第三話 アポ無し
主従関係の確認も終了し、健祉がまとめ終えた後に帰ろうかと考えていたが、どうやらそうは問屋が卸さないらしい。
盛大な入室で全員の視線を釘付けにする生徒会副会長。
後ろに控える友人は何やら赤面し室内を見渡した。
その女性がやがて見据える男――それは悠斗。
この状況下では必然的に視線が2人に向くためその女性とも目が合ってしまう。
すると、途端に女性――美楽は紅葉のような赤色で顔を染める。
悠斗も同じく緊張に赤面したが、顔面以上に体内が熱かった。
絶世の美女を前に高揚している?
いや、違う。
悠斗には女性耐性ができつつあった。
校内随一の有名人を相手に衝動が抑えられない?
いや、違う。
悠斗は噂云々に全く興味なく、美楽への興味も並大抵の人程度への意識と同じだった。
では何故?
「おおっ、なんだか凄い集まり。もしかして取り込み中?」
集中する視線なんて何のその。怖気付く事もなく確認を取った。
「いえ、丁度終わったところです」
伊龍が美楽と悠斗の甘い空気を壊すまいと代弁した。
だが、その会話に二人は同時に我に帰った。
「へえー……じゃあもしかして先生の神本家への陶酔度が判明したところ?」
「ちょっと、絵美……」
そんな絵美の軽口を慎むよう美楽が嗜めるが、伊龍は当然のように涼しい顔で受け流していた。
「もう、美楽だって前は便乗してたくせに、緊張しすぎ」
絵美が反発していた。
「ですが今は……」
舞台の上で堂々とした姿を見た者としては信じ難い消極的な美楽の性格。
強く印象的だ。
「えっと、それで……何か?」
ここはやはり代表として悠斗が切り出す。
依頼ボックスは放課後時点で空だったのでおそらく予約なしの来訪。予定は狂うが客は丁重に扱うべきだ。
「あっ…………いえ……」
美楽が悠斗の質問に数歩引いて大きく視線を逸らす。
「……もう、全く……」
呆れた絵美が横から割り込み代わって悠斗と向き合った。
「美楽が依頼があるみたいなんだけど」
「絵美っ」
「……はあ……、でも本人はそうでもなさそうですけど」
絵美の努力を悠斗は容易く打ち破る。
絵美と美楽の関係や、考えなど理解できていない。
できるはずもない。
「ぐぬぬ……。……! そう言えば悠ちゃん、今日体調大丈夫?」
「悠ちゃん⁉︎」
記憶上初耳のあだ名に悠斗は他の部員共々声を上げた。
「悠くん、どう言う関係!」
「お兄ちゃん、まさか最も進展している人が私でないなんてことは……!」
合わせて鬱陶しい二人が詰め寄ってきた。
うっさい!と一喝しようと思ったが、
「ぷぷっ、ノアちゃんってば自分が一番だと思ってるの?」
エリカが煽り始めた。
口元に手を当ててニヤける顔がうざい。
「むっ、当然です。信頼関係から成り立つ私とお兄ちゃんの最強コンビを超えられるものはいません」
対抗したノアも威張ってエリカに胸を張って見せた。
勝手に誤解してそのまま勝手に交戦し始めた。
しかも、その争いに珍しい参戦者まで入ってくる。
「いや、アタシと兄さんを超えるコンビこそいないし」
唯がノアを貶めるような発言をした。
司にくっついて呟くような独り言だったが声が大き過ぎて、丸聞こえだった。
司は爽やかな笑みでその様子を見守る。
「なっ! それは唯ちゃんと言えども見逃せません」
「別に見逃さなくていいし。結局アタシの勝ちなわけだし」
「そんな事誰が決めたんですか」
「アタシ」
馬鹿馬鹿しい応酬合戦だ。
「ちょっと〜、私を無視しないでよ。私と悠くんが一番なんだよ」
放置されて悔しかったのかエリカがぷんすかと怒りながら声を上げた。
唯が司から離れ、ノア、エリカと3人で火花を散らす。
「もう勝手にやってろ」
それ以降の争いなど眼中になかった。
ただ、あーちゃんと白翼がその仲を少し羨ましげに見ていたことは結構記憶に残った。
「面白い部活だね」
向き直った悠斗に絵美は白い歯を光らせた。
揺れる藍色の髪が無駄に優雅で風流だった。
「そう見えます?」
悠斗視点から見れば暑苦しい奴らの集まりでしかない。
活動内容も推定最も浅いだろう。
「っと、ところで名前……じゃなくて、体調って言うのはどういう……」
あだ名に意識が傾きかけたが上手くブレーキを踏んで優先事項を見極める。
絵美の言う体調が、朝から続く『発情』のことなら、何か知っているのかもしれない。
「ほら、昨日の夜ドロドロに発情してたでしょ? その余韻みたいなのが無いかなーって」
「えっ?」
「え?」
「え!」
悠斗、絵美、エリカの順で一字を繰り返した。
無理解に脳が侵食される悠斗、そして悠斗の記憶喪失的な疑問符に硬直する絵美。
そこへエリカがノアと唯との争いを放棄して飛んでくる。
2人はその後も喧嘩に類似した争いを続けていたが。
「何それ私聞いてない!」
エリカが初耳だと悠斗の肩を掴んで訴える。
「お前は落ち着かないな……」
「そんな事はいいの、それより今のどう言う事!」
悠斗の嘆息を振り払って詳細を問う。
彼女の迫り来る顔の圧が物凄い。
「いや、俺だって知らねえよ……」
入浴後の記憶が飛んでいる悠斗に発情云々の話は記憶されていないことになる。
