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神の名のもとに〜異世界と現実の狭間に生きる〜  作者: 麒麟燐
第一章 人生開幕編
83/117

第八十三話 伏線とは回収されるためにある


 パーティーが終息し神本家が少しだけ静まり帰る。


「…………」

 こんなに静かだったか……、と感慨に浸る。

 普段騒がしくない3人がいるだけでも案外空気は変わるものらしい。

 それとも場の空気が人を変えていたのだろうか?

 パーティーという形式だけで人は変化するのかもしれない。


 戸締りを確認し、皿を洗い、テーブルを拭き、余分な机や椅子を仕舞い、風呂掃除をし…………。

「ったく……何か手伝えよ」

 全ての片付けも終わり次のステップのために風呂掃除まで完了したが、その過程において誰一人として助力を申し出るものがいなかった。

 少なくともノアは頼れると思っていたが……。

 一人リビングに戻り、誰もいない室内で呟いた後、風呂の湯張りを開始する。


 いつもこんな時頼れるノアが中々顔を出さずに心配になってきたので暇潰しにノアの部屋へと上がってみる。

 疲れた肩や腕を回しながら階段を上りノアの部屋の前で立ち止まる。そして小さくノックする。

「…………」

 返答がない。

 特に嫌な予感はない。恐らく疲れて寝ているのだろう。

 そう予測して軽く扉を開き、その僅かな隙間から室内を見ると暗がりの中に一人の少女が横たわっていた。

 ベッドの上で静かに寝息を立てる可愛らしい青髪少女だ。

 消えかけた様子もなく、正常な呼吸音で心地よく眠っている。

 折角なのでこの際にコアの調整をしようと静かに忍び込み、泥棒のようにノアの隣まで接近した。

「…………」

 変態みたいだと苦笑が出た。

 自分の変質者ぶりを再認識したところで本題のコア調整に入る。

「んっ……」

 恐らく無意識下でノアがいやらしい声を漏らす。

 ノアが意図的に出していると勘違いしていたが……実際に気持ちよくて漏れてしまうらしい。

 淡い光に照らされるノアの気持ち良さげな寝顔を見て苦笑する。


「……ん?」

 コア調整に集中しようと視線を戻しかけた悠斗だが、ふと薄暗い中視界に映ったものに見覚えがあった。

「……コイツ」

 悠斗はコア調節を中断してそれに手を伸ばす。

 魔法の光が消え、ドアから差し込む細い隙間光以外光はないがそれでも覚えた位置に手を伸ばす。

 それを手に取ると自分のものであると確信して一旦床に置き、早々にコア調整を済ませて退室する際再び手にした。

 丁寧に音を消して戸を閉めると小さく息をついて手にあるものを見た。


「ったく……これだな、前にエリカが言ってた盗んだアルバムってのは……」

 以前ノアの変態度を話した際に出て来たアルバムとやらは恐らく今ここにあるものだ。

 中身が盗られていないかパラパラと開いて確認する。

 すると、途中のページで一枚写真の抜き取られている部分があった。

「これがエリカへの口止め料か……何があったっけ……?」

 回想を更に進めるともう一つエリカの言葉を思い出す。

 丁度真ん中のページの真ん中あたりに空白ができていた。

「……まあこの一枚くらいならくれてやってもいいな」

 今回の件のお礼と日頃の感謝を建前にエリカにひっそりと譲る。

「…………」

 そして、静かにアルバムを閉じようとした悠斗。

 だが、その手が唐突にピタリと止まる。


 空白の部分は真ん中のページの両面のうち左側の中央辺りにある。

 だが、悠斗の視線は右側の中央あたりに釘付けとなっている。


 何となく、その写真を抜き取りアルバムを音も気にせず閉じた。

「……お前は、俺のことをどう思ってたんだ……?」

 一度笑い写真の中に映るうちの一人にそっと語りかけた。

 写真に写る者は全部で3人。

 1人は悠斗、真ん中で笑っている。

 1人は健祉、写真を見る視点的に右側で悠斗の肩に手を回し、声を上げていそうなほど口を開けて歯を見せていた。

 そして1人は悠斗の昔の――否、きっと今も友人。

 静かに悠斗の隣に佇み、2人を見守るようにふふっと苦笑した様子を思わせる笑みを見せていた。

「今の俺を、どう見てるんだ……?」

