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神の名のもとに〜異世界と現実の狭間に生きる〜  作者: 麒麟燐
第二章 王政奪還編
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『第一部』 第一話 純粋無垢な入部希望


 4月22日、月曜日。


「悠くん、悠くん」

 身体が揺すられ名前が呼ばれる。

 少しずつ意識を取り戻して行く悠斗の薄く開けられた眼からは揺れる世界が見える。

 その揺れる部屋の中、最も近くに見えるその人は桃色の髪を揺らして必死に悠斗を覚醒させていた。


「大変だ悠くんが起きない、これは目覚めのキスをぅ――」

 中々返答しない悠斗を起こす手段として強硬な策に出たが、エリカの唇の接近に危機を感知しその顔を右手で押し止めた。

 そしてゆっくりと重たい体を起き上げる。


「っつーー、なんか気分悪いぞ……」


 風邪とは違った気怠さを感じ開いた左手で己の額に触れる。

 触れたところ熱はない。

 二日酔いのようなものだ。

 とは言っても、悠斗は二日酔いをしたことがないが……。


「どぅいじゅぅぶ?」


 悠斗がエリカの口元を押さえているので歪んだ口から出てくる単語は解読し難いものだった。

「は、何て?」

「だいじょうぶ?」

 言葉を解読するために一度手を離し問い直す。

 すると、普通の単語が届いた。

 先のは喋っているのが喃語かと思うほど分からなかった。

 ……いや、それは少し盛ったか……。


 ……エリカのキスを阻止していた右手のひらを見る。

 エリカの唇が……。


「はっ……だ、大丈夫だ。それより珍しいな、お前が俺より先に起きるなんて」

 滅多に無いシチュエーションに感嘆しちらと時計を見た。

「は⁉︎ もう7時半じゃねえか!」

 時計の針が指す数字が見間違いでないことを確認してベッドから抜け出る。

「――? だから呼びに来たんだよ〜」

 悠斗の一瞬起きた狼狽に首を傾げたものの、その後自分、偉い、と豊かな胸を張る。

 はぁ……大きな胸だな……。


 豊かな……胸?

 そういえば昨日……なんだったか……。


 ……そうだ、昨日鏡の中に……。


「悠くん?」

 唐突に固まり回想と思案を始める悠斗を小さく呼ぶ。

「ん? あ、ごめん、何でもない、降りるぞ」

「うん」


 そう言って2人で下階、食卓へと向かう。


「悪い、遅れた」

 開口一番、朝食の遅れを謝罪する。

 が、既に食卓には朝食が並んでいた。

「あ、遅いぞゆう…………マジか」

「……? はわぁー、面白いのー」

「ね、すごいでしょ?」

 白翼が元気に出迎え……かけて顔が青ざめる。

 あーちゃんは白翼の反応に遅れて悠斗を見ると眼を光らせて好奇心旺盛そうな顔で悠斗を見る。

 その手には朝食のパンが齧りかけで握られていた。

 ……あーちゃんの齧りかけのパン……食べたい。


「はっ、俺は何を……ってかなんだお前らその失礼な態度は」

「いや、お兄ちゃんのその格好は流石に……」

 ノアが控えめに苦笑する。


「は? 格好……って、なんじゃこりゃあ!」


 ノアに指摘され自分の身なりを確認すると何と服の上下共に女性モノのデザインの見知らぬ装いだった。

 全く覚えのない服をいつの間にか着ていた。

「お前ら何したんだよ」

 先のエリカの同意を求める言葉が耳に残っていたので勝手にエリカたちの仕業だと決めつける。

「いやいや、それは私が聞きたいんだよ〜」

 そう手を揺らして自分の席へ向かう。

「とにかく悠くんも朝食急ごう?」

「……ああ」

 エリカの小さな手招きに誘われて悠斗も自席へと着く。


 時間も時間なので会話もそこそこに食事を進める。

「昨日悠くんがお風呂入った後出てこないから見に行ったら誰もいなくてさ〜」

 エリカが驚きの薄い表情で笑う。

 大して驚いてないのか、それとも昨日驚き過ぎたのか分からなかった。

「あー……」

 悠斗は言い訳も厳しくなると判断して曖昧な相槌で誤魔化し始める。

「それで探し回ったらいつの間にか悠くん寝てるんだもん」

 その後にエリカが「その服着て」と付け足してくすくす笑う。殴って良いだろうか?