頭の中からデリートされたことを知る由もない。
「え、そうなんですか⁉︎」
すると今まで外野寄りだった美楽が絵美の隣まで接近してきた。
こちらもまた圧が物凄い。
「え、ええ、はい」
心許ない返事で肯定すると美楽は大きくホッと息を吐いて胸を撫で下ろした。
「よかった……」
「良くない〜、昨日発情したって何〜。やっぱり昨日何かあったんでしょ」
鬱陶しい。
肩を揺さぶられて視界がぐらぐらと揺れる。
このまま揺すり続けられるのも邪魔臭いが、話してしまうとそれはそれで沽券に関わる。
「いや、まああるにはあるけど……」
「な〜に〜、な〜に〜、な〜に〜」
「だあああっ、分かったよ鬱陶しいな!」
エリカのしつこいコールに痺れを切らした悠斗が逆ギレのように怒鳴った。
「昨日はだな……」
そして済し崩しに昨晩の事件を説明する。
「……って事があったんだよ。俺が覚えてんのはここまでだ」
破廉恥な内容のためか、それとも単なる嫉妬の怒りか、どちらとも取れない理由からエリカの顔が赤く膨れ上がっていた。
悠斗は話の最後に一番付け加えて残りは絵美か美楽から聞けと暗示したが、それが処理されているかは怪しいところだった。
他の面々も何やら不審な目で悠斗を見ていた。
「何だよ! 俺は一切悪くないぞ!」
自分に非はないと断固主張する。
事実だ。
悠斗は善良な一般市民。
美楽の勝手な能力の切り忘れ(と思われる)が悪だ。
「ずるい! 私も悠くんと…………お風呂……」
エリカが反抗し始めた、と思えばすぐに顔の赤みが増して静かになる。
全く不思議なやつだ。
「無理に決まってんだろ。今回のは不可抗力だ」
正論で応対し悠斗が同情されやすい構図を作るよう試みる。
「まあ私は一度経験済みなので」
ノアが誇ったように胸を張った。
いつの間に唯との喧嘩の幕が閉じていたのか。
「――っ! ノアちゃんのバカッ、変態っ、エッチ!」
エリカがノアに強く当たる。
自分の発言を顧みれば同程度な気もするが……。
いよいよ情緒不安定の線が出てきたか。
「……その後のことも聞く?」
忘れ去られていた絵美が小悪魔な笑みと上目遣いで悠斗に問いかけた。
勿論気になる、が、これ以上の深掘りは身を滅し兼ねない。
「いえ、結構です」
丁寧に断りを入れた。
「そっか、やっぱ聞きたいよね」
「俺の権利はなしですか……」
わざわざ口や耳を塞いでまで拒む事ではないので愚痴を溢すだけに留める。
「あの後ね――」
「絵美! あなた何を――」
「いいからいいから」
絵美の暴走を察知し美楽はいち早く制御を試みるが当の絵美の簡単に静止されてしまう。
伊龍や露無、健祉から司まで全員が興味ありありとした様子で耳を傾ける。
「あの後ね、お風呂に入れたこの入浴剤のせいで悠ちゃんが発情しちゃってね」
くすくすとニヤけながら語り始める。
性格の悪い人だ。
頭のノートにメモしておこう、生徒会副会長、悪質、と。
いやいや、そんな事より、絵美がポケットから取り出した手の中に丁度収まらないサイズの何かの方が重要だ。
「あなた、まだそんなもの!」
「おっと、渡さないよー」
「こらっ、早く渡しなさい!」
「また使うんだから……はいっ、残念、もうしまった」
その小道具一つの取り合いが始まったが、やがて勝敗が決する。
どうしてポケットにしまうと絵美が勝ち誇れるのかは理解し難い事だったが、恐らく四次元にでも通じているんだろう。きっとそうだ。
「あの……」
2人との話が全く進まず困惑する。
2人だけ別の空間に立っているようだ。
悠斗の後ろでは白翼が小さく「やっぱこっち側の人間か……」と呟いていた。
そういえば白翼たちはまだ知らなかったな。
「あー、ごめんごめん」
絵美が普通に笑いながら悠斗に向き直る。
隣で大人っぽく、しかし幼く膨れている美楽は一旦意識の外に追い出そう。
「今のは入浴剤なんだけどね、あれには浸かった人を無差別に発情させる効能があるの」
「なんて迷惑な……。俺はその湯船に浸かったと?」
「そうそう」
「……なんて迷惑な」
誰だ、こんな危険物を開発したのは!
購入者も購入者だが(絵美とか)。
「まあ分かりました」
これで漸く本題に突入だ。
「いやいや、面白いのはここからでしょ」
と思ったがそうでもないらしい。
「ちょっと絵美! それだけは本当にダメ!」
そこに強く反発したのは美楽。
絵美の肩をがっしりと掴んで猛反対する。
身長や態度から見てもまるで親子のようだった。
因みに美楽は悠斗よりも身長が高い。
悠斗は172センチメートル、美楽は174センチメートル。
2センチ差だが男女の差としては相当大きい。
加えて余談だが、身長に比例したのか胸の大きさまでトップクラスだった。
絵美は以前の供述通り然程成長は見られない。
さて、現状に戻ろう。
「えー、絶対?」
「絶対!」
「絶対の絶対?」
「絶対の絶対の絶対の絶対の絶対の絶対!」
「わ、わかった、わかったから落ち着いて」
高身長から見下ろす圧力が効いたのか、絵美が降参した。
どうやらやっぱり話はお終いらしい。
ようやっと本題へと突入……できるよな?