 話したい事が、たくさんできた。

 いつか、話せればいいのに。



「なあ……悠くん……」




           *****




 服を脱ぐ。

 脱衣所に入ると早速服を脱いだ。

 シャツを脱ぎ、ズボンとパンツを同時に脱ぎ全裸になる。

「今日は疲れ度最高潮だ」

 満更でもない様子で1人愚痴る。

 悠斗はタオルを持って風呂のドアを開け、浴槽の蓋を開け、湯の温度を確認する。

 41度、適温。

 一般家庭の平均温度など知らないが、悠斗個人の感想としては41度が適温だ。

 入浴順が後半になった日には当然のようにおいだきして残り湯を温めて浸かっていた。


「っし」

 全身に湯をかけ一度諸々を流す。

 悠斗は入浴よりも体洗い優先系なので椅子に座って体を洗おうと目の前にある石鹸を――


「「――――」」


 ………………。


「は?」「あっ」


 2人の声は同時に響いた。


 愕然とする悠斗の前にあるのは等身大程度の鏡。

 そしてそこに映るは当然、椅子に座る悠斗――ではない。

 目の前の鏡の中で自分の像のあるべき場所に悠斗ではなく長髪の紺色の髪を濡らした全裸の女性がいた。

 ホラー映画では突然鏡やテレビから髪の長い女が登場するが、こう現実になると怖いなんてレベルではない。

 鏡から出て来てもいないのに身の毛がよだつ。


「は? えっ?」


 愕然を通り越し唖然とすると、判然としない像が自分のものでない事の確認のために漫然と後ろを振り向いた。

 少し考えれば自分の後ろに人がいたとしても、その像が前にいる悠斗の像に被さるはずがない。

 そんな事も分析できないほど動揺していた。


「えっ⁉︎ うわっっ!」


 鏡に向き直る事に躊躇した悠斗。そこに何者かの生温い手が現れ、悠斗の冷たい両肩を捕まえた。

 恐怖に鳥肌を立たせ反射的に振り返ると鏡の中にいた女が鏡から上半身を乗り出し悠斗を掴んでいた。

 その気持ち悪さに身悶える余裕もなく更にことは進んでいく。

 何とその手が悠斗を掴んだまま鏡へと帰っていくのだ。


「へ、ちょっ、うそうそうそまてまてまてまてぇぇーー」


 力を入れなくては、そう思った時には既に手遅れ。

 半身が鏡の中に引き込まれバランスが取れず力を込めようにも踏ん張る脚が浮いていて体を自由に動かせない。

 そのまま勢いに任せて体が鏡の世界に吸い込まれる。


「うわっ!」

「だはッ!」


 少女のような声とともに悠斗も床に放り出される。

 相当勢いがあったため、引き込んだ本人に悠斗が被さるようになっていた。


「ったぁ〜、一体なななななななああぁぁぁ‼︎」

「しっ、静かに!」


 反射的に閉じた目を開くと目の前にはすべすべで綺麗な裸体があり、中途半端に発達した胸が目立った。

 女性の顔を見る前に入った光景に全身が熱り始めた。

 その悠斗の羞恥と驚愕の絶叫に待ったをかけ、自分の裸体など気にも留めず……。

 と思ったら、顔に何やら布を被せられた。

 態度以上に意識しているらしい。

 そして、そのまま口元を片手で抑えられ声を封じられる。

「静かにお願いね」

 優しく頼まれ、一度冷静になる。

 先ほどとは逆転して悠斗の上に女性が馬乗りになっている。そのためよく知らぬ華奢な女体――主に太腿や腕が密着状態にある。

 視界の遮られた悠斗でもその光景が頭にありありと浮かぶ。


「ちょっとー、みらー!」


 女性は悠斗が一旦落ち着いた事に安堵して誰かを呼んだ。

 その声と名前、悠斗はどちらにも聞き覚えがあった。

 状況に困惑しながらも女性の意思に従い無言を貫く。

 間もなくすると女性の声に呼応するためドアを開けてやってくる音がした。

「どうしました絵美」

 お淑やかな声音が入り口を貫いて風呂内で小さく反響する。

「また鏡切り忘れてるよ」

「え……あ、すみません」

 少し焦燥感を音に混じらせ何かを確認するとその事実を詫びる。

「ありがとー、それだけだから」

「そうですか。……ところで絵美、このノートはここに無くてもいいのでは?」

 大事な用を早々に済ませた2人だったが、ここで謎の会話が始まる。

「いやいや、服とか色々あるし」

「そんなこと言って、また入浴剤放り込む気でしょう?」

 ノート? 服? 入浴剤?