 いや今は取り敢えず、とパンにジャムを塗りたくりながらエリカの回想に耳を傾ける。

 対角の位置にいるエリカは5人の中で最も食事の進みが遅かった。


「悪いな、色々あったんだ」

「色々って何だよ」

 悠斗のあやふやな様子に白翼が突っ込む。

「まあ色々だ、あまり聞くな。上手く説明もできないし」

 そう言って事情があったことだけは知らせる。

 面々は不満そうな顔をしたが、本当にどう説明すればいいかも定まらない上、話していい内容ではなかった。

 ……とは言え、悠斗にも風呂でいざこざがあって以降のことは記憶にないのだが。


 話が一区切り付き必然的に食事に専念する。

 急いで箸を進める一同。

 その焦り故か悠斗が箸を机の下に落としてしまう。

「っと、失礼」

 すぐさま机の下へ潜り箸を拾う。

 その時、目の前の席に座る白翼の生脚が……特に太腿が悠斗の目に止まった。

 制服の黒に近い色のスカートから伸びる白翼の脚。

「…………」

 『何となく』手が伸びかけた。

「悠くん?」

 起き上がりの遅い悠斗の様子を見るためエリカが腰を丸め机の下を覗いた。

 その瞬間バッと手を下ろしエリカに向く。

「な、何だよ食事中にはしたない」

 エリカの態度に文句をつけ自分の行為を隠蔽する。

「いや〜、ごめんごめん」

 静かに背筋を戻すエリカ。それに安堵の吐息を漏らし悠斗もすぐに平常を取り戻すと箸を洗って席へと戻る。


 そして再び無言の食卓。

 またしても悠斗は『何となく』隣を見た。

 ノアがパンを食べ終えたようだが、ジャムが口元についておりそれに気付かないでいた。

「ノア、ジャムついてるぞ……」

 悠斗がそれを指摘して、なんと素手で拭う。

 右手の人差し指で口元のジャムを取ると、当然そのジャムは悠斗の右手人差し指に付着する。

 全員驚愕しながらもノアは少し顔を赤らめてお礼を言う。


「あ、ありがとうござ――」

「はむ」

「「「えっ……」」」


 更になんと、その指に付着した僅かなジャムを悠斗は躊躇いもなく口へと運んだ。

 ジャムは苺味だったので当然のように苺の風味が口腔まで広がった。

 その甘味を味わい正気に戻る。

「はっ! イヤッ、これは違う! 俺の意思じゃ……!」

 今の行為の正当性を主張する。

 精神に異常を来している場合は裁判で無罪判決が下されることもある。それと同じような主張だ。

 勿論、異常があったと言っても、その行為に及んだ事は紛う事なき事実だが。


「お兄ちゃん……」

 ノアは何故か感涙を流している。

 いや、何故かなど考える余地もないか……。


「悠斗、お前……」

 白翼は若干引いた様子で……というか実際に少し身を引いている。

 気持ち悪い自覚はあるが、弁解の余地をくれ。


「悠くんやっぱり今日変だよ!」

 エリカが嫉妬にも近い含みある声音で悠斗に近寄る。

 そして悠斗の額に左手を翳し熱を測る。

 少し冷たいエリカの手が心地良い。


 ガシッ!


