた助言だろうか。
「これは私が前回挑戦した際、第四の試練後に告げられた言葉です」
悠斗の予想は的中。
どうやら汲み取り方はあっていたらしい。
それと同時に美楽が試練に4人必要と考えたことも頷ける。
「なるほど、それで4人必要と読んだんですね?」
「はい」
手を下腹部あたりで重ねている美楽は少し落ち着いていて大人びている。
「でもじゃあ、『命を研ぎ澄ます』と『強固なその武器』ってのは一体何を?」
「さあ、それは」
「分かんないんか……」
「すみません」
「あ、いえ、そんな!」
てっきり助言の意味を理解して挑んでいるものと勘違いしていたが、それは買い被りすぎらしい。
うっかり口をついて出た文句に美楽がすこし腰を低くして髪を弄る。
「できたっ! よっしょっ、と」
絵美が嬉しそうに叫んだ後、彼女の方から強い光が放たれる。
都合三度、暗闇の中の強い発光に目を焼かれ、やっとその光が収まる。
悠斗とノアは目の前の腕を下ろすと絵美の手の中にある計三つのアイテムを見る。
「ほい、一つずつ」
絵美は手に持った懐中電灯をノアと悠斗に一つずつ手渡し、最後は自分の物としてポケットに一旦しまう。
悠斗は感触からスイッチを探し当て点灯させると、見難かった手の中の懐中電灯がよく見えるほど明かりがついた。
スイッチ以外全て真っ白で、装飾のかけらも無い色だ。
スイッチだけは薄い灰色でできている。探す手間を省くためだろう。
「それから荷物、邪魔になるから私が預かるよ」
そう言って絵美は更に手を差し伸べた。
「え、でもそれは……ああ……それじゃあお願いします」
絵美への負担を考慮したが、そういえば彼女のポケットは謎の作りだった。
スケッチブックや懐中電灯が容易に収納でき、且つそのポケットはまるで空のような外見、きっと重量もゼロに等しいだろう。
そう思い、スマホ、財布など貴重品を含めて全て絵美に手渡す。ノアも同様に。
すると、絵美は悠斗の持ち物を服の左ポケットへ、ノアの持ち物をズボンの左ポケットへ、自分のは確か服の右ポケットだったので恐らく美楽の私物はズボンの右ポケットに収納されているだろう。
「便利だな、魔法は……」
ご都合主義の魔法世界に嘆息する。
しかしこれで自由な行動が可能となった。
死の危険性を美楽に唐突ながら提示されたので万全の状態で挑みたかったところだ。
「それでは1人一つ明かりを持ちましたね」
美楽が所持品の確認をとる。
全員険しい顔、引き締まった顔など硬い表情で応答する。
流石に緊張感が普段の緊張の比ではない。
「私と絵美は一番、悠斗さんとノアさんは二番の通路へお願いします」
その指示に威勢よく応えるとそれぞれ通路の前に立った。
暗闇の奥から気味の悪い気配を感じる。
それは、生物の生命音や物質の動作音などではなく、純粋な恐怖から感じる悪寒。
懐中電灯を強く握りその手を見た悠斗。
「それでは、ご武運を」
「うん」「はい」「はい」
各々返事をし、自由なタイミングで先へと進み始める。
絵美が懐中電灯をどう手に入れたのか、大方予想はつくが真相は明かされないまま別れてしまった。
全員の能力程度は知って挑むべきだったが、流石に今から全員に待ったをかけるのは躊躇われる。
そこは観念し懐中電灯を点灯させると、強く、一歩を踏み込んだ。
どうやら、4人の中で最も遅い出だしとなったようだ。
何も、起きませんように。
試練としてはあり得ない願いを胸に一歩、一歩足を進めていった。