 全く関連性のない単語の配列に混乱する。


「それに服ならここにあるじゃないですか。やっぱり入浴剤、まさかもう入れたんじゃ……」

「わあーーー! 大丈夫! ホントに入れてないから!」


 浴室に入ろうと近寄る足音を危険視して悠斗の耳元で叫び声を上げた。

 耳が痛い。

「ますます怪しい……入りますよ」


 シャーーッ


 スライド式のドアが悠斗の家とは反対方向に移動する。

 鏡の世界なので当然だ。

 勿論、悠斗はその光景を見れていないが。

 しかし、そのスライド音を耳にした瞬間、危機感を覚えた。

 そして直感する――マズイ、と。


「ああっ!」


 耳元で鳴る声に耐えかねた悠斗が目元を覆う布――タオルを取り払い入り口を向いて目を揺らがせる。


「……ひゃああああぁぁぁぁ‼︎‼︎」


 悠斗が動揺して揺らす視線の先で1人の女性がふしだらな行為を思わせる光景に悲鳴をあげる。

 不可抗力で遭遇した状況に顔を急激に赤らめわなわなと体を震わせる。

「なななななな、なっ!」

 男性がこの家にいることを微塵も想定していなかったその女性は言葉が詰まって何を言っているのかわからなかった。

「違う! 違うの! 別にエッチしてた訳じゃ――!」

「だあああああっ!」

 弁明しようと論を講じ、身振り手振りで言葉を選ぶ紺色の髪をした女性が、悠斗から離れて喋り始める。

 論を組み立てる以前に、不快な単語が一つ含まれていた。その時点で益々怪しい。

 そして更に、視界の開けた悠斗にその女性の諸々が飛び込んでくる。

 女性の胸部の魅力から下半身も含めて容赦なく悠斗の目に襲いかかる。

 それに耐えかねた悠斗も叫んだ。

 眼を急いで覆い視界を閉ざす。

「何でもいいんで隠してください!」

 相手が上級生と分かっているので正しく敬語を使う。

 あまり余裕はないがなんとか失礼なく……敬語を使用できた。

 失礼……なく?

 …………。


「えっ、あーごめんねー……?……!」


 悠斗が恥ずかしさに眼を押さえている事に少々驚きつつも服を手に取ろうとしたが、その少女は何やら閃いたようで一度友人を見てニヤリとすると悠斗の側に寄った。

「まあまあそう言わず、寒いでしょー? 私と一緒にお風呂入ろう?」

 やや母性のある甘く優しく、それで且つ可愛らしい声で悠斗の耳元で擽る。

 相方によく聞こえるように。

 先の弁明の勢いは一体どこへ消えたのか。


「ちょっ、ふ、副会長!」


 腕を引き、肩に手を回し、発達気味の胸を悠斗の背に押し当てながら誘惑を続けるその人に対し、悠斗が声量を上げてそう呼んだ。

 その声に当の副会長――朝日出絵美が口元を緩めた。

「絵美だよ、朝日出絵美。絵美さん、はいリピート」

「分かりました! 絵美さん! 離れてください!」

 皮膚同士の密着度が高まりいよいよ理性を保てなくなりそうな悠斗が声を大にして叫ぶ。

 悪行を働いているわけではないため拳で語るわけにもいかず悠斗には手の出しようがなかった。


「絵美‼︎ 悪ふざけが過ぎます、離れなさい!」


 横行な態度を続ける絵美に耐えかねたその友人――音和美楽が怒鳴って絵美の片腕を掴む。

「えー、みらも一緒に――」

「な、ななな、なななにをばっ、ばかなことをっ!」

 ジョークの止まらない絵美に美楽が激しく動揺する。

 2人はいわゆる……変態、なのか?


 それでも何とか美楽が平常心を取り戻し、絵美を浴室の外へ連行する。

 そして、勢いよくドアを閉めると、

「すみません悠斗さん、寒いでしょうから湯船に浸かっていてください。タオルと服を今すぐ用意しますので」

「はぁ……」

 視界から危険物が消えた事に安堵し、展開の吸収不足に唖然とし、2人の様子に迷走する思考に酔うなど様々な故あって曖昧なため息をついた。

 そして僅かばかり悩む。

 恐らく先程まで絵美が浸かっていた湯船に入るべきかどうか。

 然程関わりのない人の使用済み浴槽を使う事に抵抗(羞恥)を覚える。

「ほら絵美、服着てください。私は悠斗さんの衣類を持って来ますから、く・れ・ぐ・れ・も、失礼のないように」

 そう釘を刺すとと扉を開く音と共に足音をさせて遠ざかっていった。

「全く、みらってば照れ屋なんだから」

 悠斗には理解できない感性による文句が聞こえた。

 そして色が透ける扉越しにいる絵美が着替え始める。


 慌てて背後を向き湯船を見つめる。

 先程美楽が言っていた入浴剤だろうか?