「うわっ、な、何?」

 熱はないとエリカが離しかけた手を悠斗が勢いよく捕まえた。

 エリカも驚き怒られるのかと少々萎縮しながら目を見て聞いた。

「…………」

「ゆ、悠くん……?」

「……ぇ、あ、なんでもない! 悪い」

 定期的に悠斗の意識が飛ぶところを一同は見た。

 やはり何かあると勘付く。


「……今日は休む?」

 昨日までの疲労が出ているのかと心配したエリカの優しく温かい眼差しが悠斗にさらなる熱を与える。

「いや、ほんとに大丈夫だ。悪い」

 そう言って逃れると急いで朝食を喉の奥へとかき込んだ。

「それなら……。と言うかノアちゃん早く食べて!」

「いたっ! ちょっと、私に当たらないでください」

 ノアに嫉妬したエリカの怒りが直接ノアにぶつけられた。


 そして、悠斗も含め、一同は悠斗の一挙手一投足に細心の注意を払いながら登校し、授業を受けた。





           *****





 放課後、2年3組の教室。

 探偵部員とプラス一名が残っていた。

 探偵部員は列挙するまでもない。

 ではプラス一名とは。


 それは、昨日偶然神本家で遭遇してしまった悠斗とエリカのクラスメイト――皀夏花だ。

 口止めについては表上約束を守っているようだが、色々と腑に落ちない点はしこりとして残っているらしい。

 だが、今はそんな議題を持ち出す余裕がなかった。

 何故なら――

「神本くん、大丈夫?」

 椅子をいくつも並べてその上に横たわる悠斗。

 そしてその身を案じる夏花。

 悠斗は朝から発症している、『発情』に近い症状が現在も治らないでいた。

 些細な事で体温が上がり、小さな事で意識が朦朧としだす。

 そして、その意識が薄れている間は別の自分が体を支配してあらぬ行動を起こし始めるのだ。


「大丈夫だ……。それより、俺から離れた方が、いいぞ」


 いくつもの前例を思い返して夏花に警告する。

「――?」

 エリカたちは珍しく適切に距離を取っているが、夏花はその光景をかえって不思議に思う。

 夏花は悠斗が発情状態にある事を知らないだけでなく、加えて危うく夏花にまで手を出しかけた事を知らない。

 最高のタイミングで色々と察した健祉が機転を利かせてくれたためだ。

 しかし、だからこそ危険性すらをも理解していない。

「夏花ちゃん、こっち――」

「えっ……でも、神本くん……」

「今は近くにいると危ない」

 エリカが夏花の腕を引いて距離を取らせる。

 渋る夏花に白翼も警鐘を鳴らす。

 2人とも朝のノアのジャム事件を目撃しているため危険度は重々承知している。

「う、うん……」

 なんとか夏花も納得しエリカたちと同様に距離を取った。


「で、こんな体勢で悪いが、何の用だ?」


 聞き手としての態度に詫びを入れつつ話を切り出す。

 今日はこの後『予約』が入っているので、時間はかけられない。しかも、その『予約』も時間指定がないためいつ来るのかわからない。


「あ、えっと……昨日、凄く楽しそう、だったよね……」

 と、悠斗の推測通り昨日の話を切り出して来た。

 やはり拭い切れない不審要素はあったか。

 もしこれで彼女も異世界関係だった時、悠斗はどんな反応をすればいいのか。


 だが悠斗はそこよりも少し異なる点について指摘した。

「楽しそうだったか?」

 夏花が来訪した時、少なくとも悠斗に楽しい気配はなかったと自己評価している。

「え、だってあんな生き生きした神本くん見るの、初めてだったから……。ごめんね、なんか悪いこと言ったかな?」

「いや、別にそんな事は」

 純粋な謝罪に少し頭を上げてしまう。


「……それで?」

 互いに言葉が詰まり時間が停滞したので再度悠斗が切り出した。

「あ、うん、えっと、それで……ね」

 悠斗の催促のような質問に夏花が緊張を露わにして言葉を詰まらせる。

 言い難い内容なのだろうか。

 躊躇いがちに口を開けては閉じ、悠斗を見たりエリカたちを見たりしている。

 こんな空間でもイチャつく宮園兄妹も視界に入れる。

 その2人だけは少し場違い感があった。


 悠斗は言葉を待つ。

 エリカたちも静かに見守っていた。

 やはり珍しい。