 少しピンク色掛かった湯に変色している。

 香りはしない為色だけだろう。何故香りがない入浴剤に色があるのだろうか?


「寒いでしょ、浸かっちゃっていいよ」

 悠斗が色の謎に頭を抱えていると絵美が遠慮していると予想したのか優しく声をかけた。

「あ、は、はい」

 返答だけして浸かるまいと心に決めたが、返答した瞬間先程の絵美の大胆な行動を思い出し恐ろしくなる。

 トラウマともなり得るそれが脳裏によぎった事で悠斗は身震いしすぐさま湯に浸かってしまった。

 控えめに湯船に浸かったが、冷えた体はすぐさま温められた。体の奥から熱を帯びて次第に血流が良くなる。

 全身の火照りを強く感じた。

「うんうん」

 着水音などで判断した絵美は小さく頭を縦に揺らして見えない笑みを向けその場を退いた。


 しかし次から次へと問題が増えて行く。

 悠斗の周りは事件と女子で埋まり始めている。

 どうにかしてこの窮地から脱する必要がある。

 さもなければ、このようなシチュエーションが何度も悠斗に襲いかかる羽目になるだろう。


 1人静かに控えめに湯船に浸かる悠斗は決意した。



 そうして更に待つこと5分ほど。


「悠斗さん、ここにタオルと服の上下を置いておきますのでどうぞ使ってください」

 ドア越しに美楽が丁寧に説明してくれた。

 先輩にここまで丁寧に敬語を使われると少し気恥ずかしい。というか、何故敬語なのだろう。

「あ、はい、すみません」

 悠斗も慌てて返答する。

 美楽は悠斗に軽くお辞儀すると洗面室から退室した。

 それを音と感覚で確認すると静かに浴槽の蓋を閉め浴室から出た。

 そうだろうと思っていたが、洗面室もやはり造りが悠斗の家と全く同じだ。

 ただ一つ、悠斗の家の設計と左右対称の状態にあるという事を除いて。


「こりゃやっぱり鏡の世界だな……」


 なんとなく推測できる。

 あの二人は間違いなく異世界人。

 これが能力なのか、それとも案外普通に存在する空間なのかは判断つかないがその事実だけは真実だ。

「……てか、なんか暑いな……」

 僅かな入浴と時期にしては無性に暑い。

 気温的な暑さよりも体内から湧き上がる熱が悠斗を蝕むような……そう、まるで風邪をひいた時のように。

 しかし、気怠さや風っぽい要素は今の悠斗にはない。

 ただ単に体内が熱いだけ。

 だから大丈夫だろう。

 近くに置かれている寄合わせの服に眼を向ける。

「……女性もの……まあ仕方ないか……」

 装飾や色使いが女性向けの服だが、もしこの家に二人以外いないとすればそれも当然の話だ。

 詳しく知らない女性の服を身に纏うことに躊躇するが、裸でいるよりは断然マシだ。

 自分に言い訳してその中を探り……。


「待て、パンツ!」

 全裸の状態の自分を見さげてハッとする。

 下着まで女子もの……いや、そこはまだ目に見えないからいい。問題はそのパンツが二人のうちのどちらかの私物であるという事だ。

 恐る恐る服を探りそれらしきものを掴む。

 触れた感触はいつもの自分のそれに近い。

 眼を細め、極力自分の目を守りながらそれを引き出す。

「……? ぇ、コレ……誰のだよ……」

 出てきたのはトランスジェンダーでもない限りJKが身につけるとは思えない男子用のパンツだった。

 予想の不的中に安堵するというかガッカリするというか……。いや、がっかりはしていない。

 期待外れで面食らっただけだ。


 まあ、コレならまだ履きやすい、とマジマジと下着を見つめた後何となく丁寧に履いた。

 密着度等から考えてもやはり男物だった。

「……まあいいや」

 異世界の人間に常識は通用しない。

 そう結論づけて服の上下も着てみた。

 鏡の前に立つ自分の姿。

「……どこの変態だよ……」

 ズボンである事以外に救いはなかった。が、借りている手前そんな文句は言えない。

 ボソッと自虐だけで済ませる。


 しかし、女性とは不思議なもので洗濯しているはずなのに洗剤とは異なる甘い匂いがするのだ。

 その匂いを嗅いでいると段々頭が白くなって、体が火照ってきて……意識が朦朧と……。


「悠斗さん、着替えましたか?」


「わっひゃい! ああ、はい、着替えました!」


 まさかずっと扉越しに張っていたのか?

 薄れゆく意識が自分の仰天の声と心拍音で呼び起こされる。

 服を嗅いでいたなんて気持ち悪くて言えない。

 誰のものかもまだわからないのに。

 今の声で余計に体温が上がったが……。


「それではこちらに」


 ドアを開けて悠斗を呼ぶ。

 美楽の緊張した面持ちに多少訝しむが、表情に出せなかった。

 そのまま廊下を歩き、階段を登り、悠斗の家で言えば現在エリカが使用している部屋の隣接室へ案内される。

「悠斗さん、大丈夫ですか?」

 美楽が呼吸荒くついてきた悠斗を案じて心配そうに眉を歪めた。そんな姿も実に素敵だった。

「だいじょぶです……」

「そう、ですか?」

「……はい」

「なら、まあ……」

 美楽の強い憂いの気持ちも知らず悠斗は変に笑う。

 美楽も悠斗が言うならとドアに向き直りそっと扉を開いた。中にはもう1人、絵美がスケッチブックを広げて何かを描いていた。


「……内装が違う……」

 悠斗の初めの言葉それだった。

 悠斗の家と造りが同じなのでてっきり内装も同じものと思い込んでいた。が、それは勝手な思い違い。

 室内にあった鏡が取り外され、物も片付いており、代わりにベッドやイス、テーブルなど1人の学生の自室のようだった。


「よっし……で、悠斗くん……悠くん……? いや、ここは敢えて悠ちゃん」

「……?」

 絵美の呼び名厳選に首を傾げた。

 一つのちゃぶ台のようなテーブルの周りに美楽、絵美、悠斗が座る。


「なんだか顔赤いけど、大丈夫?」

「……へ?……だいじょぅぶ、です……」

 にやにやと小悪魔な笑みを見せながら悠斗に接近する。

 そんな不思議な表情を疑問に思うこともできず悠斗はただ平常だと言い張る。

「……絵美……?」

 絵美の様子に不信感を覚えた美楽が顔を顰めて絵美の様相を窺う。

 少し、かなり少し、相当少し気になる。


「そう? 辛いなら、美楽が、抱っこしてくれるって」

「ちょっと絵美、何勝手なことを言って――」


 ぽむ。


「ひゃああっ! ちょっ、ちょっと悠斗さん、何して――」

 顔を真っ赤に染めた悠斗が理性を失い感情のままに美楽の胸に飛び込んだ。

「すうぅーー……いい匂い……ぽよぽよ……」

 鼻腔をくすぐる女性の甘い匂いを本能のままに堪能し、終いには美楽のその究極豊かな胸を服の上から触り始める。

 健全な思春期男子としても行き過ぎた行動。まして普段の悠斗からは想像もできないような豹変ぶり。何か……。

「絵美! あなたまさか入浴剤!」

 美楽が答えに辿り着き悠斗に襲われながらも絵美を問いただそうと視線を向けるが、彼女はいつのまにかスケッチブックとペンを持って扉の外に移動していた。

「それではごゆっくりー……」

「ちょっと絵美っ! ひゃっ! 悠斗さっ、落ち着いて!」


 絵美を追いかけようと試みたが悠斗ががっしり美楽を捕まえて離さない。

 『入浴剤の効能』によって発情した悠斗が美楽の腰に手を回し抱きついて赤子のように甘えている。

 振り払えるが……。

 何故か美楽は振り払わない。


「絵美……後で覚えてなさい……」


 心中では怒気強く、口調では温い語調で文句を言う。

 そして自身の胸の中に顔を埋めてくる悠斗の頭をそっと撫でた。


 その光景がしばらく続いて末、悠斗は眠りに落ちた。

 まるで夢を見ていたような感覚で夢の中に引き摺り込まれ、やがて現実が夢と混ざり合う。


 その後悠斗は朝まで目覚めなかった。





 祝、第一章完結。


 これも、全ては皆様のおかげです。

 本当に有難うございます。


 第二章からは各章が長くなるので、中々進まないなーって思うかもしれません。

 その思いを持ちつつも、気長に待っていただけると幸いです。

 これからも、どうぞよろしくお願いします。


 麒麟燐でした。


 それと、次回から基本的に前書き後書きは無くそうと思います。

 必要な時は付け足すので、ご了承ください。

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