「えっと、その……よかったら、私も探偵部に入れてくれないかな……なんて……」

 俯き加減に髪をサラサラと撫でたり、クルクルと巻いたりしている。

 途中までクレッシェンドのように声が大きくなっていたが、半分ほどから次第にボリュームが下がっていった。

 最後の方は能力を駆使するべきか悩むほど小さかった。

「っ…………」

 悠斗は言葉を聞き終わると同時に面々を見渡した。

 すると、夏花以外の誰もが同じ行動をとっていた。

 まさにシンクロ。


 いつか来るかもしれないと思っていた入部希望。

 異世界人の確証があるならまだしも、夏花の素性は知らない。門を通すわけにはいかないだろう。

 そんな会話を視線でこなした。


「ええと、なんでまたこんな部活に?」

 敢えて『この』ではなく『こんな』と言う指示語を使うことによって印象を悪くする。

「なんだか楽しそうだったから」

 どこがだ!

 と言いかけて喉元から引っ込める。

「でも皀、お前部活やってなかったっけ?」

「う、うん科学部生物科と一応園芸部だけど……知ってたんだ」

 感嘆と感激に声量を抑えながら応える。

 そんなに意外だったか……。

「まあ、高校からはクラスメイトの名前と所属部活動、委員会、選択科目ぐらいは覚えることにしたんだ」

 どうしてか少し誇らしげだ。

 別に何も凄くない。

「でも3つの兼部って大変じゃない?」

 無駄に誇る悠斗を置いてエリカが話題を動かした。

「ううん、園芸部は柚子が全部やってるし、科学部の方も大したことしてないから」

 そう聞くと確かに納得だ。

 園芸部は悠斗たちが見た時も柚子が1人で全てをこなしていた。

 そして科学部の余暇についてはこの部活内に参考例がいる。明らかに活動内容が薄い。

 この様子なら三つ目の兼部も難なくこなせるだろう。

「へー、そうなんだ」


「…………」


 そこで会話が停滞する。

 誰も夏花の申請を退く作戦を持ち合わせていないからだ。

 こんな時のために一つ程度の作戦は用意しておくべきだった。


「……迷惑だった?」


 残念そうな様相を露わに目線を上げてくる。

 目線を上げるとは言っても悠斗の方が今は目の位置が下にあるので、少し顔の角度が上がった程度だ。

 そう問われると非常に困る。

 決して迷惑ではない。

 好意を持って接してくれている事は明らかだ。

 むしろ有難い上に舞い踊るほど嬉しい。

 だが、異世界側の問題に巻き込んでしまう可能性を考慮すれば断るを得ない。

 ここは誤魔化しや嘘で宥めるよりも、本当のことを打ち明けるべきだ。

 勿論、打ち明けるといえども異世界のことではない。


「いや……違うんだ」

 悠斗がだる思い体を起こしてのっそりと立ち上がる。

「非常に言い難いんだが……この部活には暗黙のルールが存在するんだ」

 真実を盾にするのは心苦しいが最も効果がある。

 その悠斗の切り出しだけで拒否される事は見えてしまったのだろう。夏花の顔色が一気に変化していった。

「そこの中に入部に関する決まりがあって……その条件を皀は…………満たしていない」

 残酷な通達に全員の心が痛んだ。

 だが、最も辛く惨めな気持ちになるのは間違いなく夏花。


「…………」


 静寂が強く鼓動に響く。


「…………そう、だよね」


 ポツリと、哀しそうに呟いた。

 哀しそうに、ポツリと。


「……さ――」

「ごめんね、変なこと言って、じゃあね」

「あ、あぁ…………」

 走り去る彼女の目に光る涙を見た。

 断られた者が、この場で平然と探偵部員に囲まれる事などできるはずがない。苦痛なんて生ぬるいものではない。

 そんな恐怖に苛まれる彼女の後を追うことが、悠斗にできようか?


「悠くん……」

 エリカが色々な事を憂慮して悠斗の名前を呼んだ。

「仕方ない……こんな世界じゃ……」

 椅子に腰をかけてしばし硬直した後、体を寝かせた悠斗は、世界の理不尽を言い訳にしてまともな弁明すらもしなかった。そして周りの人間も口を挟む事はできなかった。


 ――彼女が走り去ったその後、家で慟哭したことも知らずに。


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